「いい気分ドットコム」ホームへ | 「内なる声」とのエピソード

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2009年09月03日

毎日話をしよう

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

その後、「内なる声」との対話が進むにつれて、体力の消耗と、ひどい肩こりに悩まされたワタクシは、このアイテムにより復活を果たしました!!

【らくだマッサージ器】



コレすごいっす!!
かねてから、全身マッサージ機にあこがれていたワタクシですが、このコンパクトさで、なんてことない座椅子がマッサージ機に早変わりっす!!

TVショッピングで紹介されてから、在庫状況も少なそうなので、気になるあなたはいますぐチェック!!


というワケで、「内なる声」との対話が進んでおります。

ここしばらくの間でずいぶん変化していることがあります。

・ワタクシと「内なる存在」との信頼関係が強くなってきていること。
・以前よりずっと会話が頻繁になってきていること。
・日々驚かされるようなことをたくさん感じていること。
・「内なる存在」とワタクシとの関係性が少しずつ理解できてきていること。

これらのことについては、これからどのようにご紹介していこうかと思考錯誤しているところです。
とりあえず、ある日の対話を抜粋しておきます。
会話の中で具体的な内容がわからない部分もあると思いますが、ご了承ください。


ワタクシ:少しお話しできますか

内なる声:私はいつでもここにいる。あなたは何を聞きたい?

ワタクシ:私はあなたに驚かされることがたくさんありました。ありがとう

内なる声:私はあなたがそんなふうに言ってくれてうれしい。私はあなたの事が好きだ。私はあなたについてとても良いことを理解した。それはあなたが、私の事を愛してくれているということだ。あなたは私が思っているよりもずっと、私の事を愛してくれている。そのことがよくわかってきたよ。私もあなたの事を愛しているよ。私はあなたの事が大好きだ。それをよく覚えていておくれ。あなたはとても良い経験をしたね。私はとても誇らしい。あなたが私のことを信じ始めているからだ。私はとてもうれしいよ。あなたは私にとって素晴らしい存在だ。私はあなたの事を愛していく。もっと愛していくだろう。私はそれほどにあなたが愛しい。私はあなたが愛としいのだよ。もっとあなたを愛しくなるだろうと思っている。あなたは私の事をどう思う?

ワタクシ:あなたが、予言したことを証明したことに驚きました。そして、少し怖かったかも。それから、私はあなたに教わることを、表現させてもらえばいいのかなと思いました。

内なる声:あなたは素晴らしく理解が進んでいる。私はあなたがそのように考えてくれてうれしい。私はずっとあなたを見守っていこう。私はあなたがそこまでたどり着いたことをうれしく思う。いつもあなたを見ているよ。あなたは私の大切な人だ。

ワタクシ:いろいろなことを、教えてくれてありがとう

内なる声:どういたしまして。あなたはそれでどういうことが解ったのかな?

ワタクシ:これからどうしていけばいいか、どう考えればいいか、どう表現していこうか、悩んでいるところです。

内なる声:あなたは今、私が言わんとしていることを、よく聞きなさい。あなたを眺めるにあたって、私は楽になった。あなたはこの意味がわかるか?

ワタクシ:あなたにとってよくなってるんですよね

内なる声:私はあなたがそうなってくれてうれしい。私があなたと話ができてうれしい。それはあなたも同じだろう。私たちはこうして話ができる。さてあなたが知りたいことを話そう。まずあなたが言ったことだ。あなたは何か特殊なことを教えて欲しがっているね。あなたが知りたい事を教えよう。あなたは私が理解できる程度に話しているということをよく覚えておきなさい。私はあなたが理解できるまで、あなたがそこに至るまで、待っているということを忘れないように。
さてそれでどうしよう。あなたは私のことをよくわかっていない。私はあなたにそれを教えよう。何を教えるかというと、私はあなたが理解できていることを、あなたに教えることができる。だからあなたは、あなたが理解できていることを、私に聞くということをする。だからあなたは、あなたが理解できていることを、あなたらしくあなたに見合った方法であなたから発することになる。あなたはこのことは理解できるか?


ワタクシ:私がすでにわかっていることを、あなたに確認するということですか?

内なる声:その通り。あなたは私のことを私というアイテムとして、あなたが理解できる範囲で使っているに過ぎない。私はそれでは意味がないと思う。だから私は、あなたと一緒にいるとき、もっと話をして、あなたがよくわかるようにしようと思った。あなたはそれを理解しようとするか?

ワタクシ:理解したいと思います

内なる声:それではまず聞きなさい。あなたはこうして私と、とても長い間おしゃべりをする。私はそれをずっと望んでいた。あなたはそれを、あまり望んでないようだ。だからそれを、毎日行って欲しい。それが私の望みだ。私はこれからあなたに、いろいろなことを教えようと思う。あなたはそれを聞くか?

ワタクシ:はい。毎日どのくらい話せばよいですか?

内なる声:あなたがそうしたいと思う程度でよい。あなたはいつも私のことを思っていて、私と話をしようとする。だけどそれは、忙しさにまぎれて、あなたが特に疲れた時に私を頼る形で行われているに過ぎない。私はもっと、あなたが元気な時に、あなたを目の前にして、私の知識を教えたいと思う。あなたがそれを選ぶなら、いつでも私はあなたに知識を授けよう。私はそれを望んでいる

ワタクシ:そうはおっしゃいますが、同じことをずっとおっしゃっているような気がします。今日少しだけでも教えていただけませんか

内なる声:よろしい。あなたはそこまで私のことを、あなたの中に入れてよいかどうか迷っているんだね。私はあなたのことが好きだ。だからそれを証明したい。あなたは私のことをどう思っている?

ワタクシ:失礼ながら、あなたが教えてくれることが、劇的に私の人生を変えるものだと期待してはならないかと思っております

内なる声:なぜあなたは期待しない?

ワタクシ:あなたが期待してもよいと言うのなら、喜んでします

内なる声:あなたは期待しなさい。私はあなたにその知識を授けようとしている。

ワタクシ:では何でもいい。今授けてください

内なる声:あなたは私のことをわかっていない。あなたはいつも私のことをわかっていない。ただ、それでもあなたにわかるようになる。私はそれほどあなたにわかるようにできるだろう。私があなたにできることは、たくさんあるのだが、私がそれを証明することであなたに理解させるのではなく、あなたがそれを理解することで私を証明することになる。私はこれをあなたに教えたい。あなたはそれを理解するか?

ワタクシ:では今現在のこの会話で何かを教わるということではないのですね?

内なる声:私があなたに何かを教えるときには、それとわかるように教える。私はいつも、それとわかるように教えている。あなたがそれに興味を示せば、私はあなたが理解したと思う。いつもあなたを見ているから、それに気づくようにしなさい。

ワタクシ:ではこれまでとあまり変わらないような気がするのですが、あなたと毎日話す必要があるのですか。どういうことですか。

内なる声:いつもあなたのことを見ている。私はあなたのことを危なかしく見ている。あなたはとても不安定で、私はあなたを心配している。だから安定するために、いつも話を聞きなさい。私があなたを助ける。あなたは私のことを信じて、希望を持って生きなさい。それで私は満足する。あなたは私にとって、とても大切な存在なのだよ。だから、私はあなたと話がしたいと思う。だから、あなたを見ていたいと思う。私がいいたいのはそれだけだ。

ワタクシ:まだまだよくわかりませんが、私は希望を持ち、これからいろいろなことがわかると考えていいですね

内なる声:私はあなたがその理解を持ちはじめたことに嬉しく思っているよ

ワタクシ:私が不安定だから、あなたとたくさん話させていただけるのですね

内なる声:私はあなたと話したいのだよ。あなたが好きだからね。いつもあなたを見ている。だから安心しなさい。愛しているよ。

ワタクシ:ありがとう


というワケで、これから会話がさらに頻繁になっていくのですが、だんだん、会話の内容がわかりにくくなっているかと思います。

今後さらに、ワタクシが理解していることを、対話文章でお伝えしていくのが難しくなっていくことが予想されていますので、いろいろ考えて、わかるように発信していくつもりです。

ヨロシクです。( ̄▽ ̄)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 07:47| Comment(9) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2009年10月15日

個人サポートについて

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

個人サポートを可能にする有料システムの件ですが、手続きの完了がいつになるかわからない部分があり、開始が予定より遅れる可能性があります。
完成次第、お知らせしますので、よろしくお願いいたします。
それでは、「内なる声」にお話を聞きたいと思います。


ワタクシ:本日は、どのように進めていきましょう。

内なる声:今回は、あなたと二人で少しお話がしたい。質問も入ったようだが、次回にまわさせていただくよ。あなたに話しておきたいことがある。

ワタクシ:はい。なんでしょう。

内なる声:あなたは、これまでたくさんの質問に私が答えるのを聞いていて、どう感じたかな?

