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2011年03月04日

セルフを含めたあなた


ユキです( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話の更新です。


ワタクシ :前回の対話で、引き続きハイヤーセルフのことをお話しましたが、難しくて、私がよく理解できてない内容になってしまいました。だけど、それにかかわらず読者の方々がコメントをくださって、とてもうれしかったです。
あなたと話をしている中、この対話を見ているだけでなく、参加してもらえたらすごく楽しめるだろうなと思っていたので、「いい感じだな〜」と喜んでいます。
私の考えばかりだと、対話の内容も狭くなってしまうのではないかと思っていたので、ほんとにうれしい。
こんな感じで、次の対話へと続くコメントをいただけたらうれしいと思うのですが、そうなるためには、もっとうまく対話を進めていかないと、難しいでしょうか…。いかがでしょう?

内なる声 :うん。私が言っていることを、それぞれ、どういう理解で見ているのかを、もっとコメントしてもらえれば、私も話のもっていき方について、広げることを選べるかもしれないね。
それで、どういうことを話す?


ワタクシ :えーと、コメントの中で、質問があったのは、以下の二点ですね。

●「自分のしたいことがわからない」として悩んでも、「それをわかりたい」としかわからないのであれば、自力でわかることは不可能であるということなのか?
「セルフの存在」を「道しるべ」として信じていれば、わかるときに「わからせてもらえる」と思っているしかないのか?

●「私自身の考え」と「ハイヤーセルフ」のバランスをどう取るか?
「私」は基本的に何もわからない者で、基本的には私自身の意志を持って進みながらも、感情や直感などセルフからのメッセージを受け取りながら進んで行くのだと思ってたのだが、その考え自体が違っているのか?


どちらも、いい質問でしたね。
前回のブログで、あなたは、セルフの存在を「道しるべ」と表現されてましたが、私たちは、理解できないことを自力でわかるようになることは、できないのでしょうか?

内なる声 :「自力」って、どんなこと?

ワタクシ :え?えーと、自分でひらめいたり、理解したりするってことかな?
あれ…?でも、それって「自力」ではないのかな…?「直感」とか、アイディアが浮かぶのって、「自力」…?(混乱)
「自分のしたいことがわからない」時なんて、「自力」でできることなんてあるんでしょうか…?

内なる声 :うん。あなたが理解できるのは、「あなたがどうしたいか」ということのみだが、それすらわからないこともあるということを言ってるの?

ワタクシ :そうです。前回、私たちにわかるのは「何をどうしたいか」ということのみである、と言われましたが、それすらわからないこともあるし、わかったとして、そこからどうしたらいいのか、知りたいです。

内なる声 :うん。まず、私が言うことを聞いて。

「あなた」と「セルフ」がいるよね。
この二つを一つとして考えると、その「二つとも自分」と言えるでしょ?
その二つの存在を、「別」として話すのでややこしくなる、と言っている。

「あなたの考え」のみを、「自分」と考えたら、「わからないから、わからせてもらうのを待つしかない」と思う。
しかし、「あなた」とは、「セルフを含めたあなた」という考えをもってごらん。

「私が、このわからないことについての思考を働かせても、わからない」というのは、理解できるよね。
つまり、そこから先の話を、「あなた独り」として考えているので、困るのだということを言っている。
そのとき、「私の独りとしての考えはここまでだけど、ここまでにしたくないとする気持ち」とは、「セルフの気持ち」と考えて欲しい。

セルフとは、あなた。
二人で一人。
そういう考えをもってみれば、「あなた独りの考え」を、こねくり回すことに、意味などないと知る。
そして、「自分の中の、自分という存在」、つまり「セルフ」という「もう一人のあなた」に、その役割を担ってくれる部分として、「聞いてみる」ということ。

そのとき、あなたが、「お手上げなので、教えて下さい」とするのは、おかしい。
なぜなら、「あなたという存在」にとって、お手上げなのは当然のこと。
しかし、そう思わないこと、つまり、混乱していること自体が、「うまくセルフとの連携が出来てない状態」というもの。
あなたが、お手上げな部分については、「あなたでないセルフの部分が担うことだ」と知っていれば、あなたがすることとは、「何もしないで待っている」ことでも、「わからせてくれると期待する」ことでもない。

