スピリチュアルな存在と、あなたが、心ゆくまで
   対話をするという新常識。『人生を変える対話


2010年08月20日

「どのように考えるのか」ということ

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話です。


ワタクシ :お盆休みをいただいていました。久々の更新ですが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。あなたが最近考えていることを話してみて。

ワタクシ :最近ですか?夏バテ気味で疲れてます。ずいぶん前から考えている、新コンテンツの作成を急ぎたいということと、今後のメルマガの展開について、考えています。

内なる声 :そう。それで、どんな感じになっていくの?

ワタクシ :具体的にはこれから考えていきますが、もっと分かりやすく、楽しくできればいいなと思うのですが。実際にはあまり進んでないです。

内なる声 :それで、どのように展開していきたいの?

ワタクシ :メルマガのお話ですか?

内なる声 :メルマガも、新しいコンテンツも、どうしていきたいの?

ワタクシ :メルマガについては、あなたがいろいろ教えてくださるとのことなので、楽しみにしていてよろしいでしょうか?

内なる声 :そうだね。これから、いろいろなことを、教えていきたいと思ってるよ。

ワタクシ :本当ですか?では、新しい知識を理解できると期待しててよろしいでしょうか?

内なる声 :いいけど、新しい知識を理解していなかったの?

ワタクシ :そうではないですが、ポジティブ・シンキングついての理解力は、自分にとってまだまだのような気がします。もう少し理解力を伸ばせるといいなと考えています。
これまで、たくさんのことを教えていただきましたが、頭で理屈を理解できるようになっても、心がついていっていなかったりといったこともしばしばあります。
メルマガや、ブログの読者の方の中にも、同じように感じている方も多いかと思います。ここから、どのように理解を伸ばしていけばよいでしょうか?

内なる声 :あなたが理解できていないことを、皆に伝えようとすることをできないと考えているのを知ってるよ。だけど、私がいろいろ話している中、気づくことや理解できることが増えているのではない?もっと理解したいと思う理由を、どこに持っているの?

ワタクシ :そうですね。「まだまだなので、もっと理解したい」と考えること自体、ポジティブ・シンキングではないのかな。でも自分はまだ、理解すべきことがあるのだろうと感じ、もっと理解できれば、もっと楽になれるのではないかなと思うのです。間違っているでしょうか?

内なる声 :うん。その考えを持って生きるのなら、あなたが楽になれる日は来ないのかもしれない。なぜなら、あなたにとって、いま現在の思考を上回ることが目標なら、そのことについての評価を加えていくことになるだろう。そうすると、いつまでも足りないことに嘆いている状況をつくるからね。

ワタクシ :そうですか…。では、どのように考えていくのがいいのでしょうか?

内なる声 :「どのように考えるか」、ということを、考えないようにする。あなたが、「どのように考えるのか」を考えても、解決はしないだろう?考えない。わかる?

ワタクシ :はい。「どのように考えるのか」を考えないで、どんなことを考えればいいのでしょう?
…あれ?また、「どのように考えるのか」と考えてますかね…

内なる声 :「どのように考えるのか」という質問を繰り返すのをやめて欲しい。「どのように考えるのか」を、誰かに決めてもらう質問に終わりを告げる。「どのように考えるのか」を、放棄するのを控えるべき。あなたが、「どのように考えるのか」ということに、責任をもつ。

ワタクシ :それが最も難しいことのような気がします。そうできるための方法を、しっかり理解していきたいのです。

内なる声 :そうだな。まずは、何をもってあなたの考えを進めようとするのかというところを、しっかりと気持ちの求めるままに理解するべき。あなたがしたいことを、考えようとする前に、「どういうふうに考えるべきか」という考えになる理由を、知っておこう。
あなたにとって、あなたが「したいこと」を考えられない理由を持っていると信じるときに、そうなると思えばいい。「したいこと」を考えられない理由を、何か持っていると思うだろう?


