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2011年03月28日

自分に訊ねるということ


ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :これまでハイヤーセルフや「自分」への理解ということについて話を進めてきましたが、
「セルフを理解することで何を得ようとしているのか?」
そして、「次の質問とは、どんなものか?」と、あなたが問われたところを考えていました。
これまでお話いただいたことで、ハイヤーセルフが「すでにそこに存在する」という考えのもとに、「自分が何をどうしたいのか」という、その発信を受け取れる、ということはわかったと感じます。
「自分」のことをもっと理解したい理由とは、「それが自分にできる唯一のこと」という理解をしています。
「ハイヤーセルフのお話を聞く」ということではなく、「自分という者をよく理解して前に進もうとする」ことを望んでいるのだと思います。
今回は、もっと理解を進めたいと考えていますが、どのように進めればよいでしょう?

内なる声 :何のことをどう理解したいと思うの?

ワタクシ :私は、「自分という者の理解を進める」という考えのもとに、「わからないこと」を聞こうとするのではなく、「わかっている」ということを、もっと喜びとしたいと感じています。
「自分という者を、本当はわかっている」とは、思いません。「自分に訊ねながら、自分を理解していく」のだと、あなたが言うのを、そのとおりと感じます。
これまで、そんなふうにできていなかったところを、改めていきたい。
しかし、どのようにそれを進めるのか、そこが難しいとあなたは説明されました。
難しいということを前提として、「自分」のことを理解できるため、どのようなことを考えていけるのかを、知りたいと思います。

内なる声 :うん。それで、「自分」を理解するための大切なこととは何と思っているの?

ワタクシ :あなたが教えてくださったように、「自分に訊ねていく」というところを、もっと大切にしたいです。
そこを詳しく聞きたいのですが、前回までのお話の中、わからないことがありました。
あなたはたしか以前の対話で、ハイヤーセルフについて、その「翻訳」がスムーズにいけば、誰にも悩みなどないとおっしゃっていました。
しかし、前々回の対話では、「悩む」ということは、セルフとうまくいってないからではないと、おっしゃいました。うまくいってなければ、「悩む」のではなく、「自分のしたいことがわからない」という感覚に陥るのだと。
コメントにもご質問がありましたが、私たちが「悩む」というのは、「自分」にとってよいことなのかどうか知りたいのですが、どうなのでしょう?

内なる声 :「悩む」ということの、意味を考えて欲しい。
あなたが話しているのは、
「どうしたらいいかわからない」といった悩みか、それとも
「何を理解すべきかわからない」といった悩みなのか、また、
「自分という者のできることが何かわからない」といった悩みか。
いずれにせよ、それは「自分」という存在との連携のできていない悩みと言える。
しかし、あなたが「自分をいかに自分の望んでいる場所へ連れて行くことを選んでいくのかに対して、目の前の出来事をどのように捕らえていくべきか」という悩みをもつのであれば、それは、あなたが連携を保っているのだということ。
つまり、「悩み」といえどもあなたがしていることが、「自分」という者を見ているかどうかによって、異なる感情を得ているということ。
私の言ってることを理解できる?


ワタクシ :はい。「悩んでいる」ということがどうというのでなく、「自分」がいかに進めるための考えをもっているのかというところをおっしゃっているのかと思いますが、合ってますか?

内なる声 :うん。そこで、あなたがどのように考えているのかということを、見て欲しい。
セルフというものの理解をするのであれば、自分以外のところ、つまり、あなたが理解できない範囲の考えを巡らせていることが、その連携につながるとは思えまい。
その連携を望んでいるのなら、あなたが望んでいるのは何かということを、自分に問うということをする。
つねに、つねに。
そうでないこと、つまり、「何かがうまくいかない理由」、そして、「それを何とかする方法」といったことを考えているとき、「それでは何をどうしたいのかがわからないのだ」と気づいて欲しい。
あなたが理解できるのは、他の人のことでも、それ自体のしくみでもない。
あなたの中にある、「あなたという存在がどうしても求めているものとは何か」ということでしかないのなら、それ以外のすべての考えとは、無意味に等しくはない?


ワタクシ :そうであるとして、「私がこれまで考えてきたことは無意味」と思うのが正しいのだとすると、少し不思議な気がします。
これまでは、「自分がどうしたいかのみ考えていても仕方ない」といった、まったく反対の理解をしてたような気もします。
それは、本当にそれのみを考えてよいものと言えるのですか?