あなたの「もう一つの部分」に従って、あなたを動かす必要を持っている、ということ。
その連携部分について、あなたが、その方法をうまくとらえていくことさえできれば、「そんなことに悩んでいること自体、うまくできてないのだ」と気づく。
つまり、あなたにとって、「自分という存在の声に耳を傾けていく」という大切なことを、いつもできてないことが問題ということ。

わかった?


ワタクシ :ははー…。すごくよくわかった……。
つまり、「何をどうしたいのか」ということさえも、「私独りの考え」ではなく、「セルフの気持ち」なんだ…。
私が「考えてわかる」のではなく、「自分という存在の声に耳を傾けていく」ことで、私が理解できることが、「何をどうしたいのか」のみである、ということですよね…?

内なる声 :うん。あなたがわかることは、セルフと共に生んでいく「何をどうしたいのか」ということであって、それも「二人」の連携なしに生まれない。
あなたが「どうしたいのか」を考え、「自分」に訊ねないとね。


ワタクシ :すっごくよくわかりました。びっくりしました…。
こんな単純なことなのに、どうして難しく考えてたんだろう…
これまで、あなたがお話されてきたことが、やっとわかったような気がします。
「セルフと私、という二人として考える」
「あなたが考えても、わからない」
「あなたにとってわかるのは、何をどうしたいかということのみ」
「あなたが難しいと考えているのは、あなたの考えを難しくしてるから」
というような意味が、全部わかったと思います。
あなたはずっとそう話していたのに、「セルフと二人あわせて自分」という考えが、頭になかったのですね…。

内なる声 :そう。単純に考えてみれば、疲れながら考えるようなことではないと、わかったでしょ?
その「翻訳」を間違えているのだと、理解した?


ワタクシ :「翻訳」ですか…。しかし、その「翻訳」を正しくすることが、難しいのだという考えは消せないですね…。そういうときに、はっと気づいて、正しい「翻訳」をするには、どうすればいいのでしょう?

内なる声 :うん。それが、簡単ではないからこそ、あなたがこの文を皆に与えている意味があるというもの。
その「翻訳」がスムーズにいけば、誰にも悩みなどない。
あなた方の悩みとは、その「翻訳」をうまくとらえられず、「あなた独りで苦しんでいる」というもの。
だから、私はセルフの声を聞かせようとして、話をする。
聞いてみれば、私がそんなふうに考えていることを、理解できるはず。
そうではない?


ワタクシ :そうですね…。ああ、よくわかった!
つまり、私たちの考えとは、「自分で何とかする」か、「神と呼べる存在に何とかしてもらう」ような、極端な発想をしがち、ということになるのかな?
そうではなく、うまく「翻訳」して、自分の望みを叶えていくには、どうするか。
それを、一言でなんて言えないし、難しいのだからこそ、こうしていろいろアドバイスやサポートによって、とらえるヒントを発信しているのだということなのに、あなたやセルフのことについて、ややこしいことを考えてしまってたのですね。

内なる声 :そう。私が言いたいのは、あなた方は、その「どうすればいいのか」という部分についてのことを、「いま・ここで・すぐに」理解したいができない、ということを苦しむ傾向にあるってこと。
「あなたがわからないこと」とは、理解していく価値のあることで、それぞれにとって、理解したいことであるのだという、大切なことに気づいて欲しい。


ワタクシ :それは、あなたがメルマガ「内なる声」よりのメッセージの中で、ずっと伝えてきていることですね。
私は、メルマガなどのメッセージの中にあるそれらのヒントを、それぞれ個人のテーマにあてはめて読んでくださっている人たちと、もっと話をしながら、一緒に理解を進めていければ楽しいと思うのですが、どう思われますか?