ワタクシ :そうですね。理由はいろいろあると思ってしまいます。

内なる声 :だからね。あなたのその「理由」について考えていれば、「したいこと」をするために、あなたの「理由」をなくしていくまで、考えられないといった気持ちになる。そうでなく、考えられると知ってみれば、そんなことを「理由」にしなくてすむよ。

ワタクシ :たしかにそうですね。私の場合、「したいこと」のイメージはいろいろあって、それを形にしていく段階で、進まなくなることもしばしばあります。そんなときの自分は、確かに「したいこと」を考えられない理由を、持っているからだと思っています。そんな時、では「どういうふうにに考えるべきか」というところに行かずに、どうすればいいのか。いろいろ「理由」はあっても、「したいこと」に集中するにはどうするのか、ということだと思うのですが…難しいです。

内なる声 :難しいというのなら、「するべきこと」をすればいい。「したいこと」をするよりも、「するべきこと」をする方が、楽なのだろう?

ワタクシ :気持ち的には楽でなくても、作業的には楽かもしれません。「したいこと」をするよりも、「するべきこと」をする方が、簡単なのだと思います。

内なる声 :そうだな。簡単というのは、あなたがそのやり方で慣れていることを「するべきこと」としていて、「したいこと」を、「新しいやり方」と考えているからだね?そのやり方を試してみることを、できない「理由」をつくっているのは、なぜかな?

ワタクシ :つくっているつもりはないのですが、自らつくっているとおっしゃっているのですか?

内なる声 :自らつくってないと?

ワタクシ :はい。「新しいやり方」を始めるための準備時間や、作業や案が必要なのは、当然だと思います。それがうまく進まないことも多くあります。

内なる声 :多くあるのなら、あなたが特別なわけではないのでしょ?

ワタクシ :そうですね。特別なわけではないですが…

内なる声 :特別なわけではないが、「特別」のように考えているのを理解できる?

ワタクシ :はい。「自分の場合は、特にそうだ」ということを考えている自分がいたりしますね。

内なる声 :特別なわけでもないことを、まるで特別のように考え、先延ばしにしたい自分を感じるなら、少しあなたの考えを理解できる方向へと向かわせることができるのではない?

ワタクシ :つまり、自分のやる気次第というようなことでしょうか。

内なる声 :あなたの考えを、難しくしているのを、あなた以外の者への理屈に変化させているあなたを理解するならば、わかることがわかってくるという話。あなたがただ、「やる気がないので」と言わず、「時間がない」というならば、前に進まない。

ワタクシ :以前、やる気が出ないときについてのお話しをしましたね。「やる気が出ない」とは言いたくない自分がいるのです。「やりたいが、なかなか進まない」と考えています。

内なる声 :「やる気が出ない」のではないのなら、そこにあなたの意志を邪魔するものの存在があるかのように話そうとしているだけのこと。「やる気が出ない」というのなら、単純に、あなただけの問題となる。

ワタクシ :うーん…しかし、単純ではないし、「やりたい」と思っている自分がいます。それが、「特別」のように考えているということですよね…

内なる声 :やる気を出したいのなら、それらのことを考え、「やりたい」ことを「できない」理由を考え、その考えをクリアにすることで、「できるようになる」ことを可能に考えているかどうかを検討すること。あなたが「できるようになる」ことを先延ばしにしているのかどうか、確かめてみればどう?

ワタクシ :そうですね。それが、「どのように考えるのか」ということに、責任をもつ、ということになるのでしょうか。

内なる声 :そうだな。このことについては、もう一度、来週にも話していくことにしよう。あなた以外の者の意見も、聞いてみたいね。

ワタクシ :はい。では、関連のご意見・ご質問がありましたら、コメント欄に書きこんでください。それでよろしいでしょうか?

内なる声 :そうだね。ではまた来週。

ワタクシ :はい。では、また来週(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 04:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年08月26日

「したいこと」についての理解

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話です。

ワタクシ :今週は、前回の対話の続きということでしたが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。あなたが理解できたことを、話してみてくれる?

ワタクシ :はい。前回、「したいことが進まない」ということについてお話ししましたが、「やる気がない」ということとは、また違うような気がしていました。あなたは、「できるようになる」ことを先延ばしにしているのかどうか、確かめるようにとおっしゃいました。
それからしばらくして、「したいこと」関連の本をめくっている時に、一つのアイディアが浮かび、そこから次々と、新しい案が思い浮かびました。そのあとは、時間を忘れて「したいこと」に取り組んでいる自分がいました。「やる気が出てきた!」と感じることができました。
しかし、それまでの間、やはり「やる気がなかった」というわけではなかったのだと思いました。
つまり、こういった、ひらめきを得られない状態での、「したいこと」に対する、自分の中でのイメージが気に入らないがために、「やる気を出したいが、でない」という状況であったので、「やる気がない」のとは違うと感じていたのだとわかりました。

内なる声 :それで、何を学んだと思う?