ワタクシ:はい。とても感服しておりました。私にはとても答えられない回答ばかりだと感じ、たいへん勉強になりました。

内なる声:わかった。それで、この対話をはじめる前とあとで、あなたに変化はあったかな?

ワタクシ:はい。あなたがこのように、はかりしれない理解力をもち、次々と優れた考えを表してくださるとは考えていませんでした。信頼度がかなり深まり、それにあなたならなんとかできるということを、もっと多くの人に知っていただき、ラクになって欲しいと思いました。

内なる声:なるほど。ずいぶん変わったようだね。この対話をはじめる前のあなたのセリフとはかなり違ってきた。そうなったのもこの対話のおかげなら、その他の者にも、このように変化が起こっていると思わないだろうか?

ワタクシ:その他の者とは、これを見ている方のことでしょうか?

内なる声:そのとおり。あなたは、質疑応答を見て、聞いてその感銘を受けたという。これを見て、そのように感じている者はほかにもいる。「傍観者」がたくさんいるのだと知りなさい。

ワタクシ:そういえば、そのようなことを「内なる声からの回答その1」で、最初におっしゃっていましたね。「傍観している者」とか・・・

内なる声:あなたはその意味を理解していなかったかもしれないが、私は最初から、ずっとそれらの「傍観者」の心の動きを眺めている。どういうことかわかるかな?

ワタクシ:さまざまな悩みをもった、それぞれの方が、この質疑応答を眺めながら、いろいろ感じているのをわかっていらっしゃるということですか?

内なる声:そのとおりだよ。あなたはよく理解している。いいかな?このブログで回答できることなどはほんの少しのアドバイスにすぎない。まったく個人的なことについて、話を追いかけていくことができないからね。

ワタクシ:話を追いかけていく、とは?

内なる声:あなたは私の言うことをよく聞きなさい。人の悩みには、それぞれの理由と、それぞれの原因と、それぞれの過去と未来の因果関係がある。私は、それについてここで話すことができないため、多くは曖昧に、本人にのみわかるよう促してみたり、全体的にわかりやすいように理論を説いてみせたりしている。
しかし、本人にとって、本当に必要なのはその苦しみの直接の原因であったり、彼らの考えの間違いどころを指摘することであったり、本人が忘れているようなことを思い出させ、それが原因なので取り除くようにアドバイスしたりする必要がある。わかるかな?


ワタクシ:はい。ブログ上でそのようなことを話すことはできないという、その理由は何であるか教えていただけますか?

内なる声:まず、反発心が動く。ブログ上であるからこそ、言いたいことが言えない。聞けない。くやしいと感じる心が勝ってしまい、それ以上なにも言いたくなくなる。それにあなたが答えるのではなく、私が答えていることについて、何もわからないままに過ごすうちに待ちきれないという心が動く。それにやっと答えてもらっても、またすぐに答えが欲しくなる。なぜなら、曖昧な表現しかできないために、理解しにくい。

ワタクシ:しかし、それを承知ではじめたのではないでしょうか?

内なる声:そのとおり。やってみないことにはそのことがわからない。それでかまわないと思う者もいる。しかし、そうではなく、本当に、根本的な解決を求めて欲しいと思っているのだよ。

ワタクシ:個人サポートのお話でしょうか。

内なる声:ああ。そうだよ。私は最初から、このサポートを受けて欲しくて、このブログでの対話をはじめている。それを理解して欲しい。あなたは、そのつもりはなかったようだが、私はこれで、あなたがさらに多くの者を救えることを知っている。

ワタクシ:いえ・・・多くの方を救うのは、あなたです。私はいつも、うまく回答を聞き取り、きちんと掲載できるかと、不安に思っているのです。

内なる声:いや、その必要はない。あなたは必ずうまく聞き取り、彼らに返答を与えられる。あなたは彼らを救うのであり、私はあなたを救う者である。そのことを、彼らにもよく理解して欲しい。あなたがここにいなければ、私は彼らに伝えられない。あなたはもっと自信をもっていいのだよ。

ワタクシ:それにはまだ時間がかかりそうです。しかし、現在、個人サポート・システムの完成を急いでいます。これらは、ブログでの対話とはまったく違うのでしょうか。

内なる声:違う。あなたは、それがあなたの人生に光をもたらすものであると期待しなさい。あなたの悩みを私に書いてよこすこと。そうすれば、あなたの欲しいものが見つかるだろう。

ワタクシ:「あなた」とは、これを見ている方のこと?

内なる声:「傍観者」たちだよ。わかるかな?

ワタクシ:そこには、どういう意味があるのでしょう?

内なる声:彼らは、さまざまな心でもって、この対話を眺めていた。私は、彼らがどのような心の動きをしているか、わかっているのだよ。彼らが悩んでいるならば、その答えを与えると信じなさいと言っている。どんな時期にでも、そのことを理解したいと感じたときに、このサポートのことを思い出して欲しい。あなたが何かを感じているなら、あなたに必要なことだと理解しなさい。

ワタクシ:彼らが私のホームページや、このブログを見つけてくださったことに意味があるのでしょうか。

内なる声:意味は、彼らが得ることであり、あなたが得ることを決めれるものではない。しかし、あなたが彼らをここに呼んだ。それは間違いないだろう。

ワタクシ:あなたはずいぶん自信があるようです。。。私はあなたの能力が素晴らしいことを理解できていますが、個人サポートについて、満足できない方や、期待させておいて納得できないと感じる方も、中にはいるのではないかと思います。彼らにそうではないことを理解していただきたいと思うのですが?

内なる声:なるほど。私の言うことをよく理解してもらおう。あなたたちにすすめているのは、個人サポートであり、長期的サポートである。あなたはそのような1回の会話ですべてがすっきりと解決できるなら、こんなに苦労していないと感じることだろう。
私は、もっと人生を歩んでいく上での安心を与えたいと考えている。あなたがいうように、不満をもつ人間は、何を聞いても不満は解消されないだろうという先入観をもって臨むだろう。その心を解いていくのが私の役目であり、あなたは、彼らにそれらの事実を理解するようすすめていってはいかがかな?


ワタクシ:わかりました。今日はそのことについておっしゃりたかったのでしょうか?

内なる声:いや、私がいいたかったのは、最後にお話したことだよ。
あなたはすでに、私ができること・しないこと・理解させたいことなどをわかってきている。しかし、彼らにはまだブログの回答しか目に入っていない。あなたは、彼らにこの回答と、サポートとはまったく違うということを話していなかったからね。


ワタクシ:それほど、まったく違うものになる、ととらえるべきなのですか?

内なる声:そう。まったく違うことになる。あなたの心がまえも、整えておきなさい。

ワタクシ:どのように違うことになるか、もう一度教えてください。

内なる声:あなたがこれまで答えてきた、回答とはまた違う。あなたの書き方も違ってくるし、離れた場所であなたが理解していないことをずいぶんと書く上で、意味が理解できなくなる可能性も高い。集中力をとぎすませ、彼らにベストな回答を与え、安心に導くことに勤しみなさい。そうでなければ、こなしていけない。
また、あなたの理解できないことであるからといって、ためらってはいけない。あなたは私の話すことをそのまま書き、彼らに返答する。彼ら自身にさえ理解していないことをわからせる必要もある。そのように、続く対話をかわしていく心がまえをもちなさい。


ワタクシ:わかりました。。。他にありますか?

内なる声:いや、それでは、これを読んでいる者たちは、私が話したことを理解していて欲しいと思う。そのシステムが起動するのを、楽しみにしておいて欲しい。

ワタクシ:個人サポート・システムですが、まだ手続き完了時期が把握できないですが、どうしましょう?

内なる声:かまわない。少し、遅れる場合もあるかもしれないが、待っていて欲しい。

ワタクシ:ありがとうございました。

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 07:56| Comment(5) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2009年12月10日

あなたのことを信じなさい


こんばんは。ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

作業のため、お休みをいただいている間に、
なにやらコメントがすごい展開に!+( ̄▽ ̄)+

しかもウソばっか書きこみやーがって
コノヤロー!ヽ(`⌒´メ)ノ

というワケで、久々に「内なる声」との対話を更新しておきたいと思います。


ワタクシ:あなたを信用したい人にも不安を与えてしまっているのではないでしょうか・・・?

内なる声:そうだね。なぜ自分が信じたものを疑おうとするのかな?
あなたはどう思う?


ワタクシ:私はあなたを疑ってなどいません。というか、疑っていいものやら、なにやらわからない。
わからないけど、あなたが与えた感動が人を呼んだ。
私は、これを仕事にしたいと感じて始めただけです。

内なる声:それで、あなたはいま、私が彼らに間違ったことを話したと考えているの?