内なる声 :それは、他の者に聞いてみないとね。
あなたばかりわかっていくのを見ている人々が、どう理解してるのかを知りたいと思うのはなぜ?


ワタクシ :私ばかりわかっていく…?
皆、それぞれの理解をしていきながら、読んでくださっているのでは…?

内なる声 :さあ。これを読んで、あなた以外の人がわかったのならそれでいいけど。
「自分の理解」というものの真髄を知るのは、自分が「理解できたこと」そして、「理解できないこと」を把握するかどうか、というところにかかっている。
つまり、あなたが理解を進めていく理由とは、私との対話の中、あなたが理解していることと、してないことの整理をしながら伝えていく、という作業自体をしているから。
読んでいる者の中には、その作業をせず、あなたの文を読んで疑似体験をしているだけに終わっているがため、自分が何を理解して、何を理解してないかさえ、整理できてない者がいるということ。
それを、きちんととらえるため、あなたが、コミュニケーションをするというのは、いいことと思うよ。


ワタクシ :そうですか…?しかし、今回コメントで質問をくださった方にしても、とてもよく理解して参加してくださっていると感じましたよ。

内なる声 :コメントしてくれた人よりも、眺めている人のことを言っている。私が訴えたいのは、むしろ眺めている人に対してと言えるかな。わからないことがあっても、黙っているのなら、先に進むよ。
かまわない?


ワタクシ :そうですね…。何も言われなければ、私も、「わかっていただけたのだろう」として進んでいくしかないですけど…
だけど、それぞれの考えをもつ方たちが、対話を読んで思ったことを伝えてくださるようになれば、皆が他の人の考えにも触れられるし、次の対話を楽しめるようになって、きっとおもしろいだろうなと思っているのです。

内なる声 :では、次の更新では、今回の話の中でわからなかったところをもつ者の質問に答え、その後、あなたが理解できてないことについて、話をする。
わからないことや、わかったことをコメントして欲しいのでしょ?


ワタクシ :はい。そうしていただけると、楽しく更新していく方法を考えやすいので、うれしいと思います。

内なる声 :では、また。

ワタクシ :はい。では、また来週お会いしましょう。
あなたも思っていることを、伝えてみてください。
よろしくお願いします。(⌒▽⌒)ノ

2011年02月25日

不思議なことの発信…再び。


ユキです( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話の更新です。


ワタクシ :対話の更新をしたいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。あなたは、何をそんなに悩んでいるの?

ワタクシ :え?はい…。このブログのことについて、ちょっと悩み中です。
前回のブログでは、読者の方からのコメントが入ってうれしかったのですが、もっと思うところをコメントしてもらったり、楽しく更新していけるために、私が工夫できることはないのかなと考えてました。
わかりやすい内容を話し、わかりやすい言い方を考えればそうなるのでもないだろうし、困ったな…。

内なる声 :つまり、あなたの困ってるのは、内容でも言い回しでもないということでは?

ワタクシ :そうですね…。まず、私自身が、あなたが話す難しい文章を解読すること自体を楽しんでいるわけではないと思うのですが、あなたは、「難しい」ということについて、どう思っていますか?

内なる声 :難しいのは、私の文ではなく、あなたの「考え」では?

ワタクシ :えーそうですか??うむむむ…
ハイヤーセルフのことを聞いて、理解したいと思っているのですが、私の場合、「ハイヤーセルフと同化している」と説明されているあなたと話をしながら、「他の人と同じ」という感覚で聞いていて、いいのでしょうか?

内なる声 :いいのでは?あなたが、私と話をできるからといって、そこが異なるというわけではない。
あなたは、ハイヤーセルフのことをどう思うの?


ワタクシ :ハイヤーセルフをどう思うか、ですか…?うーん…
「ハイヤーセルフの知識」というものをもっていなくても、前向きに生きたり、自分のことを信じるという感覚をうまく得ている人もいるというのに、どうしてハイヤーセルフという存在自体のことを理解しようとしてるのか、よくわかってないかもしれない…。

内なる声 :うん。つまりあなたが、セルフという存在や、私のことをどう考えればよいのか、ということを話すため、ややこしくなる。
そうでない。あなたの自身のことを考えなさい、と私は言ってるのだよ。「ハイヤーセルフということ」を考えるのではなく、「あなた自身のことを考えるのだ」と言ってるのであるのに、なぜそう思うの?


