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2011年04月17日

目指しています。


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :ブログを更新したいのですが、どうしましょう?

内なる声 :うん。では、しよう。
私は、普通に話す。あなたはいま、何を目指している?


ワタクシ :いま、目指していることですか?
うーん、あなたと話していく中で、目指すものを見つけたいと思っているのですが…

内なる声 :そう。あなたが、目指してることって、まだ見つけれないの?

ワタクシ :そうですね…まだ漠然としているというか…
はっきりとは見つけれていません。でも、それが見つかるような気がしています。

内なる声 :あなたにとって、自分の目指すものとは、いつ見つかると思う?

ワタクシ :それは、いつでも可能と思います。

内なる声 :それであれば、あなたが見つけれるまで、探せると感じていなければいけないのでは?

ワタクシ :そうですね。いつも、それを感じていたいです。

内なる声 :しかし、あなたは、目指すものがないまま、探すことをしたくなくなるよ。どう?

ワタクシ :え?うーん…私はそんなふうに思ってないですが…
探していても見つからないと、困ると思うかもしれないですね。

内なる声 :そう。でも、あなたは、見つかったとしてどうするの?

ワタクシ :見つかったら、どんどん前に進めると思っています。
だから、それを見つけるまで試行錯誤するのですよね?

内なる声 :だけど、いま、そうして探している間の気持ちが定まっていないのは、つまらないのでは?

ワタクシ :たしかに、試行錯誤している時って、気持ちが定まってないですね。次の目標や目的がないままに動くのって、どうしたものかなと思います。
やりたいと思うことが漠然とあって、その前に、これまでしてきたことや、読者の希望はどんなものかなと考え、自分の確たる目的を見つけるよりも先に、「何をしたらうまくいくか?」と考えていることがあって、進みづらいこともあります。
そういう時、何を目的とするかが定まってないと、わからなくなることも多いですね。だけど、それを理解するため試行錯誤するのではないかと思うのですが、どうでしょう?

内なる声 :うん。しかし、あなたがどんなことを「目的」とする「気持ち」にするかということが、それほど難しいものなの?

ワタクシ :あ、そうですね。また、いろいろややこしく考えてますね。
「目的」とする「気持ち」ってどんなものか、ということを、ややこしく考えすぎかな。

内なる声 :特に、あなたがすることを、ややこしく考えているみたい。
あなたが、どんな「目的」をもってするかということの影響とはどんなもの?


ワタクシ :影響ですか?うーん、あまり影響などないと言いたいところだけど、あなたが発言するものを発信するとき、いい加減なことを書いたり、聞き間違えたり、理解できてないことを発信することなく、きちんと文章を伝えたいと感じ、難しく考えているところはあります。
それは、誰があなたの言葉に影響されるかということに関わらず、この発信の、可能性というものを考えていて…「私にはわからないこと」を、邪魔しないようにしようと考えています。

内なる声 :そんなふうに考えるのはなぜかな?
あなたの「目的」が何かわからないまま、なぜ可能性を考えるの?


ワタクシ :それは、私の考えではないことを発しているためです。
私が発信しているあなたの教えとは、私が理解できたことであるけれど、私からの発信ではなく、自分の考えを超えているものがそこにあるので、考えを広く持つことを必要としているのではないかと、いつも考えます。
いろいろな立場の、さまざまなレベルの考えの中、どう判断されるのかというようなことを、私の現在の心境や理解によって、かたよったものにしないでいられたら、と思います。
それとは別に、自分の目標ってどんなことかなと探しています。
自分はいつも発信(送信者)であり、受信(読者)でもあると考えるため、難しいと考えています。

内なる声 :そう。そういうのって、どうなんだろう。
読んでる人は、どう感じるかな?


ワタクシ :うーん…あなたの文を載せている私と、私の個人の考えが別であるという理解を得ていただいてるのかどうかはわからないし、そこまで考えて読んでないかもしれないけど、やはり、それは私だけが抱えていることですよね。
まったく先の見えないこうした会話や、自分の知識を越えているメッセージを毎週更新しているので、やはり通常の作業の中での悩みとは、異なってきますね。

内なる声 :そうだね。だけど、あなたは私が何を言うときにも、あなたの意思に反することを通すべきと思う?

ワタクシ :それは内容によりますし、もしもあなたの文を載せるときに抵抗がある部分があれば言うと思いますが、別にないし、あなたの教えはやはりすごくよいものなので、理解していくのが難しいというところ以外には悩みはありません。
ただ、時間が経つにつれ、自分の目標をそこに入れていかないと、進めないと考えています。
あなたの教えは進んでも、私の歩みが進まなければ、読者としての自分がそこにいて実践できていかないと。

内なる声 :何?読者として、あなたがやるの?