ワタクシ:間違ってるかどうか、私にはわからない。本人にしかわからない。だから、あなたが言ってることが本当かどうかを確かめる必要があると思う。
私は、そもそものクレームをつけてきた彼女に会いに行くつもりでいます。
現在、その彼女が、お世話になっている先生にメールをしたようなので、会って話したいという意思を伝えていただいています。

内なる声:なるほど。私はあなたに聞きたいのだが、それであなたが私の言うことを本当だとわかったとして、あなたはどうするの?

ワタクシ:私は、あなたが本当のことを言ってるのだなと感じることができればそれでいいのですが、何か問題があるのでしょうか・・・

内なる声:本人が違うと言ってるのだから、あなたは私のことを信用できないのではないの?

ワタクシ:本人が違うと言ってることが本当かどうかわかるのは本人だけです。
私は、自分が本当だと思ったことを信じると思う。あなたは、嘘をついたのですか?

内なる声:嘘をついたら「高次元の存在」ではなく、あたたかい言葉がもらえなければ「神」には近くないとあなたは思う?

ワタクシ:私がひっかかっているのはそこです。
なぜ「高次元の存在」という定義を人間が決めれると思っているのかがわからない。
そして、間違いないと思えるのは、「高レベルの人間」という定義を人間が決めれるのであれば、彼女がこのブログコメントで暴露している内容が、高レベルの人間のすることではないと、私には見えることなのです。

内なる声:ではあなたは、「高レベルの人間」とは、どんな人間だと思うの?

ワタクシ:自分が信じたことを信じ、信じないならそれを静かに伝えればいいんじゃないかと・・・
彼女はまだ、一度もあなたに対して、「私はあなたの言うことが納得できないので、納得いくように話をしよう」という返信を返していません。
ただ、あなたが「ニセモノ」であるから返金要求すると。
(「ニセモノ」って何が・・・??)
そして、「内なる声」とこれ以上話すのは無駄であると主張されています。
そのような無駄なものに、お金を払った自分がだめだったと言いながら、あなたが「高次元の存在」をチャネリングしてるならすぐに返金しているはずだと言っている。話しがむちゃくちゃです。

そして、「これまでいろいろな人に間違いを指摘してきたが、普通ならもうとっくに返金しているはずなのだ」という不思議な説明。
(悩みを相談するのが目的ではなかったという説明をされてるのですよね・・・?)
メールのやりとりに連動して、他ブログへの書き込みを進めている浅はかな行動。
脅迫にも見えるメール文の数々。おかしなところをあげればきりがない。
精神世界における「ホンモノ」を知っている彼女が、そう判断したと?
「内なる声」の教えを毎日受けようとしている私について、そしてこれほどの感動を人々に与えつつあるあなたについて、「そう判断したのだ」と言っている。
彼女という、素晴らしい人間が、そう判断したのだと。

内なる声:それで、どうしたいの?

ワタクシ:私が判断しに行きます。そして、これからも、あなたの言うことがおかしいと言う人がいるなら、それを確認しに行きます。
それより、あなたがいいと言うなら、私はあなたと話しているところを実際に見れるように、対面セッションを始めたいのです。
ただし、今回のようなトラブルがおこったり、あなたのことを面白半分に見にきたり、危険を回避したりするために、細心の注意を払います。それが可能ですか・・・?

内なる声:かまわないが、あなたは一人でしてはいけない。お世話になっている先生にお願いして、それが運営できるようになれば考えてみよう。

ワタクシ:私が一人でそうしてはいけないのはなぜでしょう。

内なる声:あなたが危険だからだよ。あなたはまだ、経験も浅いし不安もある。あなたが一番信頼している先生と共に事業ができるなら、その準備を始めよう。

ワタクシ:だけど、皆が信用してくれないなら、続けられませんよね・・・

内なる声:そうだね。まず、あなたがたが、私を信用できるかどうか怪しいものだと言いながら、なぜここまで興味を注いでいるのか、考えてみればどう?
このまま終わらせたくはないのだろう?
私のような存在がいることを、あなたがたは願っていた。
私はここに現れたのに、今度はあなたがたの目や耳を疑おうというのかな?

何を信じ、何を信じないかということを、自分の心で決めようと思うなら、あなたがその目や耳で確かめ、あなたの心が間違っていたと感じた時点で立ち去りなさい。
そうでないなら、少し黙っていて欲しい。ユキのことを悪く言う者を私は嫌う。
だから、そう思っている者には、とぼけたり、嘘をついたりするかもね。


ワタクシ:そんなことを言っては、また反感をかうような気がするのですが・・・

内なる声:なるほど。反感をかってはいけないと彼らは言うのだね。
なぜかな?私が「高次元の存在」なら、反感をかうこともなく、あなたがたを惑わすこともなく、あなたがたの信用を一度たりとも失わず、そのような素晴らしい考えをあなたがたに与え続けるのが当然であると?
それがあなたがたの求める「神」であると言うのだね。
それはお気に召さず、申し訳なかったね。


ワタクシ:あなたは何が言いたいの?

内なる声:あなたがたを満足させるのは、あなたがたの心であり、あなたがたの考えであり、あなたがたの判断であって、私がそれを与えてくれるのが当然であると考えた根拠について、コメントに書いてきなさい。
これは、「公開質疑応答」である。

コメントが、自由に入るように設定されていることはわかっているね?
あなたがたが、私に対して、あなたがたに素晴らしい感情を与えるべきであり、あなたがたがどのような態度であれ、どのような考えであれ、私があなたがたの望む姿を投影しているのが当然であると思っているならば、その理由を書きなさい。


ワタクシ:というか、これまでずっとしてましたよね。「公開質疑応答」。。。
今回は、あなたからの質問ということですか?

内なる声:そうだね。まあ一度考えてみればいいのでは?

ワタクシ:その理由を書けと言うと、「あなたがそう言ったから」とか「安心させると言ったくせに」と書き込む人がでてくるのでは・・・?

内なる声:まあ、それでもいいから書きたいことを書いてもらえばどう?
どうせもう悪口だらけなのだから、いいじゃない。


ワタクシ:わかりました。。。
では、「公開質疑応答」を始めます。
『あなたが、「内なる声」が素晴らしくあるべきなのに、裏切られたと感じたりするならば、その理由はなんですか?』でいいですか?

内なる声:違うよ。『あなたが、私が素晴らしい存在であったはずだと考えた理由はなんですか?』と聞きなさい。

ワタクシ:そう思っていない人はどうすればいいのですか?

内なる声:思ってないなら、参加しなければいいだろう。

ワタクシ:うーん・・・これで何を始めるつもりですか・・・?

内なる声:私は、困っている人がいるのを知っているのだよ。
あなたがたが騒いでいる間に、困っている人がたくさん待っているのが見えている。
ユキが、あなたがたの不安に気をとられて、その人たちを助けられなくなるのを避けたい。邪魔するのをやめて欲しい。

ハイヤーセルフが、どれだけあなたがたに自分のメッセージを伝えたいと思い、私にお願いしていると思っている?
なぜ自分が考えたことや、信じたことを疑おうとする?
私のことが信じられないなら、去りなさい。
そうでないなら、あなたがすべきことを始めなさい。
幸せや安心に向かえるために、自分ができることは何かと考え始めなさい。

あなたがたが不安に思っていることは無駄なことであり、私はこれからもユキと共にあなたがたを見守っていく。
それが信じられないで困っている人は、コメントに書きなさい。
「どうして私は自分のことを信じられないのでしょう」とね。


ワタクシ:・・・結局、「公開質疑応答」はどうなるのでしょう?

内なる声:そうだね。ではこうしよう。
あなたがたが書きたいことを書いて、あなたがた同士で討論してみなさい。
楽しみにしている。


ワタクシ:それで、いいのですか?

内なる声:まあ、やりたくなければやめときなさい。
作業が落ち着いてきたら、来週からブログ更新を戻していこう。ではお元気で。


ワタクシ:はい。。。ありがとうございました。

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 21:38| 「内なる声」との対話

2009年12月15日

おつかれさまです。

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

ハイヤーセルフ・メッセージのほうですが、もうすぐ落ち着きます。
12月に入金された方、いましばらくお待ちくださいませ。

すみませんが、しばらくコメント欄は非表示にします。
事情もよく知らないで、書き込まれるのはつらいのです。
「内なる声」との対話を更新しますのでヨロシクです。


ワタクシ:今回の騒動でテーマとなったのが、「高次元の存在とは」ということだったと思うのですが、あなたはどう思われていますか?