ワタクシ :うーん。「ハイヤーセルフのことをどう思うか」と聞かれて、「自分のことを考えるのだ」と思っていないということですよね…。だけど、ハイヤーセルフのことではなく、自分自身のことを考えるとして、まず、何をどうすればいいのかわからないな…。
前回のブログで、あなたが言っていたように、「自分はもともと何もわからないのが当然」という考えをもっていないから、混乱するということでしょうか…。

内なる声 :いま、あなたがわかることって何?

ワタクシ :え?、うーん。
私にわかることなんてあるのかな…?ないような気がする…あなたは、どう思われますか?

内なる声 :私の考えを聞くのであれば、答えよう。
あなたがわかるのは、「あなたが、何をどうしたいのか」ということのみ。
あなたは、何のことを、どうしたいのだと悩んでる?


ワタクシ :うーん、そう言われると、「ハイヤーセルフを、わかりたい」のではないような気がする。そうですね…。
私はいま、あなたとの対話や、このブログを、もっと楽しめるようになりたい。
どうすることによって、それが可能になるか…そう考えるけど、わからない。なるほど…「何をどうしたいのか」ということだけが、私のわかることだというのは、本当にそうですね。

内なる声 :うん。あなたは、「何もわからない者」として話すのを忘れている。
それは、わかる?


ワタクシ :はい。よくわかるけど、「わからないのだから、もういいや」とするのもイヤなんです…かといって、「わからない、わからない」と話しても仕方ないと思います。
わからないことを、わかるようになれるブログを書きたいけど、そうできないと思う気持ちがあって、楽しめないのかなと、思っています。

内なる声 :うん。では、どうすれば、楽しめると思う?

ワタクシ :うーん、そうですね…
「私が、どうしたいのか」というところを発展させればいいのかな…?だけど、私の考えをこねくり回してても、話は進まないので、やはりあなたの教えを聞きたいのだと思います。

内なる声 :うん。私は、「あなたが何もわかってないのでは?」ということを教えている。教えて欲しいのは、「あなたは何もわかってないのだよ」ということではなく、「わかっていることを、思い出してごらん」というようなことを期待しているため、そう思うのでは?

ワタクシ :うーん、そうかもしれない。でも、じゃあ、どうしたらいいのでしょう…?

内なる声 :そうだな、いま、私の考えを話すので聞いて欲しい。
私は、あなたが「何も理解できない者」として話しているのではなく、あなたという中に「わかる者」としての存在がいるため、あなたが混同する、と話している。
つまり、あなたとハイヤーセルフ、の「二人」として、考えを混同させなければ、わかりやすくなると話している。
ハイヤーセルフという存在が、いると信じて話をしないならば、この理屈は通らない。
あなたは、いま、セルフという存在を考えないまま、「自分」を感じようとするため混乱している。
わかる?


ワタクシ :「ハイヤーセルフという存在のことを考えるのではなく、あなた自身のことを考えなさい」と言われながら、「二人」として考えるのですか…?

内なる声 :「ハイヤーセルフ」とは、あなたにとって、もともと「そこにいる存在」としてないため、混乱しているということ。
「ハイヤーセルフ」のことは知らなくても、その感覚をもってこの理論を理解できる者とは、「自分」の中、「自分」という道しるべのあることを知っているため。
あなたは、いま、道しるべを外そうと考えるため、混乱してるのを理解してない。


ワタクシ :「ハイヤーセルフ」という、道しるべを感じればいいのでしょうか?

内なる声 :「セルフという道しるべ」のことを理解しようとするから、混乱する。あなたの中に、「その考えを伝えようとする気持ち」を感じるためには、「セルフという存在」を感じるのでない。
「あなたを感じる」と言ってるではないの。


ワタクシ :うーん、私を感じる…私を感じる…そういうところを、理解できてないのはわかるのですが、どうすれば、わかるのですか?

