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2010年08月06日

「内なる声」からの回答その28

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:よろしいでしょうか?

内なる声:いいよ。

ワタクシ:では、まいりましょう


<質問>
ユキさん内なる声さんはじめまして。度々このサイトに訪れてはいつもいい気分になれる事を参考にさせていただいてます。素敵なサイト様に出会えた事を感謝します☆今回初めて質問させて頂きます。
私には夢があります。夢を実現してる自分を想像してみてはいるんですけど不安になってしまう自分が時々出てきてしまいます。それでもとにかく今やっている事を信じるんだと前向きに進んでいるつもりなのですが、いつもふとした瞬間に不安がよぎったりします。良い結果が出ない事に焦りも感じ、他人と自分を比べて落ち込んでしまったり、もうイイ歳なので遅いんじゃないかと思ってしまったり、何か気づいてない事があるんじゃないのかと思ったり、どうやったら気づけるのだろうと悩んでしまったりこの先もずっと大切な事に気づかないまま進んで後から気づいて後悔するのかもしれないと不安になったり、努力の仕方がわからなくなってしまったり、そもそも努力なんて全然してないのかもしれないと思ってしまったり今できる事をやっていても上達していけるのか今やっている方法で本当に技術を身につけていけるのかと不安になったりもします。
昔から自分に自信がないのでいつも自分には無理なんじゃないかと思ってしまっている自分がどこかにいて消えません。こんなに不安になってしまうのは本当は心の底から自分の夢を実現したいと願ってないんじゃないかと疑ってしまっている自分もいます。やっぱりこんな不安な事を考えてしまっていては良くない結果が跳ね返ってくるのでしょうか?ぐだぐだ考えないで今は出来る事をやるんだとわかってはいてもすぐに立ち止まったりしてしまう事が多いです...。
自分に甘すぎるこんな自分をどうやって変えていけばいいのかと...。あまり深く悩まずネガティブな自分からポジティブにすぐに切り替えられる事は出来るのですが自分を信じるという事が難しいです...。難しいと思ってしまっていてはダメだとわかっているのですがただ自分を信じると思い込み続けていったほうが良いのでしょうか?何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?今のこんな自分でこのまま進み続けてしまっていいのかわかりません。ちぐはぐな質問で読みずらい文になっていたら本当にすみません。どうぞ宜しくお願いします。
renri 07/30 14:07



ワタクシ:この質問にお答え下さい。

内なる声:うん。まずはあなたの意見として、感じていることを伝えてみるのはどう?

ワタクシ:私ですか?「どう?」ってそんな…えぇと、感じていることですよね…
「私もそうだよ」とか、「きっと、みんなそうだよ」ということですかね…。それから、「どんなにすごい人でも、きっとそうだったんだよ」とか、「簡単そうにできてるように見える人でも、たぶんそう見えるだけだよ」とか。
あと、「いかにそのメンタルの部分を調整できるか」ということは、誰もがテーマにしていることであって、自分が特別弱い・自信がないと考える必要はないし、だからこそ「内なる声」の回答に多くのヒントを得て、理解を深めていただきたいと感じています。それから、「難しいと思ってしまっていてはダメ」とありますが、きっと、ダメじゃない。難しいし、不安になるし、わからない。
そう思ってしまう時、どうするのが良いのでしょう?

内なる声:そうだな。まぁ、いまあなたの話したことを理解するのなら、「そうなればいけない」と考えず、「そうなるのを当然」と考えることを一つの通過点として、あなたのわからない答えをその先に求めることを、「その先に答えのないものを求めてる」と知るようなことかな。
安心と気持ちの安定を、永遠に求めていくのではない。あなたの気持ちをいかにして不安から遠ざけることを選択すればよいかを、あなたなりに追求していく。その過程を必要として「うまくいかないこと」が起こると考えていく。
いろいろ考えているうちに、あなたの気持ちの中で細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとするのを理解する。


ワタクシ:「細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとする」というのは、どうすることなのでしょう?

内なる声:気持ちに不安を感じれば、考えを細かくしていっている自分を理解できる。すべての悪い習慣とするものの正体をそこに見出し、考えについて大きいものをとらえようとして欲しい。

ワタクシ:「大きいもの」とは、どういったものでしょう?

内なる声:たとえば、あなたが不安になる時、「こうなるのを防ぎたい」とする状況の例を具体的に挙げている自分を発見できる。どうしてその一例を見出したの?と考えてみると、根拠のないことを勝手に考え、そうなることを確定しているようであるとわかる。ばかばかしい。もしその一例について、自分に探りあてれる能カをもってそこにいるのなら、何も苦労するまいと。「こうなるまい」とする一念を言い当てられている確率たるや、夢を叶えている自分の姿を理解するところにいると考えるにも等しい。あなたの思う一例の姿とは、まさに夢を叶えた一例の状況を理解するように難しいというように考えなさい。

ワタクシ:それは、どちらも難しいということなのでしょうか?