ワタクシ :「何を学んだか」ですか?
うーんうーん…何を学んだか…
ちょっとそれについては、いま答えが出てこないのですが、気づいたことがあります。
一つは、確かにそういう意味では、「できるようになる」ことを先延ばしにしている自分がいたということ。しかしそれは、悪いことではなく、「したいこと」を、より良いものにするという意味では、必要なことだったのではないかということ。
もう一つは、こういう状況は、必ずまた何度でもやってくるのではないかということ。しかし、その状況の中で、「自分はより良い状況を求めているがために、こういう心境になっている」と考えるのは難しいのだということ。
いま書いていて思ったのですが、この理論は、これまであなたが、メルマガ等を書く上で、教えてくださった内容と変わらないですね。

内なる声 :そうだな。一つ言えるのは、あなたがこれまで教わったことを、「実体験している」という気持ちを持って取り組んでいることが、「学んでいる」ことだということ。それで、あなたが思うに、その実体験は、果てしなく続くと、理解できるのだろう?
あなたはいま、「教科書」に載っていることを、身をもって体験し、あなたがその事実を確認しながら、あなたの身につけようとしている段階と考えてみて欲しい。頭で理解するのは簡単でも、体に染みていくという経験をしなければ、何をも理解できないに等しいとわかるだろう。


ワタクシ :はい。しかし、このようなことは、「教科書」になど載っていませんよね。あなたの教えを「教科書」にできることを、うれしく思います。

内なる声 :そう?ではもっとその理解を深めていこう。あなた以外の意見も入ったようなので、紹介してみて。

ワタクシ :はい。下記のご意見をいただきました。


こんにちは!毎日楽しみにチェックさせて頂いております(^_^) 迷路に入ってしまいそうなお話で、すごく自分にも当てはまるところがあり、少し書き込ませて下さい。
したいことを考えられない理由を持っているときに、単純にその理由だけの話なのか、あるいは本当はしたいと思いこんでいるだけで、本心はもっと深い別のところにあるのかもなんてことを考えてしまいます。 それゆえ人は「するべき」になってしまうのではないでしょうか?
「したいこと」には出来ない理由はなくただ純粋にしたいだけで、一歩一歩前へ「進みたい」になるのではないでしょうか。 進む中での問題は「解決しなければならない」から「解決していきたい」と変化していくように思われます。
その時問題は問題でなくなるような気もします。 そう思えないのは自分のやりたいことではないのかもなんて自問しながらの日々です。 これは私の場合なんですが...(^_^;) 誰しも自分は特別でありたいと思っていると思いますよ。私もそうだったらいいなと思いますし、そのことで人の役にたてるならなんて考えたりもします。
ジョニー 08/22 16:42



ワタクシ :なるほど。本当は「したい」と思いこんでいるだけで、本心はもっと深い別のところにあるのかもしれないし、そう思えないのは自分のやりたいことではないのかもしれない、というご意見ですが、いかがでしょう?

内なる声 :そうだな。「したいこと」ということについて、ちょっと話しておこう。あなた方が「したい」と考えるにあたり、あることを確認してほしい。
それは、あなたが「しなくていい」あるいは、「してはいけない」という状況に追い込まれたとしても、それでも「したいのかどうか」ということ。それが、「本当にしたいかどうか」を確認する、一つの方法であると思ってみなさい。
それから、あなた方が確認するもう一つの方法がある。それは、「せずにいれば、どうなるか」ということを、考えるというもの。「そのことを、あなたの人生から、除外するとすれば、あなたの心の中に、どんな感情を生むか」と考えようとしてみること。その時、あなたの「したいこと」の度合いというものを、理解するだろう。


ワタクシ :なるほど…ただ、ほとんどの場合、「したいこと」というのは、最初、漠然としたものであり、そういった検証は、難しいことのような気もします。それについてはいかがでしょう?

