「いい気分ドットコム」HP | 「内なる声」とのエピソード

    一人で悩んで、同じようなことを考え続けていませんか?
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2011年04月08日

「よし、わかった。」


ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :今回から、あなたと日々感じていることをお話していくということになってましたね。
どんなふうに話していこうかな。どう思います?

内なる声 :そうだな、あなたは、最近どんなことを感じているの?

ワタクシ :地震があってからしばらく、メルマガ【万事良好!もう「いい気分」になることを忘れない!】をお休みしていたんですよね。
メルマガを送信していくのって結構大変なのですけど、自分がその作業にとても助けられてるってことに、改めて気づきました。
【「いい気分」になることを忘れない!】っていう題名は、自分がそうありたいっていう、願望ですね。メルマガを書く時、そういうメルマガを「送る側」にいる自分なのだから、その瞬間、必ず「いい気分」という立場に立とうとする。そうやって、メルマガを書くということをするのとしないのとは、気分の変化が全然違います。
「内なる声」よりのメッセージをまとめていく作業も、すごく勉強になりますしね。
あなたはそれについてどう思ってるのでしょう?

内なる声 :私は、あなたがどんなふうにまとめるのかが、おもしろいと思ってるよ。

ワタクシ :えー、そうですか。最初は、あなたがもっと、そのまま載せれるように話してくれた方がラクなのになぁと思っていたんですけどね。
あなたがランダムに話してくださるのを、ちゃんとテーマとしてまとめていくことにも、意味があるんですね。

内なる声 :うん。それで、あなたは、その作業を続けていくのをどう思うの?

ワタクシ :そうですね。これからも続けようと思うけれど、やはり自分の理解を進めるというのをしないといけないので不安もありますね。
あなたが話していることは難しいので、理解が進まなければまとめれないので、大変ですよ。

内なる声 :そう。でも、簡単に理解できることを書くのが楽しい?

ワタクシ :うーん、そういうことでもないし、なかなか難しいところです。
あなたが言うことの難しい部分も、楽しんでもらえるのが一番いいかなと思います。

内なる声 :うん。私は、あなたのことを見ていて、もっと簡単に物事を考えればいいのになと思うけどね。

ワタクシ :そうですか。…どんなことをですか?

内なる声 :たとえば、「自分がどうしてこんなふうに考えるのだろう」ということを、難しく考えている。
あなたが、つらいことや困っていることを考えるとき、なんてややこしい考えをしてるのかと思うよ。


ワタクシ :えー。そうですかね…
よく、「どういうふうにしたらいい気分になれるかな」と考えてる気がしますが、なかなかいい気分になれないときもあって、そんな時、あなたが話してたことを思い出したりしているのですが…
どんなふうに考えるのが一番いいんですかね。

内なる声 :そうだな。うーん。
あのね、考えるのをやめてはどう?


ワタクシ :そうなのですよね。うん。
私もそう思うんですけど、「どうしたらそれができるのかな」と考えているみたいですね。
「余計なことを考えずにいる方法」ってありますか?

内なる声 :あなたが、どんなことを考えてるにせよ、それを考えるのをやめないと、自分の考えたいことは考えれないと知ることだね。
つまり、あなたが考えをやめないうちは、「考えるべきこと」などわからないということ。
「自分が何を考えるべきか」なんて、わからないことを、「考えたくないことの中で見つけよう」とするのなんて、おかしくない?


ワタクシ :そう思うけど…、そういうときには、「他のことを考えるのってどうしたらいいのかな」と思うことがあるのですよね。切り替えの仕方というか…、いい方法ってあります?

内なる声 :うん。あのね、あなたの考えをおかしいって思えるのは、違うことを考え始めたときだから、「今はおかしいと気づいてないのだな」って思えばいいよ。
そうしないと、おかしいことを気づかずにいながら、その中にのめりこんでいるだけでしょ。


ワタクシ :そう。本当にそうですね。
いい気分の時に考えてみると、「そんな考え方してるのは、おかしい」ってわかることが多いですね。
だけど、それを何とか違う方向へ持っていくのが、自力では難しいときもありますよね。
「さあ、違うことを考えていい気分になろう!」という気持ちを持つのって、やっぱり難しいかな。
体調の悪いときもあるし…