内なる声 :あなたが、何をどうしたいのかわからず、他に理解すべきこととはどんなこと?

ワタクシ :わからないと思いつつ、考えるべきと思っていたこととは、たとえば「この状況、そしてこの気持ちの中、どうすれば全体として自分の位置を見失うことなく、うまくやっていけるか」という理解を必要としてるのが普通、と思っていました。
「自分がどうしたいのか」を話すことによって、うまくいかなくなることも多いと思っていました。
そういう理解を覆すのを少し戸惑ってしまうのですが、それが、本来のこととおっしゃるのでしょうか?

内なる声 :あなたの考えとは、「あなたが、どうしたいのか」ということとは、他の者にしてみれば、「そんなわがままなことをするのか」というものに見える、といったようなこと?
さて、あなたが「本当にどうしたいか」ということを自分に訊ねるとして、本当に他の追随を許さぬ不公平な望みを持つと思うのかどうか、自分に訊ねてみて欲しい。
あなたが、本当に「自分」というものとの会話を成立させるのであれば、他の者を不快とさせる自己の独特な歩みにふけていくことを望むことなどあるまいと知る。
あなたの考えとは、恐らく表面化した自分の感情のことをいっているのであり、深く刻んでいる自らの望みといった真髄を理解しての考えにあらず。
そういう質問のとらえようを表すことそのものを、「自分」という者への理解のなさととらえ、もう一度私に質問して欲しい。


ワタクシ :はい…そうですね…
「表面化した感情」ではなく、「深く刻んでいる自らの望み」を理解するにはどうしたらいいのでしょう?
どうすれば、その区別がつけれるのでしょう?

内なる声 :あなたの考えの中、「自分がどうしたくて話しているのかを理解している」といった気持ちが揺らがぬものであるのかどうか。
それは、あなたにとって、「自分」という存在の求めるすべて、という確信を持っているかどうか。
感情の表面というものとは、他人の顔色を伺うというものである。
すべてを無にしたときにさえ、そこに残るものであるかと問えば、おのずとわかる。
あなたがもしもその区別をつけられると感じているのなら、現状の如何にかかわらず、あなたのすべきこととはそこから始まる一歩となり得る。
何をどうしたらいいかわからず、その一歩を踏み出せぬというのなら、すなわち、その一歩をあなたのすべてと感じず「ありきたりの行為」とするのなら、何をもあなたに訊ねていないと言える。


ワタクシ :「自分」という存在の求めるすべてですか…そうありたいですが、そうすることができないといった状況、そして、自分の考えをまとめられないといったことに悩んでしまうのが悩みの主なものと思うのですが、どう理解を進めればいいのでしょう?

内なる声 :まず、あなたが「何をどう理解したいのか」という話をしてないことを、理解してはいかが?
こういうすべてにおいて、まず「あなたが何をどうしたいか」を、おろそかにしてるということに気づくべき。
話をするにあたり、そして物事に対しての愉快・不愉快について語るにあたり、そして何をも「進む」といった考えをもって取り組むにあたり、あなたの考えとは、どこに向かっていくことを望んでいるのか。
心の中、それをおろそかにして話を混乱させていることを、理解できない。
つまり、セルフの言いたいこととは、まず、「自分は、どこを見てるかを、見てない」ということ。
だから、あなたは頭の中に浮かぶ考えを巡らせながら、心の中、「何を理解したらよいのかわからない」と感じている。
そうありながら、なぜ、「自分という者の理解をしていくべき」という、あなたの基本とするところを飛ばすことを選んでいるの?


ワタクシ :いま、私自身、「何をどうしたいか」を、おろそかにしてるとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声 :あなたの中、すでに理解したいことをもっているため、そうして理解できぬことをもどかしく感じるのだと言ってる。
そのようなことが、わからないといった感覚を、もう少し見直すことを始めてみて欲しい。
あなたが本当に「何もわからぬ者」としての会話をしてるのであれば、そのようなもどかしさ、そして進んでいかないことの悲しさ、理解をできることへの望みを抱くこともあるまい。
「わからない。」それで終わるはず。
何をわかっていくのを望んで、自分がそこに発するものを創るのか、わかっていくことを望んでいるのでは?