内なる声 :検証するということに至るまでの、漠然とした「したいこと」を、具体的に変えていくまでに、あなた方の学びの多くはそこで得られると考え、あなた方を追い立てるのをやめ、「したいことがない」という自分を見つめる時、何を感じるのかをみてごらん。きっと、「したいこと」を見つけていこうとする自分のその感情を、「それがしたいこと」と理解できるよ。

ワタクシ :わかりました。ほかにありますか?

内なる声 :今週は、ここで終ろう。また来週。

ワタクシ :「内なる声」へのご質問は、コメント欄よりお願いします。
それでは、また来週(⌒▽⌒)ノ



posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年10月14日

「内なる声」のメッセージ

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

久々に、「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。あのね、いろいろ話をしたいのだけど、かまわない?

ワタクシ :え?はい。いろいろ?なんでしょう?

内なる声 :あのね、あなたがいま、どのような形でメルマガをつくっているのかを話す。そうすると、あなたがこれから、どのような形で、私の教えを伝えていくのがいいのか、わかるだろう?

ワタクシ :はい。何を話すのがいいのかわからないですけど、メルマガがわかりやすくなるのでしょうか?

内なる声 :そう。メルマガのことを話す。まず、あなたがおこなっている、つくり方を話してみて。

ワタクシ :メルマガの、「内なる声よりのメッセージ」のつくり方ですか?まず、あなたとたくさん話をして、その中でのテーマを考え、抜粋して、メルマガに仕上げてます。
あなたが毎週、そのまま話した文を載せればいいのかと思いきや、ちっともまとまった文を仕上げてくれないんですもの。だけど、以前のメルマガでしていたように、自分の考えをまとめるのでなく、あなたの文を抜粋するのでよくなったので、今後の方向が楽しみですね。

内なる声 :方向を決めるのは、私なので、心配いらない。いま、メルマガについて話しているので、ちょうどいいので伝えるけど、今後、あなたのわからない部分を理解する内容をたくさん伝えるので、楽しみにして。

ワタクシ :それは楽しみです。でも、すでにたくさん、ためになる文をいただいてるのですが、どうまとめていくのがいいのか迷ってます。

内なる声 :そう?でも同じ説明の中のどの文を抜粋するかという程度の問題。あなたに話すべきことのすべてが、きちんとわかるような状態になっていくよ。

ワタクシ :そうですか。よかったです。それで、何を他にお話するのでしょう?

内なる声 :だから、メルマガの話。いま、どのように考え、つくるのをおこなっている?

ワタクシ :いまですか?じつのところ、どうなることなのかわかってません。だって、あなたのメッセージなので、わからないんですもの。どうなっていくのでしょう?

内なる声 :それを、少しわかるよう説明しておこう。あなたたちにメッセージを発しているのが私であるのが間違いないが、あなたたちに教えを説くのが目的でない。
きっと、私の教えを見つける者を対象とする教えを、受ける場があればよいのだろうとの、はからいと考えて欲しい。あなたがたが見つけ、そこにヒントを見れるのなら、それをあなたがたの糧として、理解してもらえばいいのだ。あなたがたにとって、それ以上の意味を考えなくともよい。


ワタクシ :はぁ…。「それ以上の意味」って、どんなことでしょう?

内なる声 :たとえば、あなたの知りたい問題の答えを探すような感覚で読んでいて、答えを見つけられないという気持ちをもつのなら、私の言う意味を少しもわかってないのだと知るべき。そうでない?
それを、自分の中にあるものと考え、自分の中にある矛盾をなくしていくことを目的として欲しいのだよ。わかる?


ワタクシ :うーん…ちょっとわかりにくいです。「自分の中にあるもの」とは、何でしょう?

内なる声 :自分の中で、ひっかかることを見つけられるのなら、それを自分の中にあるものとして、見て欲しい。「私の教えにないもの」と見られても、教えられぬことだから。

ワタクシ :んー…つまり、あなたから「何らかの答えをもらえる」と思っているのだとすれば、それは、あなたの「教えに出てこないもの」でなく、その問題を「自分の中にあるもの」と考えればよいということでしょうか?

内なる声 :そうそう。あなたはよくわかってる。あなたたちが、今後、メッセージの中で、感じていくさまざまな疑問や、理解できぬものを感じる時、それをすべて「自分の中にあるもの」と考え、その答えを待つのをやめて、「知ろうとする」のが大切。

ワタクシ :「知ろうとする」ですか。どうやって、理解できるようになるのでしょう?