内なる声 :うん。まず、「私」という考えを省いてみてごらん。

ワタクシ :「私」という考えを省く???(゚-゚;?)(。_。?)

内なる声 :「私は、わかっている」「わかってない」という考えをなくして、いま、何を感じている?

ワタクシ :うーん、「疲れた」と感じる…。(o_ _)o
なんだか、考え疲れてきてます。

内なる声 :うん。考え疲れてるのは、嫌ではないの?

ワタクシ :嫌だけど、理解したい。何をどうすることによって、あなたが言うことをもっと理解できるのか、わからないのです。

内なる声 :そう。であるのなら、理解しようとすることを変えてみたほうがいい。
あなたが理解しようとしてるのは、あなたにとって、「わからないこと」なんだよ。つまり、あなたにとって、楽しいこととは、「わからないことを理解していくこと」ではない。
そういう気持ちをすでに表しているのであるのに、なぜ気づかない?


ワタクシ :気づくというのは、たとえばどういうことにですか?

内なる声 :あなたが、「疲れていること」では?

ワタクシ :うーん、そのとおりですが、私の中に、あなたの言うことを理解したいという気持ちがあるのです。
セルフと私の「二人として考える」とは、どういうことを言ってるのですか?

内なる声 :あなたとセルフの関係とは、あなたの知るところのものではないという前提の上、それでも「セルフというものの考え」を理解しようとする、その望み自体を、「あなたではない発信」と考えるべき。
つまり、あなたが、感じているのは、「疲れているのであるのに、それでも理解しよう」というものではない。
あなたの考えについて、セルフの理解する声を聞いている。その翻訳を間違えている。
つまり、あなたは、その翻訳を「疲れているのに、理解したい」と、とらえている。しかし、その翻訳の正とするものとは、「実際、そんな考えを、もつ必要がない」ということ。
あなたは、わからないことを、わかりたいともがく。そして、わかっているはずのことを考えていない。
「わかっていること」とは、何か?
「あなたが、何をどうしたいのか」そこを考えれば、あなたは、「セルフを理解したい」のではなく、「あなたがなぜ、そんな気持ちになるのかを理解したい」のだとわかる。
あなたは、あなたがなぜ、セルフを理解したいのかということがわかる?


ワタクシ :あぁ〜〜〜っっ (」゜□゜)」
なぜか、わからない。そうですね。
なんだか、前回と同じ感じがする。またやってしまった…。
また、必死になって、わからせてもらおうとしてました。
おかしいなー…。( ̄^ ̄;)

内なる声 :あのね、そういう発信は「セルフ」なの。
あなたが、セルフのことを知りたいと思って、もどかしいのではない。あなたが、そんなふうに考えてるのが、セルフにとってもどかしい。
わかった?


ワタクシ :ちょっと、わかった。前回と同じことだけど、今回のほうがわかった。
それで、セルフは「そんなことを考えなくていいのだ」と言ってると、理解すればよいのですか?

内なる声 :あなたはいま、わかろうとしてもがくのをやめ、「わからない者」として、どうしていくのを望んでいるの?

ワタクシ :うーん…私は、「わからない者」としてではなく、「わかった」と思うことを、増やしたいのですが…無理ですか?

内なる声 :それは、何について?

ワタクシ :そうですね…うーん、こういう話をしていると、私の考えだけでなく、他の人の意見も聞いてみたくなるのです。他の人が、どんなことを「わかりたい」と思っているのかを、あわせて考えていければいいのにな…
そういえば、前回の終わりに、「次回に、あなたが多くをどういうふうに考えているかを見直すための話しをしてみる」とおっしゃっていましたが、そういう話ができましたか?

内なる声 :いや、その前に、あなたが前回の話をわかってないまま話すから、そこに至らなかった。
まず、今回の話を聞いて、他の者はどう思ったか、聞きたいの?