ワタクシ :とすると、私はあなたに聞くのではなく、自分に訊ねてみるのが先ということでしょうか。
いまは、その方法を知りたいとして、対話してるのであるのに?

内なる声 :そう。まず、あなたは、その方法を知っている自分に訊ねるということをしないといけない。
あなたが、それを知っているにもかかわらず、私がその方法を教えるのを待ってるから、そのように気持ちのすっきりしないことを考えている。


ワタクシ :では、あなたにはどのような質問をしていけばよいのですか?

内なる声 :あなたがそれを自分に訊ね、「何をどうしたいか」を理解して、その方法をうまくすることを望んでいるというのであれば、私はそれをうまくする方法を教える。
あなたは私に、「自分がどうしたいのか」を聞こうとしてる。
それは、あなたが自分に聞くことであり、私に聞くことにあらず。
それを混同せず質問するのなら、次回に答える。
わかった?


ワタクシ :えぇー…( ・д・;)
う…いや、あの、うーん…
それで、進めるようになるのでしょうか?

内なる声 :そうでないと進めないという話。
では。


ワタクシ :困ったな…。
はい。でも、次回に続きます。ヨロシクです。

2011年03月20日

あなたの理解を進めること


ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :大地震にて、被災された方をはじめ、関係者の方々のお気持ちを考えると、更新内容をどのようにすればよいのかわからず、悩んでおりました。
私は、今回の震災を含め、こういう出来事について、どう考えればいいかわかりません。
あなたは、今回のような出来事を、どう考えるのでしょう?

内なる声 :「今回」とは、何を指しているの?
ある事象をもって、「今回のような」と言っているのはわかるけど、あなたが経験した震災にも、その他のひどい災害にも、「経験」という以外の意味など、考える必要もない。
「いまの自分」の感じていることが、あなたの経験であるのだから。
何かを変に考えないといけないのではなく、あなたが考えをどうするかを求めていくのが良い。


ワタクシ :私は、阪神大震災を経験しました。
とても大変な時期を共有し、皆がそれぞれの復興を目指し、この街はきれいになりました。そのことを考えると、「必ず良くなるのだとわかってる」と思います。
ただ、大きな心の傷を背負っている人々や、多くの甚大な被害を受けている人々が、「このような目にあう理由を知りたい」と感じるのではないかと思います。

内なる声 :そう思うのは、あなたがそこにいないから?

ワタクシ :いいえ。そこにいたら、必ずそう思うと感じます。

内なる声 :あなたがそこにいないのであれば、そこにいる人にとっての心の動きなど見えない。
あなたが「できることをする」というのなら、何もその気持ちを想像することを続ける必要もない。
あなたにとって、何をどう考える機会を得ているのかと、そのことを理解すべき。


ワタクシ :はい。いろいろな方々の気持ちや、日本の状況、そしてたくさんの人々の支援などを感じながら、テレビを見たりしていると、忘れている気持ちを思い出したり、少しのことにこだわっていることがバカらしくなったり、ということを考える機会となってます。
「自分のことを考える」というのは難しいことですが、人のことを理解することや、自分ができることを考えるのは、「自分」への理解に繋がるのでしょうか?

内なる声 :あなたにとって、「何をどうしたいのか」ということを考える機会があったのであれば、それは、良い機会と呼べるもの。
ある事象が、すべて「悪」とみなすことを薦めない。
ある事象の中に、それぞれの意味をみる。
一つのことについて、あなたにとって、困ること、つらいこと、悪いと思えることも、別の見方を必ず有するということ。
事象は、一つの事象。
それをもって、あなたが何を考えるかというところ見てはいかが?


ワタクシ :そうですね。
ただ、「自分がどうか」ということももちろんのこと、こういう時の人の温かさを感じているのは、とても気持ちのよいものと感じます。
皆が必死で、助けを要している人に手を差し伸べているこんなパワーを、普段から惜しまずにいられれば、どんなに良いかと思うのです。
私たちは、事の大きさによって、そういう態度を少し変化させますね。
このことをどう思いますか?

内なる声 :あなたもそうなの?