内なる声 :そう?私は、あなたが早くそのようにできるのを見たいよ。

ワタクシ :うーん。やっぱり、繰り返し思い出すのが大切なのかな。習慣にする。工夫する。だけど、そこを追及していると、つかれますよね…。

内なる声 :そんなことを考えず、「よし、わかった。」と考えてごらん。
あなたの考えがややこしいというのは、そういうことだよ。
「そうだね。わかった。」そういう言葉を出さないでしょ。
自分がどうしたらそうなるのか、また考えようとしてる。その辺のところを見ていくのがいいよ。


ワタクシ :うん。なるほど…
「そうか、わかった。」で、いいのですね。
いろいろな疑問や、「次にできなかったときにどうしたらいいか」って考えるのなんて、おかしいことですね。
どうもそういう傾向があるみたい。何度でも気づくのがいいですね。

内なる声 :うん。では、あなたがこれから日々感じていることをいろいろ話していくにあたって、どんなことが話したいと思ってる?

ワタクシ :そうですね…よくわからないので、そのときに決めても大丈夫ですか?
何か考えていくのがいいのかな?

内なる声 :うん。あなたがこれまで何を感じてきているかというところを話していけばどうかと思う。
あなたにとって、この理解への道というものをどうとらえているかということ、読者の理解との差や、あなたがどのように読者の人々を理解しているかということなど、あなたの考えをもっと話してみて欲しい。
そうすることによって、あなたが何を求めているのかというところにも、よく気づけていく。
「自分」というものと、これから向き合って話していくことで伝わることを持っているのだと知って欲しい。


ワタクシ :はい。まだよくわかってないかもしれませんが、次回もお願いします。

内なる声 :少しずつ理解していこう。では。

秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(0) | トラックバック(0) | ■「内なる声」との対話

2011年04月01日

「何をどうしたいのか」ということ

ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :対話を更新したいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :今回のブログを書くにあたって、あなたが「何をどうしたいのか」というところを理解できたの?
いま、あなたの考えるところを、私に聞かせて。


ワタクシ :えー…前回の対話で、「自分」のことを理解するというお話をするにあたって、この対話を進めようとしている私自身が、「何をどうしたいか」を、おろそかにしてると言われましたよね。
私がいま、「何をどうしたいか」を自分に訊ね、その方法をうまくすることを望んでいるというのであれば、あなたはそれを、うまくする方法を教えると。
考えというのは、このブログをどうしたいか、ということについての話でよろしいでしょうか?

内なる声 :かまわないよ。
ここで、あなたの気持ちと共に、どうしたいのかを見ていけばどう?


ワタクシ :はい。まず、この対話を今後も続けていきたいかどうかを考えました。
今後の展開がどうなるにせよ、あなたとの対話の様子を、このブログでご紹介していくことを続けていくのはなぜか?と。
私は、あなたが私に教えてくださっていることを、ここで証明していくことによって、読者の方に伝わることも多いと考えますので、それは続けていきたいと感じます。
しかし、読者の方々には、あなたと対話している様子をじっと見ているだけではなく、あなたと直接対話していただきたいという気持ちを、ずっともっています。私とあなたの対話を見て、それに参加していただくことも試みましたが、そうするよりも、自身でそれを体感したいと感じていただくことを望んでいます。
そして、私自身は、あなたのことを、私の創作したものによって表現することを望んでいます。
それを進めるにあたって、あなたとの対話を多く必要にしているのですが、その間にブログおいては、どんなことを話していけばいいか、ということを悩んでいます。

内なる声 :さて、あなたがしたいこととは、このブログということではないということ?

ワタクシ :このブログ自体には、私のしたいことというのは、反映されているものではなく、あなたのお話を聞くことで、ヒントとなることも多いと考えてのことです。
そこで、あなたの考えについて、読者の方々のご質問やご意見などをお話いただくことによって、対話を進めていければ、もっと楽しくなるのではないかと考えましたが、コメントをいただくにも、どこに話をもっていくかというところの案が定まらなくなるといった感じがあり、読者の方々がこのような対話を見ているとき、何を求められているかがわからないという気持ちをもっています。
つまり、私にとっての「何をどうしたいか」というところが定まってないのが原因かと思われますが、それをどうしたらうまくできるのか、わからないと思っています。

内なる声 :そうだね。私という存在と話をしている様子を見て、何を感じるかということは、読者の自由になるのでは?

ワタクシ :はい。そうであるのだと思っているのですが、そこに自分なりの楽しみをどう加えていけばよいのでしょう?

内なる声 :あなたにとって、このブログとは、あなたのためにあるの?
それとも、読者のためにあるの?