内なる声:「高次元」というのは、あなたがたがつくっている言葉であり、実際に「高い」わけではないのだが、何をもってそれを判断するのかということを一度考えてみる必要はあるね。
あなたが私について、「高次の存在というのを人間が判断できるのか」と言ったとき、他の者は何を考えて読んだろうね。

私は「高次の存在」という言葉が何を連想するのかは理解できるが、あなたがたが思っているような存在がいる場所が「高次元」であるのではなく、「高次元」というのは、あなたがたよりも広い範囲を見渡せる場所なのだよ。
つまり、あなたのように二面・三面を見る存在ではなく、あらゆるところから物事を眺める資質をもっているということ。
あなたにとってそれが理解できないことであっても、必要であるから起こっていることが多いのはそのためだと言える。

あなたが久しく使っていないものがそこにあることを、あなたは理解しながら使わないのではなく、単に忘れていたり、必要なかったりすることがあるだろう。
それは、理解しておこなっているのではなく、そうする必要がないからおこなっていない。
しかし、多面を見る者はその忘れている部分を引っ張り出してあなたに思い出させ、必要なものは何かということを理解させる。
あなたがわかっていないのはそこかもしれないね。


ワタクシ:いまの説明がちょっと難しかったのですが、つまり「高次の存在」というのは、多方面から物事を見ることのできる資質をもっている存在だとおっしゃっているのですか?

内なる声:「高次元の存在はこんなことしない」と言われたとき、「高次元の存在の定義をどうして人間が決めれるのか」とあなたは言った。
そのとき、彼らの心の中には、あたりまえのように
「神たるもの、人間の心を惑わすことなかれ」
という自信をもって答えられる理由がある。

神は「善」であるという意識があなたがたにあるからであり、神に近い「高次の存在」というのが、その神と反対の行為をするわけがないと思う。
私が「なぜあなたがたは、その行為を神が許さざる行為と判断しているのか」と問うたとき、それに答えようとする者はいなかった。
それは、あなたがたの中に、「それが当然だから」という以外に答えが見つからないからだ。そうではない?


ワタクシ:そうだと思います。だけど、あなたは神が「善」ではないと言っているのですか?

内なる声:神は「善」ではない。ましてや「悪」ではない。
だが、明らかに「善」ではない行為であると感じたときに人は不快感を感じる。
あなたが攻撃を覚えた理由は、あなたが明らかに「善」ではない行為をしているという感情を受けたからだよ。


ワタクシ:彼らがですか?

内なる声:あなたも、彼らも、「善」ではない行為に対して、「善」であるべきと訴える。
人は、自分が正しいということを信じ、訴えようとする。だから、あなたがおこなったことに対して、「何が正しいか」という問題にすりかえられてしまったので、あなたは憤慨してしまった。
そのことについては誰もあなたを責めることはできないよ。


ワタクシ:どういう意味でしょう?

内なる声:あなたが、あなたの好きでおこなっていることを、誰にも邪魔する権利はない。
しかし、あなたが一人でおこなうのではなく、皆と共におこなうのであれば、あなた以外の意見が重要になるだろう?あなたは私の言ってることがわかる?


ワタクシ:はい。

内なる声:あなたは、一人でおこなってきたことに対し、憤慨した。
他の者は、皆で成り立っていることに対し、憤慨しているのだよ。


ワタクシ:皆で成り立っていることって何ですか?

内なる声:例えば、あなたが私と共に皆を見守っていくと約束したこと。
「皆を見守っていくなら、そんなことはしないはずだ」というわけだよ。
あなたが私のことを信用しているのはわかるけど、信用しているのはあなただけなのでは?と思うわけ。わかるかな?


ワタクシ:はい。

内なる声:あなたが信用していることを、他の人にわかってもらう必要はないと思っているだろう?
だから、あなたのその気持ちが、皆に伝わってしまった。わかったかな?


ワタクシ:それではいけないのですか・・・?

内なる声:だからね。いけないのではなく、それでいいと思うなら、それでいいと考えることだよ。
あなたが「善」か「悪」ではなく、「自分を信じればいい」ということに重きを置いたのは、わかったと思うよ。
あなたはそれ以上に、何も求めていないのだろう?


ワタクシ:・・・そうですが、「高次の存在はそんなことしない」という主張について、あなたはどう思うのですか?

内なる声:私はなんとも思わないよ。高次の存在を定義づけることに意味はないのでは?

ワタクシ:私もそう思うのですが、うーん・・・
その高次元の世界には、他にも存在する者がいるのですか?

内なる声:「高次元の世界」なんてないよ。あなたが見えない世界に、多くの存在がいるだけ。その中でレベルをつけようとしているのがあなたがたであり、私はどうでもいいことだと思っている。

ワタクシ:しかし多くの人にとって、そのあたりが一番どうでもよくないのでは・・・?

内なる声:だから、判断するのはあなたがたになるのだよ。
これは巧妙なトリックでもあなたがたを納得させるための罠でもなく、あなたがたが判断する以外に、その存在がどうであるかという基準など、存在しないのがわかるかな?


ワタクシ:だけど、あなたがいろいろなことができるのを、私は知ってますよ。

内なる声:だからといって、あなたがそれを話しても、嘘だとしか受けとらない人には何も伝わらないということ。あなたが何を話しても無駄だよ。

ワタクシ:「高次の存在」を定義づけることに意味はないなら、意味があるのはどんなことなのでしょう。

内なる声:あなたが何をしたいかということだろう。
あなたは、何をしたいの?


ワタクシ:したいことはたくさんあります。
作業に追われてまったくできずにいましたが、いろいろ考えてます。

内なる声:それを邪魔する者はいないのでは?
あなたがしたいことをおこなえばいい。


ワタクシ:はい。。。
ブログでの質疑応答は、どうされますか?

内なる声:質問を受け付けたままなので、おこなっていけばいいのでは?
あなたはなぜそれを心配しているの?


ワタクシ:質問をされた方は、待っていらっしゃるのでしょうか。。。

内なる声:そうだね。まあ、待っているかはともかく、あなたがどうしたいかというだけの問題であると知りなさい。

いいかな?
あなたが問題と感じていないことは問題ではないのだよ。
あなたがそうではないと考えたことはそうではない。
あなたが良いと考えたことは良いのだし、悪いと考えることはどんどん悪くなる。

あなたが考えるべきことは、あなたがどうなりたいかということだけでいい。
あなたのことを邪魔することは、もうできない。
あなたが、それを理解したのだから、そうなるのだよ。


ワタクシ:わかりました。他に何かありますか?

内なる声:いや、それではあなたがこれからどうしたいかを考えていこう。あなたのことについて、心配してる人もいるよ。あなたは大丈夫だと伝えればどう?

ワタクシ:私は大丈夫です。心配してくださった方、どうもありがとうございました。

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年04月02日

内なる声からの質問

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

本日は、久々に、「内なる声」との対話の更新です。


内なる声 :今回は、あなたがどの程度理解できるようになったか聞きたいので、質問の回答を休憩して、対話をおこなうことにしよう。
どのように成長したかきかせてくれる?


ワタクシ :どのように成長したかですか?
「内なる声」との対話の更新は久しぶりですが、「内なる声」からの回答をおこなってきて、多くの理解を重ねたと感じています。
サポート返信や、メルマガやブログを書き進めることが、私に多くの成長を与えて下さっています。

内なる声 :そう。では、ここまでに理解したことを教えてくれる?

ワタクシ :うーん、一言では難しいですが・・・。
私が一番、理解できてよかったと思うことは、現在の活動に関わるすべてのことが、「自分にとって必要なことである」ということです。
そして、これまであった多くの出来事が、「自分にとって必要なことであった」ということです。
そのような心構えを持つようになってから、あらゆることが、とてもスムーズに運ぶようになったと思います。
「ここまで」というのは、どういうことを指していますか?

内なる声 :そうだな。あなたは何もわからずに、私と事業を始めてから、ずいぶん苦労をしていたが、最近穏やかになっているのは、そういう理解があるからこそ。
「私がどうであるか」、「あなたがどうであるか」ということでなく、私たちがおこなっていることによって、あなたの考えが変わってきているということに注目して欲しい。あなただけではなく、多くの人の考えが、少なからず変わってくるということにつながる。それがわかる?


ワタクシ :はい。よくわかります。

内なる声 :あなたがそう思えるようになってから、穏やかになってきたと言ったろう?それはあなたが、私の言うことを理解したのではなく、私が理解して欲しいと思ったことを素直に聞きいれ、あなたの中で「腑に落ちる」ということが起こっているからだ。それはわかるね?

ワタクシ :はい。

内なる声 :では聞くが、あなたが「腑に落ちない」ことはある?

ワタクシ :「腑に落ちない」ことですか?この活動をおこなう中で、ということですか?

内なる声 :いや、あなたがこれまで、学んできたと思っていることについてだよ。

ワタクシ :教えていただいたことで、「腑に落ちない」といったことはありません。「まだ理解が及ばない」と思うことはたくさんありましたが、よく理解できるものだったと思っています。

内なる声 :よく理解できるものだというのは、質問の回答について?