ワタクシ :私は、何がどうなったかということによって態度を変化するのではないと思っていますが、その事態の深刻さよりも、自分が何かをするとき、自分にとっては精一杯のことでも、相手にとってどうなのだろうかというところを、考えてしまいます。
たとえば、困っている人が、「どれほど困っているか」によってどうするということではなく、自分ができることをしたとして、「その人が果たして困らないか?」という考え方をしている。
だから、困っている人にとって、できることというのが何かというのを考えるのは、難しいと思いました。
やはり、「困らない方向へ進んで欲しい」という気持ちを伝えることしかできないし、自分が何かをしてあげることは、「一時的な支援という形の手助けとなればいい」と思ってのことだと感じます。
困った人々にとって、困らなくできるのは本人しか無理ですよね?

内なる声 :そんなふうに考えてるの?
あなたができることってどんなこと?


ワタクシ :この震災の中、ですか?
私ができることなど、ほとんどないのではないかと思うけれど、こうしてあなたのお話を、聞きたい方に届けたり、「考える機会を得ている」という気づきを渡せるのならうれしいのですが…。

内なる声 :あなたにとって、「自分」というものの考えを理解するという内容のことを、普段から伝えていることを、どう思う?
今回のようなケースでは、当てはまらないことなの?


ワタクシ :そういうことではないのですが…、どう考えればいいのかわからないのです。
これまで、「自分」のことについて、そしてハイヤーセルフのことについて話を進めてきて、あなたに質問することを考えていたのですが、いま大変な状況を過ごしている人々のことの話をせず、セルフの話をするのがいいのかどうか、わからないと感じていました。

内なる声 :そう。それで私が、「そうだな。セルフのことなど、今は関係ないのだよ」と言うのだと思うの?

ワタクシ :いえ、そうではありません。
ただ、これまで私が聞こうとしていたことが、私にとって、「私自身」という狭い考えのもとに、話していたことだということに気づいています。
「私を知る」ということが、そういう、とても広いという意味でというふうに、考えていなかった。それが、よくわかったと思います。
あなたは、どう考えてますか?

内なる声 :何のことを言ってる?

ワタクシ :今回の震災について、話を進めるにあたって、あなたの考えを教えて欲しいのです。

内なる声 :私は、あなたが「自分と言うものを理解してない」ということがわかるのであれば、その理解を得ていることが、喜ばしいと感じている。
あなたのように、何かの事象と共に変化をもたらし、あなたへの教えを変化するものではない。
あなたは、迷い、悩むと言っている。
それを、「そうしない方法を探す」のも、無駄と言っている。
あなた方のほとんどは、そういうただ、自分にとっての「快」を求め、そこに向かってひたすら歩くということを目指すのが良いとして話をするけれど、私が言っているのは、最初から「あなたは迷う」ということ。
こうして、何かが起こるたび、あなたが迷う。
ならば、「迷わないこと」など目指すのをやめること。
あなたは、迷う。
そして、あなたが迷うことで理解できることを理解し、そして、何を理解してなかったかを理解できる。
そこに「何かを犠牲にしている」という考えをもつため、あなた方の心は闇に向かう。あなた方の考えの多くは、そのような考えをもって、つらく過ごすという傾向にある。
つらいという事象について悩むことは、どんなときにも可能。
ただ、そこにあなたが、あなたの理解を進めるという事象をみるのなら、何も闇に向かうことを必要にした事象と、とらえる必要もなかろう。
たしかに、あなたの目に映る事象は、これからも、多くの「困ったこと」かもしれない。
だが、あなたがその「困ったこと」を何としてみるかということで、あなたらしいあなたの道を進めるのであれば、あなたがいま、理解しようとしていることの光を得るという一面を見る。
「そうでない者がいるのだ」と思う必要などない。


ワタクシ :そうは言っても、やはりいま、そのように希望をもてない方もたくさんいらっしゃると思うのですが、どうでしょう?

内なる声 :「そうは言っても」などとは、考えない。
あなたにとって、そう見えていても、私がそう見えているのではないと言っている。
「この事件があって、どう」というのではない。
どんなことにも、同じ理解を得る必要をもっている。
あなたが、あなたの理解を進めるということしか、あなたにはできない。
「それ以上の何かできるものを」という考えをもって、話すのをやめなさい。
何をどうとらえようと、大きい事件・事故、そしてそうではない事件・事故、そして、そのように多くの人が関わったもの・そうでないものに関わらず、あなたが理解していくものは、そこにしかない。
それぞれの意味をもって、その事象を受け止めるという以外の意味もない。
あなたが、これから迎えていく出来事が、小さいことだの大きいことだの、考えていることに何の意味をもつ?
あなたにとって、それがどういう意味をもつのかを考え、何をどうしようとするのかを考え、自分に訊ねるという以外に何の意味を持つ?
そういうことを普段から考えていないということの反省をするというのなら、意味もあるかもしれない。
ただ、あなたが伝えていることというのは、そういうことであって、「あなたにとっては大切であるが、他の人にとってそうではないもの」にあらず。
いま、私が言っていることを理解している?