内なる声:夢を叶える時の状況を、一部始終理解できるものならしてみるがいい。この状況を理解できてたと思える節をもって対応していたかと考えれば、まさかと思うようなよろこびをもって夢の実現を可能とする。「何かわからぬ理解について考えている」ことを前提にすると、その夢を叶いやすくすると言えよう。あなたの考えをもってその不安を考え、細かい状況を現実とするのは、具体的に夢の叶い方を知ってるに等しい。どちらも不可能。

ワタクシ:それは、言われてみれば、確かにどちらも不可能なのだとわかりますが、「夢を叶える具体的な状況」を考える必要がないとすれば、どう考えていればよいのでしょう?

内なる声:「夢を叶えたい」と思うことなく、やりたいことをやっていればよい。「こうしたい」と思えることを可能にすべく動く。

ワタクシ:「こうしたい」と思えることと、「夢を叶える具体的な状況」は異なるのでしょうか?

内なる声:「こうしたい」ことと、「こうなるのが望ましい」こととは違う。いまの状況との距離と、あなたの信じる可能性を強くする方法を異なるものとする。あなたが漠然と描く「こうなるのが望ましい」とする夢が、あまりに遠いから、見えなくなる。「いまの状況の何を変化させたいか」と考えるのを軸として動くこと。

ワタクシ:なるほど。しかし「どちらも不可能」であるわりに、私たちは「不安な一例の状況が現実となる」と信じる方が、簡単であるように思えます。それはなぜでしょう?

内なる声:不安になることに根拠をもっていると考えているから。何をもってそれが根拠となっているかと考えると、夢を叶えた人間を例として根拠にしていないものと気づく。「こうなる可能性」というものを信じるなら、同じ確率をもって良くなる可能性をそこにもっていると信じていない。

ワタクシ:そうですね。しかし、「成功率」を50%と考えるのが、高いと思うのは当然のような気がします。それについてはいかがでしょう?

内なる声:「成功率」ではない。「あなたの望ましいところに行ける可能性」を50%とすれば、あなたの考えをどちらへと振り向けるのかという話となる。「望ましいところ」というものの距離を考え、それを理解すれば、50%という数字にこだわることもなく、あなたがどうしたいかということの積み重ねとわかる。

ワタクシ:うーん…具体的にはどうするのが良いのでしょう。

内なる声:まず、「夢を叶える」と考えるのをやめ、具体的にどう「変化」したいかを決めなさい。決まったら、「こうしたい」と思えるところに向かおうとすることを考える。「どうすれば変化できる?」と考え、ひたすらやるべきことをやってみて、変わらないなら言ってみなさい。何をもって「変わらない」と考えているのか教えよう。

ワタクシ:しかしこの方は、「今できる事をやっているが、良い結果が出ない事に焦りを感じる」とおっしゃっているようです。「何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?」と質問されていますが、いかがでしょう?

内なる声:「今できることをしている」?「夢の実現」のため?「上達をする」ため?それとも、「年齢に不安を感じない」ため?「いつか叶う夢のための一歩を踏み出す」ため?
そう考えるのをやめ、「いま、楽しい」と思えることを理解し、いま自分の中でその切り替えの為、必要とする「変化」の内容を具体的に考え、その「変化」への対応を考えるよう、すすめている。


ワタクシ:はい。その「変化」の内容が理解できないのではないのでしょうか?

内なる声:「変化」の内容を理解できるかどうか、きいてみるべき。あなたの「変化」させたい部分を見つけられないのか、「変化」する意味を見つけられないのか、それとも、「変化」させるよりも「夢の実現を優先すべき」と考えているのか、あなたの心にきいてみなさい。

ワタクシ:「望ましい」と考える対象との距離が遠すぎたということでしょうか?それよりも、「現在のどこを変化させたいか」ということを考えはじめる、という理解でよろしいでしょうか?

内なる声:「現在のどこを変化させたいか」の積み重ねが「夢の実現」であるならば、あなたがいきなり「夢の実現に飛ぶ方法」を考えていることを理解する。わかったかな?

ワタクシ:はい。「自分を信じる」ということについては、いかがでしょう。

内なる声:「自分を信じる」のでなく、「良くなる」という、ものの道理を信じる。あなたのことではなく、あなたを導く者の光を信じる。「悪くなる世界」を信じるのでなく、「良くなる世界」について理解する。どこにいても、またさらに夢を叶えたいとする自分を理解し、はじめの「変化」を期待する。いいかな?