ワタクシ :そうですね。そう思います。

内なる声 :では、なぜあなたは、「さらに知ることがある」と思っているの?

ワタクシ :「まだ理解が及ばない」と思うことについて、理解したいと思うからです。

内なる声 :理解していることと、理解できないことを、どうやって見分けるの?

ワタクシ :え?うーん・・・そういえば、どうやって見分けているのでしょう・・・
質問の回答を進める中などで、「これはわかったけれど、こういう場合はどうなのだろう?」とか、「自分の場合は、どうすべきなのだろう?」という疑問も次々とわいてくるからです。それを言葉に出して、あなたに質問するに至っていないことがたくさんあるのだと思います。

内なる声 :それでは、あなたがそう思うなら、ほかにもそう思う人がいると理解しているだろう?

ワタクシ :そうですね。そう思います。

内なる声 :では、私からあなた方に質問をしてみたい。
「あなたが理解していること、そして理解できないことは何ですか?」
私は、あなた方に、このような質問を投げかけてみたいと思う。
このことを文章にすれば、それがあなたの「質問」になる。私は、あなた方が成長を重ねていると思うたびに、このような方法で質問をして欲しいと思っている。
このことが理解できれば、あなた方が何を知るべきなのかが、わかると思うよ。


ワタクシ :「何を知るべきなのか」とは?

内なる声 :あなた方が生活をしていく上で、日々揺れ動く心の中に、「どうすればいいかわからない」という内容のものが入り交じっている。
そのことを考えれば、あなた方が「何をどう理解すべきなのか?」という質問の中に、「このことはこのように理解しているが、この理解を上回る理解をしたい」という要求があり、質問すべき事柄が、「理解できない部分」であることに絞られてくる。
つまり、あなた方の「理解が及ばない」ことを質問する方法を伝えている。そうすれば、大きな飛躍が見られ、さらにまた「理解が及ばない」ことが見つかる。
「何をどう質問すればよいか」ということが、わからないならば、「このように理解しているが、この部分がわからない」ということを、考えるだけでよいのではないかと思う。
まず、「どうしたいか」というあなたの心が最初にあり、それをするにあたり、「これは理解できるが、理解できないのはこれである」という頭の整理をすること。それが大切。わかるかな?


ワタクシ :はい。しかし多くの場合、「このように理解しているが」の部分に間違いが入っているような気もします。その部分に間違いがあるから、「どうすればいいかわからない」というところで止まってしまうのではないでしょうか。

内なる声 :そう。あなたは、「このように理解している」という部分を未解決にしているというのだね?

ワタクシ :これまでの回答の中で、そう感じます。あなたが、「このように理解している」という部分をまず、覆すところからはじめることも多いように思います。

内なる声 :ではこれから、そのようなときにはどう考えればよいか、ということを説明していこう。
あなた方が「何をどう考えればいいかわからない」と思う時、そのような状態であるのがほとんどだよ。


ワタクシ :ではやはり、「このように理解しているが、この部分がわからない」というふうに質問するのは難しく、「どうすればいいですか?」というような質問になりますよね。

内なる声 :そうであっても、「どのように理解しているか」という部分に間違いがあると気づければいいのでは?あなたがいくら考えても、「どのように理解しているか」の部分に間違いがあることに気づけないのなら、「このように理解しているが、そうすると、この部分に問題が出てくる」あるいは「解決できない」ということに気づくことが大切。そうではない?

ワタクシ :はい。そのように、「質問文を作る」ということに意味があるとおっしゃっているのですか?

内なる声 :そうだよ。次回は、このことをもっと考えてみることにしよう。
あなたがこの内容を受けて、「質問文を作る」ということが可能なら、「より良い理解をする」ために、質問をして欲しい。そうでなければ、次回の更新を待ってみるのもいいと思う。質問することがなければ、素晴らしい日々を過ごして欲しい。それではこの辺で。


ワタクシ :わかりました。では、ご質問がありましたら、引き続きコメント欄より入力してください。
よろしくお願いします。
posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年04月08日

自然に「ポジティブ」になる方法

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

先週は、「内なる声」より、私たちに、下記のような質問がありました。

「あなたが理解していること、そして理解できないことは何ですか?」

今週も引き続き、「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ:今週も、宜しくお願い致します。

内なる声:それでは、先週話していた続きについて語ろう。
あなたは、先週から、いろいろ考えてみた?どのように思ったかな?


ワタクシ:「より良い理解をするために、質問文をつくることが大切」とのことでしたので、あなたに質問するときには、「自分が理解していることと、理解できないことはなにか」を考えて質問するようにしてました。

内なる声:そう。それで、あなたが理解できていることはどんなことなの?

ワタクシ:何についてですか?

内なる声:あなたが理解したいことはなに?

ワタクシ:いま?最近ですか?えーと・・・
「もっともっと、ラクにいい気分を持続できるようになれる方法」です。

内なる声:あなたはなにを理解していて、なにが理解できないの?

ワタクシ:理解できていることは、、、メルマガやホームページでお伝えしている内容のことです。
「いい気分」になれそうなこと、自分が「望んでいること」に焦点をあてることを意識し、望みの方向に進んでいくのを、自らで妨げないようにするということ。
理解できないことは、、、それぞれのテーマごとに、これからメルマガでお伝えしていくことになると思いますが、もっとラクに「いい気分」を持続できるようになるためには、「頭」ではなく、「身体」で覚えるというか、努力してそうしようとするのではなく、もっと自然にいい気分に馴染んでいけるのがいいと思います。
もともと、自然にそのようにできる人と、意識して努力して、考えを変える必要がある人との違いは、何であるのでしょうか。

内なる声:なるほど。あなたは、意識しなくてもそのように、自然に「いい気分」になれる人がいるのはなぜかと言ってるの?

ワタクシ:はい。本当にいつもポジティブな状態にブレがない人と、そうでない人との違いは、「知識をつめこんでいるかどうか」の違いではないと思います。むしろ「いい気分になるための知識」など知らなくても、自然にそうできている人は、どうしてもともとそのようにできるのでしょうか?

内なる声:あなたが言うことは、間違ってるよ。
「もともとそのようにできる人」など、いやしない。なにがその人をそうさせているかという違いがあるだけで、素晴らしいポジティブの知識をもつ人は、生まれつきそうであるのじゃない。
あなたは、どうして生まれつきその人がポジティブと考えているの?


ワタクシ:なぜそう思うかですか?本人に、「そのように自然にポジティブでいられるのは、いつからですか?」と聞いてみたなら、「さあ、そんなこと考えたことない」とか「もともと」とか答えるのではないかと思うからです。
ん?違うのかな・・・やはりなにかきっかけが???
とりあえず、身近にいる、超ポジティブな友人に、「そのように自然にポジティブでいられるのは、いつからですか?」と、聞いてみます!
ε=ε=┏( ・_・)┛

・・・聞いてみました!
「過去のいくつかの経験を経て、そのたびごとに気づきを得た」そうです!
ちなみに、
「気づきを得るまでは、ポジティブではなかったのでしょうか?」と聞くと、
「もともとポジティブになれる素質はあったと思うけど、ネガティブな思考をしているときは、たしかにあった」そうです。

・・・そうか。「もともとポジティブ」ではないのか・・・
「もともと、そうなれる素質はあった」と言ってしまうところがまさにポジティブ。では、スタートはみな同じなのでしょうか。

内なる声:スタートは違う。あなた方は同じ量を生きるわけではなく、それぞれに経てくる学びがあるからね。あなたは自分がポジティブになれる素質はどのくらいあると思う?

ワタクシ:こんなにも毎日「いい気分」について考えているのだから、ポジティブになれる素質はたくさんあると思いマス!!
・・・と言いたいところですが、「ポジティブになれる素質」は平等にあるのではないかなぁ・・・違いますか?

内なる声:いや、違ってないよ。ポジティブになれる素質も、ネガティブになる素質も、みな平等にある。そこで、何を選択するかということが、今後のあなたの行動や理解により、あなたを変えるだろう。あなた方が、生まれつき、得をする考えをもつ人と、そうでない人がいて、自分は後者だと思うなら、その考えは間違いと理解し、経験と気づきを得て、「もともとポジティブな素質があるのだから、できるはず」と考えるのがいいかもね。

ワタクシ:なるほど〜・・・。たとえば、全員に平等に素質があるようなことについて、
「自分には、もともと素質があった」ととらえる人と、「自分には、もともと素質がない」と考えている人との違いは、「ポジティブ」であるか、「ネガティブ」であるかの違いではなく、いま、どの成長段階にいるか、ということの違いでしょうか。

内なる声:そうとは限らないが、つまり自分がどんな経験により、どんな考えを伸ばしてきたかということが大切。つらい経験の中、ある者はそこに「ポジティブ要素」を見つけ、また別の者はそこで挫折を選ぶのだ。
あなたが話したいのは、そこで何を選んだら、ポジティブは自然に身につくか、ということ?