ワタクシ :はい。私は、自分が「自分」というものをとらえようとしていたことについて、そういう広い考えをもって取り組んでいなかったと、考えを改める必要をもっているのだと感じます。
「自分」ということを考える以外のことを、できないという意味もわかります。
単にハイヤーセルフや、不思議な現象の意味など、考えても無意味と感じます。

内なる声 :そういうことを理解したのであれば、少しは理解も進んでいく。
いかに自分の理解の及ばない範囲での考えを巡らせているかということを知るのなら、あなたがこれからそういう「自分」というものの考えを、考えていこうとしている自覚をもって取り組めばどう?


ワタクシ :はい。私も少し考えを改め、今後の質問をしていきたいと思います。
今回の震災によって、多くのつらい現象を見ている方々に言えることは何ですか?

内なる声 :つらいということを考えるのは、つらいという現象を見ているとき。あなた方がつらいという現象を見続けることも、また、あなた方の理解を進めることを見ようとすることも、あなた方の視点を移すということにより、変わると知ること。
そのときのつらさにまいるということを選ぶのは、薦めない。
どんなことにも、あなたへの愛は存在するということを忘れず、あなたの心に訊ねてみること。
いま、「自分」というものの考えることは、自分にとって、良い方向へ向かうものであるのかどうか。
ただ、「つらい」ということを感じるのであれば、つらい気持ちを抑えることをするのではない。
そこに、愛を感じるものを見て欲しい。
愛とは、あなたが垣間見るものの中にあふれている。
そこを見ようとするまでは、つらいということ。
あなたのつらいという気持ちの中、その愛を見ることをやめずにいて欲しい。
そこに、愛がないと感じるのは、あなたが見ているものが、愛ではないとき。
それをよく覚えていて欲しい。
つらいのは、わかる。
しかし、そこに愛を見て欲しい。
いまの、理解の範囲でかまわない。
そうすることしか、いまのあなたにはできないと知るのが大切。
必ず、そこから進んでいくあなたを見る。
私は、それを言っておこう。


ワタクシ :わかりました。では、またよく考えて次回質問します。

内なる声 :うん。では。

ワタクシ :次回にお会いしましょう。

2011年03月11日

それが連携できない証拠


ユキです( ̄▽ ̄)ノ
前回の対話にて、コメントいただいた方々、ありがとうございました。
「内なる声」との対話の更新です。


ワタクシ :コメント欄にて、読者の方が、あなたとの対話を読んで、理解できたことや、理解できなかったところを、いろいろ書き込んでくださいました。
今後、あなたにもっと詳しく聞いてみたいとするところも、共通していると感じましたが、いかがでしょう?

内なる声 :あなたの理解できたことを、この1週間考えてみた?

ワタクシ :はい。前回までに教えてくださったことによって、とても理解が進んだと思っていますが、さらに理解したいと思うことがたくさんありました。
それで、コメントにもあった内容を、もっと詳しく教えて欲しいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :どんな内容への理解を進めたい?

ワタクシ :はい。下記の内容だと思います。

●「自分」と「セルフ」との連携について
●「セルフ」とのズレが生じた時の、軌道修正の方法について
●困った時などに、「自分に訊ねる」という方法について


内なる声 :うん、ではまず、「セルフと共に生きる」ということの意味は理解できた?

ワタクシ :ハイヤーセルフという存在を、「自分とは違う者」と考えていたところを改め、「セルフと自分は一体であり、二人で生きている」という理解を得ました。
そして、「自分」という者が理解できないことは、「セルフの領域だ」と理解し、「自分が考えて理解しようとしてもできない」というところを、きちんと自覚できました。
そこで、「自分に訊ねる」ということが必要だということはわかったのですが、そこから先のことを聞きたいです。

内なる声 :うん。それで、何を理解できないと思う?