ワタクシ :前回のお話にもあったように、自分の「何をどうしたいか」というところを考えるのみとして、自分に訊ねるということであれば、「自分のためにある」として考えるのがよいかと思います。
しかし、それを自分のためのみとして考えても、読者の方々にとって楽しめないものであるのなら、公開している意味のないものになってしまいます。
長い間、「内なる声からの回答」として、おこなってきた質疑応答を終えたいま、どうやって、このブログで、読者の方々とコミュニケーションしていくことを考えればいいのか、難しいと感じております。

内なる声 :なら、あなたが、どうしたいかによって、変化を加えていくときであるのでは?

ワタクシ :はい。それをうまくできる方法とは、どんなものでしょう?

内なる声 :あなたが、「何をどうしたいのか」という考えの中、読者の楽しみを含んでいようとしているのでしょ。
ならば、あなたにとっての喜びについてではなく、読者における喜びについての話を語ってみてはいかが?


ワタクシ :え…?私が「何をどうしたいか」を話すように言われたのに、「読者の方がどうであるのか」を話すのですか?
それは、どのようにですか?

内なる声 :あなたにとって、自分が、多くの読者や自分にとっての経験から、何を学んでいるのかを話していくことを薦めている。
あなたの活動によって、あなたが何を学んでいるのかというところを、私と話していくのを選んでみてはいかが?


ワタクシ :それは、セルフの話やあなたについての質問をするのをやめて、これまでの経験や、自分の理解や、読者の方々を見ている自分について、あなたと話すということですか?

内なる声 :うん。そういう話題をあなたはたくさん持っているではないの。
私の教えを知りたいと感じる者については、きちんとサポートしていくシステムにゆだねてはどう?
あなたが、この場にてサポートをおこなう必要をなくしているのであれば、あなたがそれを表現していくにつれて、明らかになる媒体や、確立しているサポート・システムによって教えを得てもらうということ。
このブログにおいては、あなたが私と楽しい対話になるようにすれば?


ワタクシ :はい…。そうするとして、あなたと話していく中で、何を楽しんでいただくということになるのですか?

内なる声 :つまり、あなたが「何をどうしたいか」というところの一つに、読者の考えの反映できることを望んでいるのであれば、いま、あなたが、望んでいるところに向かうことなしに反映などできないと知ること。
「どこの誰にとって、素晴らしいブログにするのか」というのなら、あなたのブログであるがゆえ、あなたにとっての素晴らしいところに向かうということ以外の考えをもって望むことは無意味。
何のために、サポートや、その他のあなたの表現するものを創ろうとしているの?
それぞれの発信の楽しみ方について、あなたが向かいたいところに向かうこと。
その考えをもって、あなたは、日々感じるところを私と対話していこう。


ワタクシ :つまり、「管理人ブログ」として、日々感じるところを書くという、普通の目的とするということですか?

内なる声 :私との対話を続けるのだから、「普通」なのかはともかく、その、サポート的役割についての荷を降ろす。わかった?

ワタクシ :わかりました。なんだか、あっけなく単純なことだったので、ホッとしたというような心境なのですが…。
では、次回もよろしくお願いします。

内なる声 :うん。ではまた。


今回のブログを更新するにあたり、
個人サポート・システムの、ご説明ページを改良しております。

「自分」についてのご理解を深めていきたいとお考えの方は、ぜひ一度、ご覧ください。

人生を変える対話 〜あなたの心を安心に導く質疑応答〜

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来週月曜より、送信致します。

宜しくお願い致します。

秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(2) | トラックバック(0) | ■「内なる声」との対話

2011年03月28日

自分に訊ねるということ


ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :これまでハイヤーセルフや「自分」への理解ということについて話を進めてきましたが、
「セルフを理解することで何を得ようとしているのか?」
そして、「次の質問とは、どんなものか?」と、あなたが問われたところを考えていました。
これまでお話いただいたことで、ハイヤーセルフが「すでにそこに存在する」という考えのもとに、「自分が何をどうしたいのか」という、その発信を受け取れる、ということはわかったと感じます。
「自分」のことをもっと理解したい理由とは、「それが自分にできる唯一のこと」という理解をしています。
「ハイヤーセルフのお話を聞く」ということではなく、「自分という者をよく理解して前に進もうとする」ことを望んでいるのだと思います。
今回は、もっと理解を進めたいと考えていますが、どのように進めればよいでしょう?

内なる声 :何のことをどう理解したいと思うの?