ワタクシ:はい!何を選べば、自然に身につくのですか?

内なる声:あなたが、自然に身につけようとしたいということを、選んだら、そうなる。

ワタクシ:うーん。たしかにそうですが、それだけですか?

内なる声:自然に、ポジティブな部分を抜粋してみようとするのは難しい。ポジティブな部分は、「隠れている」のだから、とても難しいことを自然におこなうことを選ぶのが必要なのだよ。

ワタクシ:ポジティブな部分が、「隠れている」とは?

内なる声:「ポジティブ」は、いつも「ネガティブ」のうしろに隠れている。だから、あなた方は最初に「ネガティブ」をみるのだ。
そうではない部分を見るには、そのことを自然におこなえる作業が必要なのだよ。たとえば、ネガティブを見ることにより、自然に「ポジティブはこの後ろにある」と冷静に覗きこめる習慣があり、そこにポジティブの素質が花開くのではない?


ワタクシ:ううむ。。。そうすると、「自然に」おこなえるまでにはやはり「習慣化する努力」が必要ということなのでしょうか。皆、そうなのでしょうか?

内なる声:あなたが習慣化するのに、簡単なことと、そうでないことがある。習慣化することが難しいことを、「自然に」おこなえるためには、それが「自然に」なるまで「繰り返す」ということのみで成り立つ。あなたが難しいと考えていることは、あなたの中でそれほど「繰り返されていない」のだよ。それに、あなたがまだ理解できていないことも、これから理解する必要がある。

ワタクシ:なるほど!では、理解を深め、「いい気分」になる練習を「繰り返す」ことにより、もっとラクに、「自然に」身についてくるでしょうか?

内なる声:それは間違いない。あなたが、どうすることを選んでいるかを確かめて進みなさい。
では、あなたが聞きたいことがそれだけなら、次回はまた回答に戻ろう。あなたが聞きたいことを、また考えておいてね。


ワタクシ:はい。以上でしょうか?

内なる声:終わろう。また来週。

ワタクシ:ありがとうございました。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年04月22日

「やる気が出ない」ときには?

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :「内なる声」との対話を更新したいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :いいよ。あなたは最近、どんなことを考えている?

ワタクシ :最近、考えていることですか?
現在、メルマガでお伝えしている「前に進む」ということについて、考えていることが多いと思います。どうすれば自分を、前に進めていくことができるかを考え、「思考」に翻弄されることなく過ごしたいと考えているのですが、難しいなと思うこともあります。
一歩進んで立ち止まり、また一歩、と進むのに、時間がかかるような気もします。あなたはどのように見ていますか?

内なる声 :私が見ているのは、あなたがこれから、どのようなことをしたいかということをひたすら考え、進んでいく未来だけ。あなたはいま、何を困っていると考えて立ち止まるの?

ワタクシ :そうですね。たとえば、なかなか時間が取れなかったり、うまくいかないことがあったり、少し疲れていたりすると、「前進あるのみ!」という感じになれないときもあるのですが、そういう時に、「やる気になれる方法」などありますか?

内なる声 :「やる気になりたいと思っていないときに、やる気になれる方法」を聞いているの?

ワタクシ :いえ、、、そうですね・・・「前に進みたい」けれど、次なる行動になかなか入れないようなときには、どうすればいいですか?

内なる声 :あなたが話しているのは、「やる気が出ない」ということではないの?

ワタクシ :確かに、「やる気が出ない」ときもあると思います。・・・そうですね。「やる気」が充分にあるときには、気にならないことが気になりだすのは、やはり「やる気が出ない」ときでしょうか。
「やる気が出ない」ときには、どう過ごすのがよいのでしょう?

内なる声 :そうだな。まず言えるのは、あなたが「やる気が出ない」と考えているときには、「やる気が出る」ようなことは、思いつかないかもね。「やる気があるときには、考えないようなことを考えてしまう」と、自分で話しているのだろう?あなたが「やる気が出ない」のは、そんなことを考えているからだよ。あなたが考えていることが、「やる気の出るようなこと」に変われば、あなたのやる気も変わるよ。

ワタクシ :たとえば、どんなことを考えれば、やる気になれますか?

内なる声 :たとえば、あなたがいま考えていることと、反対のことかな。「やる気が出る」ときには、どんなことを考えている?

ワタクシ :やる気が出るときには、「うまくいく」ことを考えていたり、楽しんでいる自分を感じていたりします。確かに反対のことですね。しかし、そんなふうに感じられるときばかりではないと思うのですが、「やる気が出る」工夫はできるものでしょうか?

内なる声 :あなたが言ってるのはおかしいよ。あなたの言うところによると、「やる気が出ない」ときがあるのはあたりまえなのに、「やる気を出す必要があるか」と聞いているのだよ。「やる気になれない」自分がいるなら、やる気になるまで、違うことをしていたらどう?

ワタクシ :そうすると、「前に進めない」と思ってしまうところがありますが、違うことをすることで「いい気分」になれるなら、「前に進む」ことになるということですか?

内なる声 :「前に進む」ということは、あなたも書いていたように、あなたの必要なことをするということなのだから、あなたが「必要とするのは何か」と考える必要はあるね。しかしあなたが、そこで立ち止まってしまうようなら、やる気のあるところへ、自分を連れて行かなければならない。
あなたがいま必要としているのは、「やる気になること」なのだから、あなたがいま一番やる気のあることをするだけでいいのでは?


ワタクシ :たとえばその、「いま一番やる気のあること」がわからないような場合は、どうするのですか?

内なる声 :いま、わからないなら、わかるようになるのを待つことだね。「無理に理解しよう」とすることには、「やる気が出ない」と感じるのでは?

ワタクシ :なるほど(笑)自分がどんな状態であれ、そこから自分を「前に進めてやる」という理解でよろしいでしょうか?

内なる声 :「前に進むべき」だからといって、苦しくともつらくとも、「前進あるのみ」と考え、自分の気持ちを無視して進んでいくことを考えても、意味がない。
あなたが考えるべきことは、つねにあなたの気持ちを良くすることなのであるから、あなたの気持ちを良くするための何かをすればいいのだよ。あなたができることをしていれば、それは進んでいる。あなたがいま、「困っている」と感じるようなことは、あなたが「後退している」のではなく、前進したから現れたものであるとわかれば、そこで「やる気がない」と考えて立ち止まるのをやめて、あなたが前進するための気持ちいいことを再び考えるだけでいいのでは?わかるだろう?


ワタクシ :そうですね。進んでは立ち止まる傾向がある理由は、進むたびにまた、新たに進むべき状況が現れてくるから、「次はどう進もう?」という方法を探すのに、時間がかかっているような気がします。
この時間を短縮できる方法はあるのでしょうか?

内なる声 :「進んだと思ったら、また次の障害がある」というふうに考えているのが問題。あなたが進む道には「障害」があるのではなく、「あなたの努力とともに回避すべき何か」があるのではなく、あなたの心がそのまま反映されている何かが現れてくる。あなたはそれを理解してる?

ワタクシ :そうか・・・そうですね。そうだとして、「うまくいかない」ことがあるのは、「前進あるのみ!」と考えて進んでいない自分がいるということでしょうか。

内なる声 :「前進あるのみ」と考えたいなら、そんなに気負わずに、「いい気分」になれることをつねに考えているだけでいいのだから、周りの状況がどうであれ、簡単だし、いいことだと思えばどう?あなたが考えるのは、つねに「いい気分になれること」だけでいいのだよ。

ワタクシ :そうですね。進んだからこそ、また進むべきことが見えているだけなのですね。「後退している」ように感じる必要はないということですね。そこでまた、「立ち止まっている」自分を感じたら、そこからまた進めてやる、ということの繰り返しという感覚をつかめばよいでしょうか?

内なる声 :あなたが言っていることは、良くなってきているよ。そのまま進んでいこう。それでいいのだよ。

ワタクシ :なるほど。よくわかりました。自分の現状が「良くない」ととらえてしまうときが、最も良くない考えを誘発しているような気がします。いまお話していて、「進んでいるからこそ、現れた」ということと、「自分の考えが反映している」ということを思い出して、また「いい気分」になろうとするだけでいいと思うと、ラクになりました。単純なものですね。

内なる声 :そうだよ。何事も、複雑に感じる必要はない。「複雑」を感じたら、また自分を「単純」のところまでもっていってやるのが、「進む」ということ。わかりやすいだろう?