ワタクシ :え?はい。私も、あなたに教えを受けている者として、がんばって自分がその教えを活かすことを目指しています。

内なる声 :そう。では、あなたが目指しているのは、私が教えていることの実践をしていくことではない?

ワタクシ :あ、そうですね。確かにそうです。そうできればいい。
冒頭で、「目指すものを見つけたい」と言いましたが、いま、「目指しています。」と自分で言ってますね。

内なる声 :そういうことがわかったら、「目的」とするのは、あなたの実践を進めるその「気持ち」といえる。
ちゃんと目指すものも、目標もできるのでは?


ワタクシ :そうですね。
まだ、少しわからないところはありますが、そんなふうに考えてみたいと思います。

内なる声 :うん。あなたが、どんなふうに考えを変えていくかを、もっと気持ちの変化と共に表していくことで、実践を目にしていく人は、そこから何かを得ていくかもしれない。
そして、あなたがわからないところを聞くことによって、あなたのことを理解する。
つまり、「自分」というものではない。あなたという者への理解。
そういうことを教えていく。


ワタクシ :え?最後のところ、何を言われてるのか、わからなかった。
「自分」ではない、私への理解?って何ですか?

内なる声 :人のことを見、何かを思うことと、自分が感じ受けることとは違う。
つまり、あなたが何を得てるかを見ていることは、「自分」への理解にはならない。「自分」が何を理解するかを、わかっておけばいい。
あなたが話していることによって、「自分」という者の理解を得る方法がわかるのであって、その者が「自分」を理解するのではない。
だから、あなたは、「あなたが理解すること」を目指すこと。
読者について理解するのも、読者にとってどうなのかを理解することも、また、あなたの文を読んだからといって、読者が「自分」というものを理解するのも、可能でない。
つまり、あなたがすべきは、いつもあなたの理解を進め、自分らしいところへ行こうとすること。
そういうところを、もっと話していこう。


ワタクシ :わかりました。今日は、以上でしょうか?

内なる声 :では。

2011年04月08日

「よし、わかった。」


ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :今回から、あなたと日々感じていることをお話していくということになってましたね。
どんなふうに話していこうかな。どう思います?

内なる声 :そうだな、あなたは、最近どんなことを感じているの?

ワタクシ :地震があってからしばらく、メルマガ【万事良好!もう「いい気分」になることを忘れない!】をお休みしていたんですよね。
メルマガを送信していくのって結構大変なのですけど、自分がその作業にとても助けられてるってことに、改めて気づきました。
【「いい気分」になることを忘れない!】っていう題名は、自分がそうありたいっていう、願望ですね。メルマガを書く時、そういうメルマガを「送る側」にいる自分なのだから、その瞬間、必ず「いい気分」という立場に立とうとする。そうやって、メルマガを書くということをするのとしないのとは、気分の変化が全然違います。
「内なる声」よりのメッセージをまとめていく作業も、すごく勉強になりますしね。
あなたはそれについてどう思ってるのでしょう?

内なる声 :私は、あなたがどんなふうにまとめるのかが、おもしろいと思ってるよ。

ワタクシ :えー、そうですか。最初は、あなたがもっと、そのまま載せれるように話してくれた方がラクなのになぁと思っていたんですけどね。
あなたがランダムに話してくださるのを、ちゃんとテーマとしてまとめていくことにも、意味があるんですね。

内なる声 :うん。それで、あなたは、その作業を続けていくのをどう思うの?

ワタクシ :そうですね。これからも続けようと思うけれど、やはり自分の理解を進めるというのをしないといけないので不安もありますね。
あなたが話していることは難しいので、理解が進まなければまとめれないので、大変ですよ。

内なる声 :そう。でも、簡単に理解できることを書くのが楽しい?

ワタクシ :うーん、そういうことでもないし、なかなか難しいところです。
あなたが言うことの難しい部分も、楽しんでもらえるのが一番いいかなと思います。

内なる声 :うん。私は、あなたのことを見ていて、もっと簡単に物事を考えればいいのになと思うけどね。

ワタクシ :そうですか。…どんなことをですか?

内なる声 :たとえば、「自分がどうしてこんなふうに考えるのだろう」ということを、難しく考えている。
あなたが、つらいことや困っていることを考えるとき、なんてややこしい考えをしてるのかと思うよ。


ワタクシ :えー。そうですかね…
よく、「どういうふうにしたらいい気分になれるかな」と考えてる気がしますが、なかなかいい気分になれないときもあって、そんな時、あなたが話してたことを思い出したりしているのですが…
どんなふうに考えるのが一番いいんですかね。

内なる声 :そうだな。うーん。
あのね、考えるのをやめてはどう?