ワタクシ :はい。できればコメントしていただけるとうれしいのですが、今回の内容からして、ちょっと難しいかなー…?

内なる声 :とにかく、そう思っていると伝えて今日は終わろう。いい?

ワタクシ :はい。あなたが思っていることを教えてくださると、私はうれしいと思います。
来週に続くのでよろしくです。

2011年02月18日

不思議なことの発信


ユキです( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話の更新です。


ワタクシ :前回の対話に続き、ハイヤーセルフのことをお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか。

内なる声 :うん。

ワタクシ :前回あなたが、「自分」を感じることが、「セルフを感じる」と等しい、と言われていたことについて、いろいろ考えていたのですが…
私は、セルフという存在のことについて、心の中で、「何かわからないけれど、自分というものがわかるという感じ」がするのが、そうなのかなと思ったのですが、合っているでしょうか?

内なる声 :うん。あなたが、自分のことを考え、そこに自分の好みを感じたり、喜びを求めるそのものを、セルフと考えてみてほしい。

ワタクシ :なるほど…。少しわかった気はしますが…
うーん、あなたがセルフとお話できるというのは、どんな状態なのでしょう?セルフは、自分の中にいるのではないということ?そこに、セルフの姿を見てるということでしょうか?

内なる声 :そう。私はそこにあなたのセルフという姿を見、あなたが知っていることをよく理解しているセルフと話す。セルフが言うこととは、あなた自身の理解してない気持ちや、あなたが「わからない」と感じていることへの考えとなる。そういうことを話すため、あなた自身への気づきを渡す術を知らないまま、セルフの困った姿を見ている。

ワタクシ :セルフの困った姿ですか…それぞれのセルフは、どんな姿であるのでしょう?

内なる声 :そうだな…姿とはあなたが見えるイメージではない。私が感じているイメージ。

ワタクシ :うーん。よくわからないけど、そういう姿を見て、あなたはどうするのでしょう?

内なる声 :なぜ理解してない者への気づきを渡せないかというと、あなたが理解を閉ざすことをするから。つまり、困るようなことを考え、自分に気づかない、とセルフは話す。「自分」とは、あなた自身ということだとすると、それはあなたが「自分」を外した物の考えをするということ。
あなたが困っているとき、「自分」がどう考えているかを「自分」に聞くということをせず、相手や物事に対して考えを巡らせるはず。そういう時、何もできないセルフが、同じく困っているという話。


ワタクシ :それはよくわかる気がしますが、では、どうするのがよいのか、わかってないのかもしれません。

内なる声 :わかってないことを、あなた方の心とは、思い巡らせることをするということ。つまりは、あなた方が「わからないこと」を、知っているかのような働きを見せる。
なぜ、そうするか?
「自分」という者の、何もわからないまま、わかっている気をもっているのが、そもそも「あなたではない者」の知識と知らないため。あなたでなく、あなたの深い知識を、あなたの知識と思うから、あなたがその場にて知識を分離させていくことに気づかない。
「わかってないこと」を、わかっているのをセルフとすれば、あなたの考えがすべてを理解するのでないと知る。あなた自身が深く理解していると思うのでない。「私の心に聞いてみて、それが良いと感じるかどうか」そういう方法をあなたはもっている?


ワタクシ :うーん、ちょっとややこしくて難しかったですが…「自分の心に聞いてみる」というのは、何かわかる気もします。そういうことを理解しているわけでもなく、「そうするのがいいと思うかどうかを判断する」ということかな…?

内なる声 :まず、そういう気持ちの確認とは、なぜ必要と思うか不思議なのでは?あなたの心を、深く探りながら歩いていくのを必要とするのはなぜ?あなたが「理解していること」とは、そういう深い場ではなく、あなたが「反応」という調子で始めていくものに過ぎない。
「これでいいかどうか」「私はこうでないと嫌」という「自分」を感じ、とどまる理由とは、あなたのもっと深い知識の囁きと感じない?