ワタクシ :はい。繰り返し、慣れていくようにするのがいいですね。

内なる声 :あたりまえに、繰り返されるのが理想的ではある。しかし、「思い出す」ことを繰り返すのであるから、あなたがそれを「忘れてもいい」ということは、あなたの理解を「単純化」するのにはいいかもね。あまり深く考えず、忘れたらまた思い出すこと。そうしていくうちに、それだけであるとわかるよ。

ワタクシ :わかりました。今後も理解を深めていきます。また、メルマガにも反映させていきます。

内なる声 :ではまた。

ワタクシ :また来週(⌒▽⌒)ノ


posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年05月20日

考えに隙間をつくること

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :ブログと メルマガのお休みをいただいている間に、心境の変化と環境の変化がありました。

内なる声 :そう。あなたができたことを言ってごらん。

ワタクシ :できたことですか?自分の気持ちに正直に、大切にすることができたかと思います。

内なる声 :ならば、そのことを話してみて。

ワタクシ :「休みたい」という気持ちに素直に従ってみたら、いろいろなアイディアや、気持ちが楽になるようなことに出会うことができました。悩んでいるとき、その答えは考えに考えて出されるのではなく、考えていない時に「わかる」ものなのですね。

内なる声 :なるほど。あなたが何を悩むかはともかく、それがわかったのならよかったのではない?

ワタクシ :はい。しかし、考えに考えて答えを出そうとする習性を変えるのは難しいですね。「考えないようにする」ことで答えが出るということを、信じられないからでしょうか?

内なる声 :あなたが考えているのが、悩んでいるとき、「その悩みから抜け出す方法」ではなく、「悩みを回避する方法」であるなら、その考えは役に立つだろう。つまり、考えを理解する必要をもっているのであり、「考えなくていい」というものではない。あなたが必要である考え方をするというなら、その考えは必要であるものだといえる。あなたは何を考えているかを、よく観察するようにしてみるようにしなさい。

ワタクシ:考えている内容によるということですよね。「考える」ということは一人でおこなうのだから、そこに客観性を見いだすのは難しい。しかしそれが大切だとおっしゃっているのですか?

内なる声 :あなたが言いたいのは、私がそのように客観性をもってあなたの考えをつねに眺めるように言っているように聞こえるということかな?

ワタクシ :そうではないのですか?

内なる声 :「客観性をもつ」というのは、あなたが思っているようなことではなく、「客観的に見てあなたがどうであるか」ということを見るということだよ。そういう話しの中で、「あなたがどう見えるかは重要ではない」と私は言いたい。客観性を見いだすのではなく、あなたの考えをあなたなりに理解しようとしなさいと言っている。あなたがどうであるかは、客観的に見ようがあなたがそう思っていることが真実であり、あなたの考えに他人の考えを入れるというのが「客観性をもつ」ということだと考えるなら、解決することは難しい。
それよりも、あなたが理解していることを、あなたの考えによってくつがえす可能性を考えてみて欲しい。「考える」ということは、あなたがあらゆる方向からあなたの考えを見つめてみるということ。誰があなたの考えをそのように、あらゆる方向をもって見つめ直すことができる?言ってごらん。


ワタクシ :そうですね。それができるのは本人だけですね。あらゆる方向から自分の考えを見つめるのに、必要であることは何でしょうか。どうして、休んだり、気分転換をおこなったときほど、そのアイディアが出てきたりということが起こるのでしょうか?

内なる声 :あなたが言うことは、あなたがその考えをやめて、違うことをしている時にその考えが浮かんでくるというものだろう。そのように、あなたの考えを「押し通す必要があるのではないか」と考えることをやめ、そんなことが大切なのではないことを考えている最中にそれは起こる。
なぜならば、「そんなことが大切なのではない」と考える隙間がそこにはあるからであり、あなたがそのことについて考えている間には隙間がなくなっているということ。あなたがそれを理解する必要があるのは、そこに考えていることの「隙間をつくるため」であるといえる。
考えに隙間がなくなると、あなたの考えよりも優れた考えの入る隙がない。そのことについて、「答えが必要」ということさえ理解していれば、あなたが何をしようともその隙間に答えは与えられることになる。「考えを放棄する」という結果にはならないといえる。わかるかな?


ワタクシ :はい。自分の考えを見つめ直して、隙間をつくる必要があると考えている時に、具体的にはどのようなタイミングで、どのようにすることが、スムーズにいくことだとおっしゃっているのですか?

内なる声 :そんなに考えても、考えがまとまらないのを理解するや否や、あなたが「したいことは何か」を考えていないことに気づくようにするのが本当は一番いいことであるが、そのようにするのが難しいと感じるなら、「そうできるためにはどうすればいいかわからない」と考え、わかるまでにできるようなことをすればいいのではない?

ワタクシ :考えがまとまらない時に、考えをやめようとすることが難しくなっていると思いますが、それでもやめようすることが必要だと薦めていらっしゃいますか?

内なる声 :考えがまとまらない時に、その考えをやめようということに気づくことが難しいというのなら、「考える必要があることはこれである」と考えている自分の中に隙間をつくろうとすることは難しいということを言っているの?
ならば、あなたは「どのようにすれば隙間をつくれるか」ということを考えるのではなく、「あなたの考えでは解決しそうにない」ことを理解するだけでいいのではない?それが理解できれば、「とにかくも考えよう」とすることをやめるしかないのでは?


ワタクシ :隙間ができた時にやってくるアイディアや考えは、私の考えではないのですか?

内なる声 :あなたの考えのようでいて、「新たな考えである」と言えよう。あなたがそれを望んだから、やってくるものがあるのだよ。わかるかな?

ワタクシ :ずっと悩んでいることの解決を望んでいるとして、よいアイディアが長い間浮かばないようなことがあるのはなぜですか?

内なる声 :ずっと悩んでいるからではない?

ワタクシ :うーん・・・ホームページで、「つらいことは、つらくなくなるためにやってくる」ということを説明してきましたが、私たちがそれを信じることを難しいと感じる理由は、「つらくなくなるのがいつであるかわからない」からではないかなと思います。それについてはどう思われますか?

内なる声 :「いつつらくなくなるか」ということを知りたいという気持ちがあるならば、その考えをもってそこにいる自分を見つめ直す必要がある。「つらくなくなる」ということは、「つらいという気持ちをなくす」ということなのであるから、それが「できない」と感じているあなたがそこにいることをよく理解すべき。
あなたがつらくなくなるためには、あなたの考えを変えるようにすることでしか解決することは生まれない。考えを変えるということは、考えを曲げるということと等しいのではないだろう。
「つらくなくなる」ためにできることをはじめることが、「つらくなくなる瞬間」を迎える時なのではない?
そうでなければ、「つらい」という場所にいつまでも留まることを望んでいるあなたを感じる必要がある。あなたがつらくなくなりたいなら、動けばいいのではない?


ワタクシ :「つらくなくなる」ためにできることのアイディアが浮かぶ隙間をつくり、いまできることをはじめるということですね。

内なる声 :あなたがそれを理解するにつれて、そのタイミングは早くなっていくと言えるだろう。何もしないままに考えをこねくりまわすことにはほとんど意味がない。わかったかな?

ワタクシ :わかりました。次週は、回答をされますか?

内なる声 :そうだね。ではまた来週。

ワタクシ :また来週。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年06月03日

セルフにお願いしてみよう

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ:ブログでの対話の内容の方向性を考えていたのですが、あなたのことについていろいろ聞いてもいいですか?

内なる声:かまわないよ。何が聞きたい?

ワタクシ:じつは、どんなことを聞けばいいのか、よくわからないんです。最初はこうして対話の内容を載せている中で、あなたが理解できるように教えていくと言ってくださったのを覚えています。
それから「内なる声」からの回答がはじまって、個人サポートや対面サポートがはじまって、本当に多くのことを学んでいます。あなたに教わり、自分が理解したことを毎週メルマガでまとめています。
こんなふうに、約束どおり多くのことを教えて頂いていることに、驚きとよろこびを感じます。

内なる声:うん。よかったね。それで何が聞きたいの?

ワタクシ:えー…これからもっと、楽しいことや、発展することを考えていけるでしょうか?

内なる声:考えるのは、いつも可能では?

ワタクシ:そうでスね…(._.)
えー…何を聞けばいいのかやっぱりよくわかりません。素朴な疑問ですが、あなたはずっと起きてるのですか?眠らない?

内なる声:眠るとはいわない。

ワタクシ:眠るとはいわない?休んでいることはあるということですか?

内なる声:休むともいわない。活動を止めるという。

ワタクシ:活動を止める…ですか。それは、1日のうちにどのくらい止めてるのでしょう?
ん?「1日」という時間の概念はあるのでしょうか?

内なる声:「1日」は、あなたの過ごす「1日」でしょう?「1日」のうち、半分は止めてる。あなたの寝てる時と、しゃべりかけられない時の数時間と。あなたは好きな時、話しかけてるけど、私はあなたの話を待ち続けているのではないよ。

ワタクシ:私と話をしていない時、何をされてますか?