ワタクシ :私は、「自分という者の理解を進める」という考えのもとに、「わからないこと」を聞こうとするのではなく、「わかっている」ということを、もっと喜びとしたいと感じています。
「自分という者を、本当はわかっている」とは、思いません。「自分に訊ねながら、自分を理解していく」のだと、あなたが言うのを、そのとおりと感じます。
これまで、そんなふうにできていなかったところを、改めていきたい。
しかし、どのようにそれを進めるのか、そこが難しいとあなたは説明されました。
難しいということを前提として、「自分」のことを理解できるため、どのようなことを考えていけるのかを、知りたいと思います。

内なる声 :うん。それで、「自分」を理解するための大切なこととは何と思っているの?

ワタクシ :あなたが教えてくださったように、「自分に訊ねていく」というところを、もっと大切にしたいです。
そこを詳しく聞きたいのですが、前回までのお話の中、わからないことがありました。
あなたはたしか以前の対話で、ハイヤーセルフについて、その「翻訳」がスムーズにいけば、誰にも悩みなどないとおっしゃっていました。
しかし、前々回の対話では、「悩む」ということは、セルフとうまくいってないからではないと、おっしゃいました。うまくいってなければ、「悩む」のではなく、「自分のしたいことがわからない」という感覚に陥るのだと。
コメントにもご質問がありましたが、私たちが「悩む」というのは、「自分」にとってよいことなのかどうか知りたいのですが、どうなのでしょう?

内なる声 :「悩む」ということの、意味を考えて欲しい。
あなたが話しているのは、
「どうしたらいいかわからない」といった悩みか、それとも
「何を理解すべきかわからない」といった悩みなのか、また、
「自分という者のできることが何かわからない」といった悩みか。
いずれにせよ、それは「自分」という存在との連携のできていない悩みと言える。
しかし、あなたが「自分をいかに自分の望んでいる場所へ連れて行くことを選んでいくのかに対して、目の前の出来事をどのように捕らえていくべきか」という悩みをもつのであれば、それは、あなたが連携を保っているのだということ。
つまり、「悩み」といえどもあなたがしていることが、「自分」という者を見ているかどうかによって、異なる感情を得ているということ。
私の言ってることを理解できる?


ワタクシ :はい。「悩んでいる」ということがどうというのでなく、「自分」がいかに進めるための考えをもっているのかというところをおっしゃっているのかと思いますが、合ってますか?

内なる声 :うん。そこで、あなたがどのように考えているのかということを、見て欲しい。
セルフというものの理解をするのであれば、自分以外のところ、つまり、あなたが理解できない範囲の考えを巡らせていることが、その連携につながるとは思えまい。
その連携を望んでいるのなら、あなたが望んでいるのは何かということを、自分に問うということをする。
つねに、つねに。
そうでないこと、つまり、「何かがうまくいかない理由」、そして、「それを何とかする方法」といったことを考えているとき、「それでは何をどうしたいのかがわからないのだ」と気づいて欲しい。
あなたが理解できるのは、他の人のことでも、それ自体のしくみでもない。
あなたの中にある、「あなたという存在がどうしても求めているものとは何か」ということでしかないのなら、それ以外のすべての考えとは、無意味に等しくはない?


ワタクシ :そうであるとして、「私がこれまで考えてきたことは無意味」と思うのが正しいのだとすると、少し不思議な気がします。
これまでは、「自分がどうしたいかのみ考えていても仕方ない」といった、まったく反対の理解をしてたような気もします。
それは、本当にそれのみを考えてよいものと言えるのですか?

内なる声 :あなたが、何をどうしたいのかわからず、他に理解すべきこととはどんなこと?

ワタクシ :わからないと思いつつ、考えるべきと思っていたこととは、たとえば「この状況、そしてこの気持ちの中、どうすれば全体として自分の位置を見失うことなく、うまくやっていけるか」という理解を必要としてるのが普通、と思っていました。
「自分がどうしたいのか」を話すことによって、うまくいかなくなることも多いと思っていました。
そういう理解を覆すのを少し戸惑ってしまうのですが、それが、本来のこととおっしゃるのでしょうか?