ワタクシ :そうなのですよね。うん。
私もそう思うんですけど、「どうしたらそれができるのかな」と考えているみたいですね。
「余計なことを考えずにいる方法」ってありますか?

内なる声 :あなたが、どんなことを考えてるにせよ、それを考えるのをやめないと、自分の考えたいことは考えれないと知ることだね。
つまり、あなたが考えをやめないうちは、「考えるべきこと」などわからないということ。
「自分が何を考えるべきか」なんて、わからないことを、「考えたくないことの中で見つけよう」とするのなんて、おかしくない?


ワタクシ :そう思うけど…、そういうときには、「他のことを考えるのってどうしたらいいのかな」と思うことがあるのですよね。切り替えの仕方というか…、いい方法ってあります?

内なる声 :うん。あのね、あなたの考えをおかしいって思えるのは、違うことを考え始めたときだから、「今はおかしいと気づいてないのだな」って思えばいいよ。
そうしないと、おかしいことを気づかずにいながら、その中にのめりこんでいるだけでしょ。


ワタクシ :そう。本当にそうですね。
いい気分の時に考えてみると、「そんな考え方してるのは、おかしい」ってわかることが多いですね。
だけど、それを何とか違う方向へ持っていくのが、自力では難しいときもありますよね。
「さあ、違うことを考えていい気分になろう!」という気持ちを持つのって、やっぱり難しいかな。
体調の悪いときもあるし…

内なる声 :そう?私は、あなたが早くそのようにできるのを見たいよ。

ワタクシ :うーん。やっぱり、繰り返し思い出すのが大切なのかな。習慣にする。工夫する。だけど、そこを追及していると、つかれますよね…。

内なる声 :そんなことを考えず、「よし、わかった。」と考えてごらん。
あなたの考えがややこしいというのは、そういうことだよ。
「そうだね。わかった。」そういう言葉を出さないでしょ。
自分がどうしたらそうなるのか、また考えようとしてる。その辺のところを見ていくのがいいよ。


ワタクシ :うん。なるほど…
「そうか、わかった。」で、いいのですね。
いろいろな疑問や、「次にできなかったときにどうしたらいいか」って考えるのなんて、おかしいことですね。
どうもそういう傾向があるみたい。何度でも気づくのがいいですね。

内なる声 :うん。では、あなたがこれから日々感じていることをいろいろ話していくにあたって、どんなことが話したいと思ってる?

ワタクシ :そうですね…よくわからないので、そのときに決めても大丈夫ですか?
何か考えていくのがいいのかな?

内なる声 :うん。あなたがこれまで何を感じてきているかというところを話していけばどうかと思う。
あなたにとって、この理解への道というものをどうとらえているかということ、読者の理解との差や、あなたがどのように読者の人々を理解しているかということなど、あなたの考えをもっと話してみて欲しい。
そうすることによって、あなたが何を求めているのかというところにも、よく気づけていく。
「自分」というものと、これから向き合って話していくことで伝わることを持っているのだと知って欲しい。


ワタクシ :はい。まだよくわかってないかもしれませんが、次回もお願いします。

内なる声 :少しずつ理解していこう。では。

2011年04月01日

「何をどうしたいのか」ということ

ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :対話を更新したいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :今回のブログを書くにあたって、あなたが「何をどうしたいのか」というところを理解できたの?
いま、あなたの考えるところを、私に聞かせて。


ワタクシ :えー…前回の対話で、「自分」のことを理解するというお話をするにあたって、この対話を進めようとしている私自身が、「何をどうしたいか」を、おろそかにしてると言われましたよね。
私がいま、「何をどうしたいか」を自分に訊ね、その方法をうまくすることを望んでいるというのであれば、あなたはそれを、うまくする方法を教えると。
考えというのは、このブログをどうしたいか、ということについての話でよろしいでしょうか?

内なる声 :かまわないよ。
ここで、あなたの気持ちと共に、どうしたいのかを見ていけばどう?


ワタクシ :はい。まず、この対話を今後も続けていきたいかどうかを考えました。
今後の展開がどうなるにせよ、あなたとの対話の様子を、このブログでご紹介していくことを続けていくのはなぜか?と。
私は、あなたが私に教えてくださっていることを、ここで証明していくことによって、読者の方に伝わることも多いと考えますので、それは続けていきたいと感じます。
しかし、読者の方々には、あなたと対話している様子をじっと見ているだけではなく、あなたと直接対話していただきたいという気持ちを、ずっともっています。私とあなたの対話を見て、それに参加していただくことも試みましたが、そうするよりも、自身でそれを体感したいと感じていただくことを望んでいます。
そして、私自身は、あなたのことを、私の創作したものによって表現することを望んでいます。
それを進めるにあたって、あなたとの対話を多く必要にしているのですが、その間にブログおいては、どんなことを話していけばいいか、ということを悩んでいます。

内なる声 :さて、あなたがしたいこととは、このブログということではないということ?