ワタクシ:はい。しかし、「自分を信じる」必要はないとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声:悪い状況でなく、良い状況を理解しはじめようとするならば、自分のその理解を正しいものと信じることは可能になる。

ワタクシ:わかりました。他にありますか?

内なる声:いや、わからないならまた質問して欲しい。それでは。

ワタクシ:そうですね。来週は、メルマガとブログのお休みをいただきます。
個人サポートは続行しております。
ブログでの回答をご希望の方は、コメント欄より質問をお願いします。
それでは。(⌒▽⌒)ノ




2010年08月20日

「どのように考えるのか」ということ

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話です。


ワタクシ :お盆休みをいただいていました。久々の更新ですが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。あなたが最近考えていることを話してみて。

ワタクシ :最近ですか?夏バテ気味で疲れてます。ずいぶん前から考えている、新コンテンツの作成を急ぎたいということと、今後のメルマガの展開について、考えています。

内なる声 :そう。それで、どんな感じになっていくの?

ワタクシ :具体的にはこれから考えていきますが、もっと分かりやすく、楽しくできればいいなと思うのですが。実際にはあまり進んでないです。

内なる声 :それで、どのように展開していきたいの?

ワタクシ :メルマガのお話ですか?

内なる声 :メルマガも、新しいコンテンツも、どうしていきたいの?

ワタクシ :メルマガについては、あなたがいろいろ教えてくださるとのことなので、楽しみにしていてよろしいでしょうか?

内なる声 :そうだね。これから、いろいろなことを、教えていきたいと思ってるよ。

ワタクシ :本当ですか?では、新しい知識を理解できると期待しててよろしいでしょうか?

内なる声 :いいけど、新しい知識を理解していなかったの?

ワタクシ :そうではないですが、ポジティブ・シンキングついての理解力は、自分にとってまだまだのような気がします。もう少し理解力を伸ばせるといいなと考えています。
これまで、たくさんのことを教えていただきましたが、頭で理屈を理解できるようになっても、心がついていっていなかったりといったこともしばしばあります。
メルマガや、ブログの読者の方の中にも、同じように感じている方も多いかと思います。ここから、どのように理解を伸ばしていけばよいでしょうか?

内なる声 :あなたが理解できていないことを、皆に伝えようとすることをできないと考えているのを知ってるよ。だけど、私がいろいろ話している中、気づくことや理解できることが増えているのではない?もっと理解したいと思う理由を、どこに持っているの?

ワタクシ :そうですね。「まだまだなので、もっと理解したい」と考えること自体、ポジティブ・シンキングではないのかな。でも自分はまだ、理解すべきことがあるのだろうと感じ、もっと理解できれば、もっと楽になれるのではないかなと思うのです。間違っているでしょうか?

内なる声 :うん。その考えを持って生きるのなら、あなたが楽になれる日は来ないのかもしれない。なぜなら、あなたにとって、いま現在の思考を上回ることが目標なら、そのことについての評価を加えていくことになるだろう。そうすると、いつまでも足りないことに嘆いている状況をつくるからね。

ワタクシ :そうですか…。では、どのように考えていくのがいいのでしょうか?

内なる声 :「どのように考えるか」、ということを、考えないようにする。あなたが、「どのように考えるのか」を考えても、解決はしないだろう?考えない。わかる?

ワタクシ :はい。「どのように考えるのか」を考えないで、どんなことを考えればいいのでしょう?
…あれ?また、「どのように考えるのか」と考えてますかね…

内なる声 :「どのように考えるのか」という質問を繰り返すのをやめて欲しい。「どのように考えるのか」を、誰かに決めてもらう質問に終わりを告げる。「どのように考えるのか」を、放棄するのを控えるべき。あなたが、「どのように考えるのか」ということに、責任をもつ。

ワタクシ :それが最も難しいことのような気がします。そうできるための方法を、しっかり理解していきたいのです。

内なる声 :そうだな。まずは、何をもってあなたの考えを進めようとするのかというところを、しっかりと気持ちの求めるままに理解するべき。あなたがしたいことを、考えようとする前に、「どういうふうに考えるべきか」という考えになる理由を、知っておこう。
あなたにとって、あなたが「したいこと」を考えられない理由を持っていると信じるときに、そうなると思えばいい。「したいこと」を考えられない理由を、何か持っていると思うだろう?