内なる声 :あなたの考えとは、「あなたが、どうしたいのか」ということとは、他の者にしてみれば、「そんなわがままなことをするのか」というものに見える、といったようなこと?
さて、あなたが「本当にどうしたいか」ということを自分に訊ねるとして、本当に他の追随を許さぬ不公平な望みを持つと思うのかどうか、自分に訊ねてみて欲しい。
あなたが、本当に「自分」というものとの会話を成立させるのであれば、他の者を不快とさせる自己の独特な歩みにふけていくことを望むことなどあるまいと知る。
あなたの考えとは、恐らく表面化した自分の感情のことをいっているのであり、深く刻んでいる自らの望みといった真髄を理解しての考えにあらず。
そういう質問のとらえようを表すことそのものを、「自分」という者への理解のなさととらえ、もう一度私に質問して欲しい。


ワタクシ :はい…そうですね…
「表面化した感情」ではなく、「深く刻んでいる自らの望み」を理解するにはどうしたらいいのでしょう?
どうすれば、その区別がつけれるのでしょう?

内なる声 :あなたの考えの中、「自分がどうしたくて話しているのかを理解している」といった気持ちが揺らがぬものであるのかどうか。
それは、あなたにとって、「自分」という存在の求めるすべて、という確信を持っているかどうか。
感情の表面というものとは、他人の顔色を伺うというものである。
すべてを無にしたときにさえ、そこに残るものであるかと問えば、おのずとわかる。
あなたがもしもその区別をつけられると感じているのなら、現状の如何にかかわらず、あなたのすべきこととはそこから始まる一歩となり得る。
何をどうしたらいいかわからず、その一歩を踏み出せぬというのなら、すなわち、その一歩をあなたのすべてと感じず「ありきたりの行為」とするのなら、何をもあなたに訊ねていないと言える。


ワタクシ :「自分」という存在の求めるすべてですか…そうありたいですが、そうすることができないといった状況、そして、自分の考えをまとめられないといったことに悩んでしまうのが悩みの主なものと思うのですが、どう理解を進めればいいのでしょう?

内なる声 :まず、あなたが「何をどう理解したいのか」という話をしてないことを、理解してはいかが?
こういうすべてにおいて、まず「あなたが何をどうしたいか」を、おろそかにしてるということに気づくべき。
話をするにあたり、そして物事に対しての愉快・不愉快について語るにあたり、そして何をも「進む」といった考えをもって取り組むにあたり、あなたの考えとは、どこに向かっていくことを望んでいるのか。
心の中、それをおろそかにして話を混乱させていることを、理解できない。
つまり、セルフの言いたいこととは、まず、「自分は、どこを見てるかを、見てない」ということ。
だから、あなたは頭の中に浮かぶ考えを巡らせながら、心の中、「何を理解したらよいのかわからない」と感じている。
そうありながら、なぜ、「自分という者の理解をしていくべき」という、あなたの基本とするところを飛ばすことを選んでいるの?


ワタクシ :いま、私自身、「何をどうしたいか」を、おろそかにしてるとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声 :あなたの中、すでに理解したいことをもっているため、そうして理解できぬことをもどかしく感じるのだと言ってる。
そのようなことが、わからないといった感覚を、もう少し見直すことを始めてみて欲しい。
あなたが本当に「何もわからぬ者」としての会話をしてるのであれば、そのようなもどかしさ、そして進んでいかないことの悲しさ、理解をできることへの望みを抱くこともあるまい。
「わからない。」それで終わるはず。
何をわかっていくのを望んで、自分がそこに発するものを創るのか、わかっていくことを望んでいるのでは?


ワタクシ :とすると、私はあなたに聞くのではなく、自分に訊ねてみるのが先ということでしょうか。
いまは、その方法を知りたいとして、対話してるのであるのに?

内なる声 :そう。まず、あなたは、その方法を知っている自分に訊ねるということをしないといけない。
あなたが、それを知っているにもかかわらず、私がその方法を教えるのを待ってるから、そのように気持ちのすっきりしないことを考えている。


ワタクシ :では、あなたにはどのような質問をしていけばよいのですか?

内なる声 :あなたがそれを自分に訊ね、「何をどうしたいか」を理解して、その方法をうまくすることを望んでいるというのであれば、私はそれをうまくする方法を教える。
あなたは私に、「自分がどうしたいのか」を聞こうとしてる。
それは、あなたが自分に聞くことであり、私に聞くことにあらず。
それを混同せず質問するのなら、次回に答える。
わかった?


ワタクシ :えぇー…( ・д・;)
う…いや、あの、うーん…
それで、進めるようになるのでしょうか?

内なる声 :そうでないと進めないという話。
では。


ワタクシ :困ったな…。
はい。でも、次回に続きます。ヨロシクです。

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