ワタクシ :ああ、そうかもしれません。うん。わかる気がします。こういうのが、きちんと「自分を感じる」ということかな?
うーん…でも何だか、顕在意識と潜在意識の違い…というような気もしましたが、そうではないのですよね…?

内なる声 :「意識」とは、あなたの「とらえ方」の問題。私が話しているのは、「自分」という、深い愛をもって見るということ。そこに「自分」という愛をもって、あなたが眺めている物事を、きちんと「とらえるかどうか」の問題。「とらえ方」の問題以前に、あなたが「自分」という存在からの発信を理解してなければ、自分との乖離を始めるのでは?

ワタクシ :「自分」という存在からの発信を理解する…うーん、ちょっと難しいのですけど、「自分」と乖離せず、どうするとおっしゃいましたか?

内なる声 :私の話を聞いて、あなたの「自分」という考えを見直すべき。あなたの「自分」という考えをどれくらいもっているのか、そこを見て欲しい。
「自分」という話しをして、そこに「自分」を感じている?
それは、「あなたのセルフを感じている」に等しい、と話しているのをどう思う?


ワタクシ :ええ…?うーん…「ハイヤーセルフを感じてる」とは思えないです…「自分」っていうのは、「自我」とか「自分の気持ち」とか、そういうことでしょうか?

内なる声 :いい?「自分」はいま、何を感じてる?

ワタクシ :うーん、「わからない」と感じてる。

内なる声 :では、「わからない自分」をどう思う?

ワタクシ :もどかしいとか、もっとわかればいいとか思います。

内なる声 :なぜ、そう思うか?
あなたは、「何も知らない」のを前提として話してるのに、なぜそれが気に入らないか、わかる?


ワタクシ :えー…わからない。
「何も知らない」のを前提として話してるのに…?あれ…でも、そうですよね…。なぜか「わかるはず」として、聞いていましたね…。

内なる声 :そういう気持ち自体の発信源とは、実にセルフの言いたいことであるというもの。
「わからない者」の考えを、どうして「わからない」として置いてないか、という不思議なことの発信を「わかる者」がおこなう、という説明を聞いて、それならわかる気がすると思わない?


ワタクシ :えー…ほんとですね。いま、「わからないこと」を、あなたに理解できるようにしてもらおうとして、ちゃんと納得できる説明をしていただこうと、必死になってました。
「わからない者」が、「わからない」のはあたりまえで、もどかしいと思う必要はないのに、もどかしくなくてもいいことを、もどかしいと感じたり、「なぜわからないか?」と思います。だけど、セルフという「わかる者」が、「わからない者」の考えをもどかしいように感じているのなら、わかる気がしますよね…
うーん…だけど、そういうことだとはわかったけど、結局、どう考えたらいいかよくわからないな…。

内なる声 :あのね、だから、「どう考えればいいのか、わからない」のが当然。それを、なぜ「わかろう」と、もがくか。
そういう知識の判別を、あなたができるのでないと知れば、あなたがどうする必要をもつのか少しわかる。今の考えを聞いて、どうする必要をもつと思う?


ワタクシ :今のお話を聞いて、私にわかってることなど何もないのに、どうして時に、すべてわかったように考えているのか、不思議だと思いました。
だけど、もし、私の中で「わかっている者」の囁きを少しずつでも理解していけるのなら、すべてわかったように考えるのをやめて、何もわからない中で、そうやって確認しながら判断していけばいいのかなと思ったのですが…?

内なる声 :うん。いいと思う。あなたの冷静な思考で考えれば、そう思えるのでしょ?なら、あなたがその冷静な判断を見失うことをなくすのを薦めよう。

ワタクシ :うーん、今回のお話は、わかったようなわからないような…。だけど、わからないことを追求しても、「わからない」というのはわかるのですが…。

内なる声 :うん。では、次回に、あなたが多くをどういうふうに考えているかを見直すための話しをしてみる。おわり。

ワタクシ :はい。
というワケで、このように話が進んでおりますが、いかがでしょう。
とにかく聞いてみて、いろいろ理解しようとすることにしてみます。
ではまた次回。

    

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