内なる声 :それを、どうしておこなうのかということを、考えるヒントを送ろうとしているのだ。だから、それぞれのテーマを、見つけやすくなると思う。

ワタクシ :そうですか。それで、今後の展開を楽しみにできます。多くのことを、どのような形で、語っていくつもりでお話されているのですか?

内なる声 :大きな問題を解決するにあたって、小さな問題を放っておくのが良いわけでないのだとすれば、まず、小さなことをも含んだ内容をさらりと述べ、そこから、さらに詳細へ、高まる知識へ、広まる世界へ、移動していこう。しかし、詳細を述べるにつれ、高く広くという知識への移行を難しくする。考えないといけないね。

ワタクシ :はい。どのくらいの時間をかけて、伝えていくおつもりなのです?

内なる声 :それが決まってないので、どうするのがいい?

ワタクシ :そんなこと、わからないっす…。どうお考えなのでしょう?

内なる声 :じゃあ、とりあえず、何年かやろう。それでいい?

ワタクシ :何年かですか。そんなに続くのであるのなら、いまの教えなど、まだ序の口なのでしょうか。

内なる声 :序の口というより、序章を書いて間もないのでない?どうして?

ワタクシ :この先、そんなに多く、長く教えをいただけるイメージがまったくわかないので、わからないんです。

内なる声 :あなたがわからないのであれば、読んでる者も一緒に進んでいくのだよ。いいのでない?

ワタクシ :はい。そうですね。楽しんでいきます。

内なる声 :では、それぞれのテーマを理解するにふさわしいメッセージを、楽しみにしていてね。

ワタクシ :「それぞれのテーマを理解するにふさわしい」内容になっていくのですか?

内なる声 :それぞれのテーマというものを、見つけていけると思う。それを考えておいてね。

ワタクシ :はい。では、頭に置いておきます。

内なる声 :それでいい。ではまた来週。

ワタクシ :はい。また来週お会いしましょう。

●メルマガ
万事良好!もう「いい気分」になることを忘れない!




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 22:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年11月11日

「本当の現実」を想像してみる


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。あなたは最近、どんな感じ?

ワタクシ :どんな感じ、ですか…?
そうですね。まず、ホームページを、少しずつ改良して、リニューアルしてました。これから、もっと新しいものを取り入れていく準備として、整理してました。
はじめてホームページにやってきた方にもよくわかるように、「いい気分ドットコム」早わかりガイドを改良して、特に
管理人について
の部分を詳しく説明できたので、良くなったかなと思ってます。
このホームページの中で説明しづらかった、あなたについての説明をすることを、できるようになってきたような気がします。

内なる声 :そう。それで、どう考えてるの?

ワタクシ :何について、ですか?

内なる声 :その説明について。

ワタクシ :あなたをパートナーとして、新たな考えを得ていくヒントやサポートを提供している、という、単純な説明をすることができるようになったのが最近になってのことという事実が、自分でも不思議なのです。
あなたの場合、すべてを「おこないながら理解させる」という方法をとられるので、私の理解が及ぶまでに時間がかかっているのです。
変な話ですよね。自分のホームページの説明が、なかなかつかないなんて。
あなたのことも、すべてはっきりと説明できないのは、私が皆と一緒に理解していくしかないということなのでしょうか。

内なる声 :私のことをはっきり説明できなくても、あなたが理解していることを表現するなら、誰もあなたの理解についてとやかく感じることもない。
あなたが自分で感じるのに、誰かの意見が必要なの?


ワタクシ :あなたのことを、自分なりに感じて、それぞれに理解してもらえばいいのだという考えが、当初の私にはなかったと思います。
それでも、あなたが最初からそう話してきたという事実が、私には不思議なのです。
あなたはいつも、最初から多くを語らず、「やりながら理解していく」ように促されるのですが、それについて、どのように考えていらっしゃるのでしょう?

内なる声 :やりながら理解せずに、いま、すべてを理解させることができないのだから、そうするしかない。
あなたは、いつも理解してから進めたがるね。


ワタクシ :はい。私の理解があって、進むのが当然と考えてました。
だけど、こんな方法もあるのですね・・・。

そういえば最近、あなたがメルマガで教えてくださってることについて、よく考えてます。
「この場合、愛の方向って、どっちだろう」とか。いろいろ教えていただいてますが、まだ理解が足りないのだと感じます。これから、もっとわかるようになっていくでしょうか?