ワタクシ :このブログ自体には、私のしたいことというのは、反映されているものではなく、あなたのお話を聞くことで、ヒントとなることも多いと考えてのことです。
そこで、あなたの考えについて、読者の方々のご質問やご意見などをお話いただくことによって、対話を進めていければ、もっと楽しくなるのではないかと考えましたが、コメントをいただくにも、どこに話をもっていくかというところの案が定まらなくなるといった感じがあり、読者の方々がこのような対話を見ているとき、何を求められているかがわからないという気持ちをもっています。
つまり、私にとっての「何をどうしたいか」というところが定まってないのが原因かと思われますが、それをどうしたらうまくできるのか、わからないと思っています。

内なる声 :そうだね。私という存在と話をしている様子を見て、何を感じるかということは、読者の自由になるのでは?

ワタクシ :はい。そうであるのだと思っているのですが、そこに自分なりの楽しみをどう加えていけばよいのでしょう?

内なる声 :あなたにとって、このブログとは、あなたのためにあるの?
それとも、読者のためにあるの?


ワタクシ :前回のお話にもあったように、自分の「何をどうしたいか」というところを考えるのみとして、自分に訊ねるということであれば、「自分のためにある」として考えるのがよいかと思います。
しかし、それを自分のためのみとして考えても、読者の方々にとって楽しめないものであるのなら、公開している意味のないものになってしまいます。
長い間、「内なる声からの回答」として、おこなってきた質疑応答を終えたいま、どうやって、このブログで、読者の方々とコミュニケーションしていくことを考えればいいのか、難しいと感じております。

内なる声 :なら、あなたが、どうしたいかによって、変化を加えていくときであるのでは?

ワタクシ :はい。それをうまくできる方法とは、どんなものでしょう?

内なる声 :あなたが、「何をどうしたいのか」という考えの中、読者の楽しみを含んでいようとしているのでしょ。
ならば、あなたにとっての喜びについてではなく、読者における喜びについての話を語ってみてはいかが?


ワタクシ :え…?私が「何をどうしたいか」を話すように言われたのに、「読者の方がどうであるのか」を話すのですか?
それは、どのようにですか?

内なる声 :あなたにとって、自分が、多くの読者や自分にとっての経験から、何を学んでいるのかを話していくことを薦めている。
あなたの活動によって、あなたが何を学んでいるのかというところを、私と話していくのを選んでみてはいかが?


ワタクシ :それは、セルフの話やあなたについての質問をするのをやめて、これまでの経験や、自分の理解や、読者の方々を見ている自分について、あなたと話すということですか?

内なる声 :うん。そういう話題をあなたはたくさん持っているではないの。
私の教えを知りたいと感じる者については、きちんとサポートしていくシステムにゆだねてはどう?
あなたが、この場にてサポートをおこなう必要をなくしているのであれば、あなたがそれを表現していくにつれて、明らかになる媒体や、確立しているサポート・システムによって教えを得てもらうということ。
このブログにおいては、あなたが私と楽しい対話になるようにすれば?


ワタクシ :はい…。そうするとして、あなたと話していく中で、何を楽しんでいただくということになるのですか?

内なる声 :つまり、あなたが「何をどうしたいか」というところの一つに、読者の考えの反映できることを望んでいるのであれば、いま、あなたが、望んでいるところに向かうことなしに反映などできないと知ること。
「どこの誰にとって、素晴らしいブログにするのか」というのなら、あなたのブログであるがゆえ、あなたにとっての素晴らしいところに向かうということ以外の考えをもって望むことは無意味。
何のために、サポートや、その他のあなたの表現するものを創ろうとしているの?
それぞれの発信の楽しみ方について、あなたが向かいたいところに向かうこと。
その考えをもって、あなたは、日々感じるところを私と対話していこう。


ワタクシ :つまり、「管理人ブログ」として、日々感じるところを書くという、普通の目的とするということですか?

内なる声 :私との対話を続けるのだから、「普通」なのかはともかく、その、サポート的役割についての荷を降ろす。わかった?

ワタクシ :わかりました。なんだか、あっけなく単純なことだったので、ホッとしたというような心境なのですが…。
では、次回もよろしくお願いします。

内なる声 :うん。ではまた。


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