ワタクシ :コメントしてくださった方々の言うように、どうやってうまくセルフと連携していけば、もっと良くなるのかとか、「翻訳」を正しくする方法や、軌道修正する必要のある場合などの考えについて、教えていただきたいのです。
どこから始めればいいのでしょう?

内なる声 :うん。まず、あなたは、それを知ってどうするの?

ワタクシ :え?それを知ってどうするか、ですか?
えー…どうするか……うまく連携していけるように工夫すると思います。間違った考えをもっていると、自分がどうしたらうまく進めるのかわからなくなりますよね。
「うまく進めてないな」というふうに感じるときは、やはり、軌道修正が必要なのでしょうか?

内なる声 :どういう時、進めないと感じる?

ワタクシ :そうですね…例えば、「もっとこうなればいいな」と感じるのに、どうすればそうなるかわからない時とか、「困ったこと」を考えてしまっているが、どうすればその考えを良くできるかわからない時などです。

内なる声 :そう。では、そんな時、あなたが、理解できてないのだということが、わかるの?

ワタクシ :はい。自分に理解できてないことがあるのだろう、と思います。

内なる声 :うん。その理解とは、どうしてそう思うの?

ワタクシ :どうしてそう思うか…?えーと…つまらないことを考えていたり、いい気分になれてなかったりしてるのがわかるからです。

内なる声 :それで、どうすればいいのか、「自分」に訊ねたの?

ワタクシ :そんな時、どんなふうに、「自分に訊ねる」のがいいのでしょう?

内なる声 :うん。「私はどんな気持ちを感じたいか?」と訊ねてみて。

ワタクシ :「どんな気持ちを感じたいか」ですか…
しかし、自分の求めている気持ちって、わからないことも多いですよね…

内なる声 :それを、どうやって理解すればいいのかと聞いているの?

ワタクシ :はい。そういう「自分との対話」を、どうしていけばいいのか知りたいです。

内なる声 :うん。では聞くけど、あなたの心に「そうではない」という理解は、あるのでしょ。
「そうではない」ところから、「そうである」ということの気づきまでの期間を、どの程度と考えている?


ワタクシ :自分が「これだ」と思える「気づきまでの期間」は、短い方がうれしいと考えてます。
しかし、実際には、ほとんど理解できないまま、何年という単位で考えていることも、なんと多いかと思いますね…。

内なる声 :そう。それで、あなたは、その「悩みの期間」を、一瞬にして終わらせる方法を聞くつもり?

ワタクシ :えっ…いえ、そういうわけではないのですが、できるだけ短かくしたいというか…いや…やはり、そういう期待があるのですね…。
「悩みの期間を、一瞬にして終わらせる方法が知りたい」という気持ちもあるということが、いまわかったと思います。

内なる声 :セルフとの連携がうまくいっている人は、その一瞬で解決できる理解を得れるのだと思う?

ワタクシ :いいえ、そうではないと思います。
ただ、連携がうまくいけば、いまの自分がすべきことをきちんと理解し、進むべき道をきちんと理解できて、間違わずに進んでいけるのではないかと期待しています。

内なる声 :そんなこと、ありえない。
あなた方は、迷うに決まっているではないの。


ワタクシ :えっ…煤i・ω・;ノ)ノ
そっ…そうですか…。いや、そうですよね…
では、セルフとうまく連携して、うまく「翻訳」できたとしても、私たちは迷い、悩むということなのでしょうか…?

内なる声 :「悩む」というのは、セルフとうまくいってるから、悩んでいるのでは?

ワタクシ :え…?「うまくいっていれば、悩まない」のではないのですか?

内なる声 :うまくいってなければ、「悩む」のではなく、「自分のしたいことがわからない」という感覚に陥る。
あれこれ悩み迷うのは、「セルフと共に、あなたの道を探す」ということ。
そういう理解を、まずしたほうがいいかもね。


ワタクシ :はい。自分が何をしたいかわかっていない時、セルフとの連携がうまくいってないのでしょうか?
あっ、そういえば…(前回の対話を見直す)
「あなたが理解できることとは、何をどうしたいかのみ」ということをおっしゃってましたよね…。そして、「それさえも、セルフとの連携なしに生まれない」と。
そういうことを、おっしゃってるのですよね。

内なる声 :そう。「あなた方が理解できるのは、何をどうしたいかのみ」ということを、どうとらえている?