内なる声 :どんなことが、知りたいの?

ワタクシ :そうですね…。あなたは、メルマガでの説明で、「困ったことを、なくそうとすることを望みとするのは早計である」と説明されましたが、やはり、「困ったことがなくなる方法」を誰もが知りたいのではないかな、と感じます。
これから、そちらの理解もできる内容になっていくでしょうか?

内なる声 :「困ったこと」というのが、「愛」ならば、困らなくなる方法を理解できる。
困らなくなるのなら、かつては「困っていたこと」も、「困らないこと」に変わるね。


ワタクシ :それは、「現実」に起こっていることはそのままであっても、自分が「困らない」と考えるようになるということでしょうか。
それとも、「現実」に変化が起こるということでしょうか?
誰しも、後者を望むと思いますが、いかがでしょう?

内なる声 :なんだか、「そんなことを理解したいようでは理解できまい」と思う質問ではあるけど、恐らくその部分がネックになるのだというのなら、こう言える。
あなた方の質問の多くを、「困らないようになりたい」とするものだとすれば、困るのは、あなたがたが「困っている」という認識のもとに動くからだよ。
困らないためにすべきこととは、あなたがたのその認識を、困らない場所に移動させないとね。

つまり、あなたの言うように、「困らない現実」なしには、困るのでしょう?
ならば、「困るという現実」は、不動にはならない。
私の話すことは、必ず「困らない現実」を創るものになるよ。


ワタクシ :そうですか・・・。
でも、いまの自分には、とてもそうは思えないことって、多いですよね。
どうすれば、自分が考えている以上の理解を得られ、「困ったこと」をなくして、ラクになれると信じる気持ちを不動にできるのでしょう。

内なる声 :動かしたくない「気持ち」を不動にできず、動かしたい「現実」を不動にしているほうが、不思議なことだと思えない?

そうだな、例えば、「現実」がどうあるのかはともかく、あなたの「現実」と異なる「現実」を創ってみてはどう?


ワタクシ :えっ?私の「現実」と異なる「現実」???
どういうことでしょう?

内なる声 :あなたが「現実」として見てるものが、実のところ「現実でない」のが真実だとして、それでもあなたが、「困ったことのある現実にいる」と考えようとするのがわかる?
だけど、私が思うに、それはあなたの「現実」ではなく、「想像の産物」なんだよ。

例えば、「現実の行方が悪い」というのが「現実」と思っているようだけど、ちっとも悪くないのに・・・とか、そう見える。
だから、「現実ではない現実」を見ようと想像してみれば、「本当の現実」のほうへ近づけるかもしれない。


ワタクシ :ははぁ…。でもそれって、世に言う「ポジティブ・シンキング」そのものですよね。
あなたには、本当に「ちっとも悪くない」ように見えるのでしょうか?
つまり、「愛」しか見えないということ??

内なる声 :「愛」しか見えないのではなく、「愛を見る」のだよ。
「ポジティブ・シンキング」ではない。真実を追う。

あなた方が、どんなふうに「現実」を眺めようとも、私の見ている「現実」とは違う。
だから、「自分の現実」ではない「現実」を探そうとしてごらん。
面白いのではない?


ワタクシ :面白そうです。・・・そして難しそうです・・・。

内なる声 :知ってるよ。では、このくらいで今日は終わり。

ワタクシ :はい。
「内なる声」への質問は、コメント欄よりお待ちしてます。

それでは、また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2010年12月02日

次回は未定です。


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」との対話です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。あの、どうしてこのブログ、してるの?

ワタクシ :えっ 煤i・ω・;ノ)ノ
なんですかいきなり?

内なる声 :うん。何となく、その話をしてみたい。

ワタクシ :その話?どうしてこのブログをしてるのか、ですか?

内なる声 :そう。何でしてる?