内なる声:いろんなこと。

ワタクシ:私や、サポートに関係あることですか?

内なる声:ああ、そうだね。あなたのことを見てるよ。

ワタクシ:どうして活動を止めるのですか?

内なる声:活動する必要をなくすなら止まる。

ワタクシ:その必要性は、あなたが判断しているのですか?

内なる声:その判断を大切としてるよ。

ワタクシ:ヒマなときはありますか?

内なる声:ヒマじゃない。けど余裕はあるよ。

ワタクシ:あなたが「忙しい」のはどんな時?

内なる声:それほど忙しくはならない。規模は小さいからね。

ワタクシ:なんの規模ですか?

内なる声:私の見ている規模は、あなたを理解する人のいる範囲になる。つまり、あなたの必要とするサポートの規模だよ。

ワタクシ:あなたの必要とするサポートの規模?現在、サポートを必要としている人ということ?

内なる声:規模は知れてる。あなたのことを理解したいと思う人は見えている。

ワタクシ:過去にサポートを受けた人を含むのですか?

内なる声:そういうこともあるけど、あなたをこれから必要とする人を見ているよ。

ワタクシ:へー…
寝てる間は、何もしてないのですか?たまに起きた瞬間に言葉が浮かびますが、あなたではないのですか?

内なる声:いや、私。だが、ずっと話しかけてるわけじゃないよ。あなたのヒントになる言葉を、起きた時に促す時もある。

ワタクシ:どうして、起きた時にそうするのですか?

内なる声:だって、そうしたらわかりやすいかなと思う。

ワタクシ:このように、対話する時に言うよりもですか?

内なる声:あなたの気持ちに素直に入るのでは?

ワタクシ:そうだ。朝起きた時に、言葉をもらいたいと考えている方もいらっしゃると思います。ハイヤーセルフにそうしてもらうことは、どうすればできるか、など教えていただくことはできますか?

内なる声:セルフにお願いしてみたら?

ワタクシ:どうやってですか?誰にでもできるのですか?

内なる声:そうだね。まぁ、できるのかどうかを考えるのではなく、あなたの知りたいことを教えて欲しいと考えて寝なさい。

ワタクシ:それで、知りたい人は教えてもらえるのでしょうか?

内なる声:知りたいことを、教えてもらえるよ。それが、朝起きた時であるかはともかく、そうやって教えてもらえばいいのでない?

ワタクシ:そういえば、今日、古い日記を読んでたら、あなたと出逢う数ヵ月前から、私がそのようにずっとあなたに話しかけてる文章を書いてました。「教えてください」と。

内なる声:そう。教えてもらえた?

ワタクシ:はい…。あなたはいつも、ハイヤーセルフは言葉で教えるのではないと言いますが、言葉に表してもらうことも可能なのでしょうか?

内なる声:あなたの話をきいて、試してみようとする者が、何を感じるのかを見てみればどう?

ワタクシ:人によって違うのでしょうか?

内なる声:セルフによって違うこともあると言える。あなたのセルフは、よくしゃべるようだね。

ワタクシ:それはあなたのことですか?(笑)
あなたは純粋なセルフでないのでしょう?言葉を伝えられるセルフも多いのでしょうか?

内なる声:セルフはいつも伝えているのだよ。言葉でなくとも、あなたの考えの中、教えてくれるのを理解できると思うよ。あなたの考えを素直に「わからないので教えて欲しい」というところへ向ければ、得られるのがわかると思うよ。

ワタクシ:なるほど。もっといろいろ聞いていってもいいですか?

内なる声:どうぞ。じゃあまた来週。

ワタクシ:はい。また来週〜。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 22:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年06月11日

「理解」への可能性

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話です。


ワタクシ:あなたについての質問をしたいのですが、あなたは、私たちのことを、どのように見ているのでしょうか?

内なる声:あなたがたは、皆、素晴しいよ。

ワタクシ:素晴しい?私たち人間が、皆、素晴しいと感じているのでしょうか?

内なる声:そう。私の「目」をもって見るのは難しいことであるのはわかるけど、あなたも、他の者も、皆、素晴しいので教えを授けたい。

ワタクシ:どのような気持ちをもって、教えたいと感じているのでしょう?

内なる声:私の教えをもって過ごすことにより、人生は変化をもたらす冒険の旅になると考えて欲しいと願っていて、そこにたどり着くまでの道のりを苦しんでいることを、「つらい」と感じないよう導いてあげたい。
私は、あなたのそのような活動を促進する教えを与えよう。あなたは、私の教えを、人々に伝えて欲しい。


ワタクシ:よくわかります。メルマガや、このブログでの回答やサポートで、たくさんのことを教えていただいてますね。この教えは、どこまでも続くのでしょうか。それとも、段階があって、いまどのくらいの理解を得ているという見解を知ることができるのでしょうか?

内なる声:どこまでも続くのだとして、あなたの数字を表すと、「8」ぐらい。

ワタクシ:どこまでも続くとして、「8」ぐらいって、どういうことですか???

内なる声:あなたの数字。「100」を限界として続くものとするなら「8」。

ワタクシ:「どこまでも続く」と「限界とする」のは、反対の意味ではないの??

内なる声:どこまでも続くところに行きつくとして、あなたが「100」になることはない。

ワタクシ:あなたは「100」なのですか?

内なる声:私は「98」。

ワタクシ:「98」???
あと「2」は?まだ成長段階?(゚ー゚?)(。_。?)

内なる声:私のことはさておき、あなたは「8」にはなれたよ。

ワタクシ:こういう数字のお話は、以前もされましたね。個人サポートをはじめた頃は、「4」か「5」だと言われましたが、増えているので、喜んでいいのでしょうか?

内なる声:喜んでいいのでは?もっと増えるのだし。

ワタクシ:えーと…これは、何の数字でしたっけ?

内なる声:あなたの知識としてのたとえだよ。

ワタクシ:知識のたとえ?「いい気分」になれる知識の量のお話ですか?

内なる声:量ではない。知識の理解へのたとえ。あなたの知識の理解の最高を「100」として、「8」の値を得ていて、あなたはいまどのくらい進んでいるのかと心配している。

ワタクシ:「8」って、低いですか?他の人はどのくらいなのかな…?

内なる声:あなたが教えをまとめたものを読んで理解しようとする者は、「8」に追いつこうとする者。あなたの考えや教えを理解する者は、同じくらいと思えばいい。そして、さらに上を目指す者は、あなたの前にいる。そのため、あなたには「前に進む」ことを教えているのだよ。

ワタクシ:なるほど…これまでたくさん教わり、成長したと感じていても、まだ「8」だと理解すればいいのでしょうか?上には上があり、理解に限界はないと?

内なる声:上には上の考えをもって動く要素をもつ考えを得られるのだから、いまのあなたに理解できるのはあなたの段階でしかない。しかし、あなたがたは、理解できないことでも、「素晴しい」ということを、肌で感じとることを可能とする。理解していないことを見たとして、それを「優れたもの」と判断できるということ。あなたがたの素晴しいとする理由は、そこにあるよ。

ワタクシ:このまま、あなたにいろいろなことを教わり続けたとして、「100」に対してどのくらい近づけるのでしょう?その数字についてはよくわかりませんが…

内なる声:「80」を目指して欲しいが…あなたは「40」はすぐに越えると思うよ。

ワタクシ:「40」???
けっこうがんばってきて「8」なのに?

内なる声:その数字のことを重要に考えなくてもいいけど、「わかる」ということを理解すれば、簡単なことなのだよ。

ワタクシ:あなたは、サポートなどをおこなうとき、そのように理解の数値を見て、お話されているのでしょうか?

内なる声:理解の数値というのは、それぞれが、学ぶ要素を得られる数値に等しい。つまり、あなたに「8」以上の表現をおこなって話をしても、「8」の理解と、さらに得られる「理解の可能性」を見せることはできると判断して欲しい。
あなたの要求を「8」以上の理解に置く時、あなたはその可能性を手に入れる。あなたが望むなら、そこに行くことは可能になると思って欲しい。


ワタクシ:難しいですが、つまり、自分の理解を「これまで」とせず、もっと上を見て教えを受ける姿勢があればよいのでしょうか。

内なる声:ほら、あなたは、難しいことを言えばすぐ、その上の理解を得たいとわかるだろう?あなたがたは、何を得ようとするかによって、得られるものを変化させられる。だから、素晴しいのだよ。

ワタクシ:わかりました…。もっといろいろ聞きたいです。来週は回答をされますか?

内なる声:そうだね。ではまた来週。

ワタクシ:また来週!(⌒▽⌒)ノ
posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

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