ワタクシ :はい。そのことについては、あれからよく考えてみたのですが、「自分がどうしたいか」ということが、もしかしたら、「セルフ」と「自分」との会話となる唯一のことである、という意味かな?と思いました。
だから、「自分は、どうしたいか」に従っていればいいのかなと思うのですが、それがわからないときや、途中でうまくいかなくなったりすることも多いので、わからなくなるのです。

内なる声 :うん。そうすると、「セルフとの対話がうまくいってないのだ」と理解できる?

ワタクシ :はい。できますが…うまくいってない時は、「セルフ」がどうということは、考えてないと思います…。

内なる声 :うん。どんなことを考えるの?

ワタクシ :そんな時によく考えてしまうのは、うまくいかない原因とか、現在の嫌なところとか、「こうなればいいな」ということだと思います。

内なる声 :そうだね。だから、「あなたが考えるべきところを間違えている」と、セルフが困っているのを理解できるのでしょ?

ワタクシ :「セルフは、困っているのだ」と、どうやって理解すればいいのですか?

内なる声 :あなたが、何をどうしたいのかわからないのでしょう?
「何をどうしたいかが、唯一わかること」という理解を得ているというのに、「それが連携できない証拠」とわからないの?


ワタクシ :わかりますが…これまで、そう考えてなかったです。

内なる声 :うん。まずは、その理解を忘れずいること。そこから、何を学ぶかということをもう一度考えるべき。
あなた方のほとんどは、「本当の意味でセルフとうまく連携したい」のではなく、「うまく世の中の甘い汁が吸える方法を聞こう」とかまえている。
あなた方は、「何をどうしたいか」さえわからないままに、世の中や、そのしくみについて考える、ということ。
そうではないという者は、その意見を話してみて欲しい。
あなたが、「自分を理解していく」ことによって、何を望んでいるの?何を望んでいるがため、セルフを理解したいの?
「自分のことを理解していく方法」を純粋に理解したいのであれば、その質問の答えは、すんなり出てくるのでは?


ワタクシ :そう言われると…、私もずいぶん考えがまとまらなくなってきました。
「甘い汁が吸いたい」というふうに考えてたわけではないですが…「自分を理解して、生き生きと過ごせるようになりたい」というより、「いかに自分の周りの世界がうまく動くようになってくれるかを知りたい」と思っていたような気もします。
しかし、セルフとの連携や軌道修正をうまく行うことで、自分の望むところが早く叶うということではないのですか…?

内なる声 :あなたの望みとは、「自分」と連携して、「自分」の力をもって、あなたの望みを叶えることであり、「世の中が勝手に動いてくれたことによる喜び」が欲しいのではない。
そういう考えのもと、話を進めるのであれば、次にどんな質問が思い浮かぶ?


ワタクシ :そうですね…。今回の対話で、「何をどうしたいかが、わからない」のであれば、「それが連携できない証拠」ということが理解できましたが…何を望んでいるがため、セルフを理解したいのか…ですよね…。ちょっと私も、今回のお話をふまえ、もう一度考えてみてから次の質問をしたいと思います。
他の方のご意見も聞きたいのですが、引き続きコメントを募集してよろしいですか?

内なる声 :うん。あなたは、セルフを理解することで、何を得ようとしている?そして、次の質問は、どんなもの?
あなたが、すんなり考えられるかというところを、自分に訊ねてみること。
これは、「あなた」と「セルフ」との会話となる。
あなたが、「何をどうしたいがために、次の質問をするか」ということがね。


ワタクシ :わかりました…。結局、セルフとの連携についてのことや、軌道修正の方法についてのことを、聞くところまでいけませんでした…。
まずはそこからということでしょうか?

内なる声 :そこからはじめず、どこからはじめるの?

ワタクシ :えーと…ハイ。わかりません。そこからはじめます。
今回の内容へのコメントをいただきたいのですが…難しそうですよね…。

内なる声 :そう?では、コメントできないなと感じたら、その理由を書いてもらえば?

ワタクシ :はい。ではまた、あなたの理解できたこと、できないところのコメントをお待ちしています。
コメントしにくいと感じる場合は、対話を読んで、思ったところを書いてみてくださいね。
また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

    

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