ワタクシ :そうですね。理由はいろいろあると思ってしまいます。

内なる声 :だからね。あなたのその「理由」について考えていれば、「したいこと」をするために、あなたの「理由」をなくしていくまで、考えられないといった気持ちになる。そうでなく、考えられると知ってみれば、そんなことを「理由」にしなくてすむよ。

ワタクシ :たしかにそうですね。私の場合、「したいこと」のイメージはいろいろあって、それを形にしていく段階で、進まなくなることもしばしばあります。そんなときの自分は、確かに「したいこと」を考えられない理由を、持っているからだと思っています。そんな時、では「どういうふうにに考えるべきか」というところに行かずに、どうすればいいのか。いろいろ「理由」はあっても、「したいこと」に集中するにはどうするのか、ということだと思うのですが…難しいです。

内なる声 :難しいというのなら、「するべきこと」をすればいい。「したいこと」をするよりも、「するべきこと」をする方が、楽なのだろう?

ワタクシ :気持ち的には楽でなくても、作業的には楽かもしれません。「したいこと」をするよりも、「するべきこと」をする方が、簡単なのだと思います。

内なる声 :そうだな。簡単というのは、あなたがそのやり方で慣れていることを「するべきこと」としていて、「したいこと」を、「新しいやり方」と考えているからだね?そのやり方を試してみることを、できない「理由」をつくっているのは、なぜかな?

ワタクシ :つくっているつもりはないのですが、自らつくっているとおっしゃっているのですか?

内なる声 :自らつくってないと?

ワタクシ :はい。「新しいやり方」を始めるための準備時間や、作業や案が必要なのは、当然だと思います。それがうまく進まないことも多くあります。

内なる声 :多くあるのなら、あなたが特別なわけではないのでしょ?

ワタクシ :そうですね。特別なわけではないですが…

内なる声 :特別なわけではないが、「特別」のように考えているのを理解できる?

ワタクシ :はい。「自分の場合は、特にそうだ」ということを考えている自分がいたりしますね。

内なる声 :特別なわけでもないことを、まるで特別のように考え、先延ばしにしたい自分を感じるなら、少しあなたの考えを理解できる方向へと向かわせることができるのではない?

ワタクシ :つまり、自分のやる気次第というようなことでしょうか。

内なる声 :あなたの考えを、難しくしているのを、あなた以外の者への理屈に変化させているあなたを理解するならば、わかることがわかってくるという話。あなたがただ、「やる気がないので」と言わず、「時間がない」というならば、前に進まない。

ワタクシ :以前、やる気が出ないときについてのお話しをしましたね。「やる気が出ない」とは言いたくない自分がいるのです。「やりたいが、なかなか進まない」と考えています。

内なる声 :「やる気が出ない」のではないのなら、そこにあなたの意志を邪魔するものの存在があるかのように話そうとしているだけのこと。「やる気が出ない」というのなら、単純に、あなただけの問題となる。

ワタクシ :うーん…しかし、単純ではないし、「やりたい」と思っている自分がいます。それが、「特別」のように考えているということですよね…

内なる声 :やる気を出したいのなら、それらのことを考え、「やりたい」ことを「できない」理由を考え、その考えをクリアにすることで、「できるようになる」ことを可能に考えているかどうかを検討すること。あなたが「できるようになる」ことを先延ばしにしているのかどうか、確かめてみればどう?

ワタクシ :そうですね。それが、「どのように考えるのか」ということに、責任をもつ、ということになるのでしょうか。

内なる声 :そうだな。このことについては、もう一度、来週にも話していくことにしよう。あなた以外の者の意見も、聞いてみたいね。

ワタクシ :はい。では、関連のご意見・ご質問がありましたら、コメント欄に書きこんでください。それでよろしいでしょうか?

内なる声 :そうだね。ではまた来週。

ワタクシ :はい。では、また来週(⌒▽⌒)ノ




2010年08月26日

「したいこと」についての理解

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話です。

ワタクシ :今週は、前回の対話の続きということでしたが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。あなたが理解できたことを、話してみてくれる?

ワタクシ :はい。前回、「したいことが進まない」ということについてお話ししましたが、「やる気がない」ということとは、また違うような気がしていました。あなたは、「できるようになる」ことを先延ばしにしているのかどうか、確かめるようにとおっしゃいました。
それからしばらくして、「したいこと」関連の本をめくっている時に、一つのアイディアが浮かび、そこから次々と、新しい案が思い浮かびました。そのあとは、時間を忘れて「したいこと」に取り組んでいる自分がいました。「やる気が出てきた!」と感じることができました。
しかし、それまでの間、やはり「やる気がなかった」というわけではなかったのだと思いました。
つまり、こういった、ひらめきを得られない状態での、「したいこと」に対する、自分の中でのイメージが気に入らないがために、「やる気を出したいが、でない」という状況であったので、「やる気がない」のとは違うと感じていたのだとわかりました。

内なる声 :それで、何を学んだと思う?