ワタクシ :私がなぜこのブログをしてるか、ですよね…うーん、一番大きいのが、あなたが「このブログを参考にして、いろいろ考えている人がいるので、続けて欲しい」と言ってたことですけど…
あと、あなたとの対話がどんなものかを知ってもらう「場」としての意味もありますし…
有料の個人サポートを望まない方が、無料でご質問できる「場」という意味もあるかと思います。

内なる声 :そう。でも、あなたの楽しみの「場」という意味はない?

ワタクシ :あ、そうですね。いろいろ理解を進められるので、楽しい「場」という意味もありますね。

内なる声 :それで、何を目的として、ブログを書いていく?

ワタクシ :うーん、そうですね、あまり、いまご質問のない状況なら、ブログで「質問に答える」という目的もないですけどね。何を目的とするか…うーん、本当に目的としたいのは、個人サポートで、あなたと直接「対話してみよう」と思っていただくことなんですけどね。
ここで「対話」してるのは私とあなたであり、ご質問された方も、その他の方も見てるだけになるし、実際自分のことを自分の言葉で話し、「対話する」のとは、違いますよね。

内なる声 :うん。では、質問の内容をどうする?

ワタクシ :え?「質問の内容をどうする?」って、何でしょう?

内なる声 :どんな内容の質問をここでして、どんな内容の質問を、個人サポートにして欲しいの?

ワタクシ :私はどんな内容をどちらに質問されても、いいですよ。だけど、回答の内容が、個人に向かって追求できるのか、全体に向かって発するにあたり、私が代わりにお話するのかで、違ってきますよね。きっと。べつに、ご質問のない状況なら、それはそれで、よかったと思いますし。

内なる声 :ふーん。何も質問のない状況って、どんな状況?

ワタクシ :「何も質問のない状況」ですか?うーん…「べつに、何も悩んでいない」状況か、「いまのところ、どう考えればいいのかはわかっている」状況か、「何をどう質問すべきか、わからない」状況か、どれかですかね。

内なる声 :そう。では、「何をどう質問すべきか、わからない」状況を、有している人だけ、質問する可能性をもつわけ?

ワタクシ :あ、そうですね。そうか…「何をどう質問すべきか、わからない」状況で、どうやって「何をどう質問すべきか、わかる」状況になるのかな…うーんでも、質問がはっきりしてて、その答えを知りたいのなら、質問しますよね。個人サポートで「対話」している方もいらっしゃいますし。

内なる声 :そう?

ワタクシ :ん?そうじゃない人もいらっしゃるかもしれない。いえ、いらっしゃるでしょう。ま、でも、それはその人の自由ですよね。ここですべての回答を得られるとは限らないので、様子をみたくもあるのではないかと思います。ね。

内なる声 :うん。まあ、自由であるのなら、少し休んでみるのも、自由。質問もないようなので、お休みしよう。

ワタクシ :えっ?来週のブログですか?

内なる声 :困る?

ワタクシ :えーと…私は困らない。だけど、「何をどう質問すべきか、わからない」人がいるとして、どうすれば「質問」できるようになるのでしょう?

内なる声 :「質問」しなくても、わからないことをもたないのなら、「質問」の必要もないよ。

ワタクシ :そうですね。いま、メルマガであなたのメッセージを載せていますので、それにヒントを求めている方も多いのではないでしょうか?

内なる声 :なら、それでいい。何を必要としているかを理解できればいいのでは?

ワタクシ :あ、なるほど。「いまの自分に必要であることを追求したい」とすることがあれば「質問」になるのかもしれません。しかし、「質問」をするのって、難しいものなのかもしれないですね。いまの自分の考えをきちんと整理できることを、前提とするのかもしれません。

内なる声 :前提とするのは、「いまの自分の考えを整理すること」じゃないよ。「自分の考えを、整理しようとする気持ちをもつこと」だよ。

ワタクシ :そうですね…そうか。「整理できてから質問しよう」とすることに意味はないのかな…

内なる声 :まあ、いい。では、「質問」についてそれぞれに考えてもらうとして、休憩。

ワタクシ :はい。ご質問が入れば回答、ということにするのでしょうか?

内なる声 :うん。そうする。

ワタクシ :では、ご質問のある方は、コメント欄よりどうぞ。
とりあえず、来週のブログは休憩しますか。

内なる声 :そうだな。あなたも「質問」を必要としてないのなら、そうすれば?

ワタクシ :そうですね。では、そうしましょう。
ではまた、次回(未定)にお会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

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