ワタクシ :「何を学んだか」ですか?
うーんうーん…何を学んだか…
ちょっとそれについては、いま答えが出てこないのですが、気づいたことがあります。
一つは、確かにそういう意味では、「できるようになる」ことを先延ばしにしている自分がいたということ。しかしそれは、悪いことではなく、「したいこと」を、より良いものにするという意味では、必要なことだったのではないかということ。
もう一つは、こういう状況は、必ずまた何度でもやってくるのではないかということ。しかし、その状況の中で、「自分はより良い状況を求めているがために、こういう心境になっている」と考えるのは難しいのだということ。
いま書いていて思ったのですが、この理論は、これまであなたが、メルマガ等を書く上で、教えてくださった内容と変わらないですね。

内なる声 :そうだな。一つ言えるのは、あなたがこれまで教わったことを、「実体験している」という気持ちを持って取り組んでいることが、「学んでいる」ことだということ。それで、あなたが思うに、その実体験は、果てしなく続くと、理解できるのだろう?
あなたはいま、「教科書」に載っていることを、身をもって体験し、あなたがその事実を確認しながら、あなたの身につけようとしている段階と考えてみて欲しい。頭で理解するのは簡単でも、体に染みていくという経験をしなければ、何をも理解できないに等しいとわかるだろう。


ワタクシ :はい。しかし、このようなことは、「教科書」になど載っていませんよね。あなたの教えを「教科書」にできることを、うれしく思います。

内なる声 :そう?ではもっとその理解を深めていこう。あなた以外の意見も入ったようなので、紹介してみて。

ワタクシ :はい。下記のご意見をいただきました。


こんにちは!毎日楽しみにチェックさせて頂いております(^_^) 迷路に入ってしまいそうなお話で、すごく自分にも当てはまるところがあり、少し書き込ませて下さい。
したいことを考えられない理由を持っているときに、単純にその理由だけの話なのか、あるいは本当はしたいと思いこんでいるだけで、本心はもっと深い別のところにあるのかもなんてことを考えてしまいます。 それゆえ人は「するべき」になってしまうのではないでしょうか?
「したいこと」には出来ない理由はなくただ純粋にしたいだけで、一歩一歩前へ「進みたい」になるのではないでしょうか。 進む中での問題は「解決しなければならない」から「解決していきたい」と変化していくように思われます。
その時問題は問題でなくなるような気もします。 そう思えないのは自分のやりたいことではないのかもなんて自問しながらの日々です。 これは私の場合なんですが...(^_^;) 誰しも自分は特別でありたいと思っていると思いますよ。私もそうだったらいいなと思いますし、そのことで人の役にたてるならなんて考えたりもします。
ジョニー 08/22 16:42



ワタクシ :なるほど。本当は「したい」と思いこんでいるだけで、本心はもっと深い別のところにあるのかもしれないし、そう思えないのは自分のやりたいことではないのかもしれない、というご意見ですが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。「したいこと」ということについて、ちょっと話しておこう。あなた方が「したい」と考えるにあたり、あることを確認してほしい。
それは、あなたが「しなくていい」あるいは、「してはいけない」という状況に追い込まれたとしても、それでも「したいのかどうか」ということ。それが、「本当にしたいかどうか」を確認する、一つの方法であると思ってみなさい。
それから、あなた方が確認するもう一つの方法がある。それは、「せずにいれば、どうなるか」ということを、考えるというもの。「そのことを、あなたの人生から、除外するとすれば、あなたの心の中に、どんな感情を生むか」と考えようとしてみること。その時、あなたの「したいこと」の度合いというものを、理解するだろう。


ワタクシ :なるほど…ただ、ほとんどの場合、「したいこと」というのは、最初、漠然としたものであり、そういった検証は、難しいことのような気もします。それについてはいかがでしょう?

内なる声 :検証するということに至るまでの、漠然とした「したいこと」を、具体的に変えていくまでに、あなた方の学びの多くはそこで得られると考え、あなた方を追い立てるのをやめ、「したいことがない」という自分を見つめる時、何を感じるのかをみてごらん。きっと、「したいこと」を見つけていこうとする自分のその感情を、「それがしたいこと」と理解できるよ。

ワタクシ :わかりました。ほかにありますか?

内なる声 :今週は、ここで終ろう。また来週。

ワタクシ :「内なる声」へのご質問は、コメント欄よりお願いします。
それでは、また来週(⌒▽⌒)ノ



    

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