スピリチュアルな存在と、あなたが、心ゆくまで
   対話をするという新常識。『人生を変える対話


2011年04月29日

経験へ繋げるということ


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :ブログを更新したいのですが、よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。そうだな、今回は、あなたに必要なことを話してみよう。
あなたが、いまおこなっていることは、これまでの経験から得ているものを教訓として、何をするかを考えたものだね。
いま、あなたが、おこなっていることを挙げてみてはどう?


ワタクシ :いま活動していることを、挙げてみるのですか?
まずは、メルマガやホームページであなたの教えを更新していること。そして、このブログを書いていること。それから、「自分」についての理解を深められる媒体を創ろうとしていること。
それから、メールでのサポートや対面サポートやハイヤーセルフのメッセージを送ったり、日々いろんなことをあなたとお話したりすること。
そういう感じであなたに教わっていることの理解を深めています。

内なる声 :そう。その中に、あなたがよくわかってない作業はある?

ワタクシ :よくわかってない作業…?うーん、わかってないというか、あなたの教えを理解してやっていかないと、どれもできないかな。そうですよね。

内なる声 :じゃあ、あなたが、これまでそうしてきてよかったことは何?

ワタクシ :よかったこと?えー、それはもう、どれも私が驚くばかりのことですよ。
だけど、やっているうちに、慣れるというのは恐ろしい…。いちいち感動することなく、「ああ、更新しないと」と思ってやっていることが多いですね。実際、作業を始めると面白くなって、そして「疲れたー」と思って終えてる感じ。
だけど、私は早く、自分があなたの教えをわかりやすく表現できるようになりたいです。あなたが話すことを理解して、自分の表現によって、明らかにするということを進めたいと、いつも思ってます。

内なる声 :なら、私ともっと話をしないといけないね。
さて、ここで少し考えて欲しいけど、あなたがそんなふうにおこなっていることで、何が変わっているのだと思う?


ワタクシ :うーん。それは、私の理解が進んだり、人生においての理解を深められたり…そして、それを発信することができるのだから、読者の方が何かを得てくださることもあると思っています。
そうではないのでしょうか?

内なる声 :うん。そうなのかもしれないが、あなたが、コントロールすべきところはどこかということを、わかってないのが少し見えているということ。
あなたが、コントロールすべきはどこにある?


ワタクシ :最近、あなたはよく私にそういうことを言われてますが、コントロールすべきことをどこにおいていればよく、どこがいけないのか、ちょっとわからないのです。
私は、「自分の理解を進めればいい」と言われるので、そうしようとしてますが、何かいけないところがあるのでしょうか?

内なる声 :いけないのではない。あなたの理解を進めることを考えるのが、あたりまえなのである。
しかし、そういう考えの中、あなたの理解とは進んでいる?


ワタクシ :進んでいるかどうか、はっきりわからないけど、あなたの教えを聞いてまとめる作業をしているのはすごく勉強になるし、日々、いろいろ考える助けになっているのですが、それだけではいけないと言われているのでしょうか?

内なる声 :だから、そういう作業についておこなっているのを、「進んでいる」と、とらえているのはよくない。しかし、あなたがその作業を理解することで、進むための知識は得られる。
ところが、「そのような知識を必要」と考えるのならば、「その知識のない者は進めないのか?」というと、そうではない。あなたが「進む」というのは、常に自分の意図を反映させているということであるのを知って欲しい。
その方法・その考え・その知識についてのことばかり見ていては、あなたの理解は進められない。
つまり、あなたがしていることとは、「マニュアルを読んでいる」ことなのか、「そのマニュアルを活かし、操作することを楽しむのを進めている」のかという話。
ところで、あなたは、マニュアルを読みながら、実際のその方法を試すということをしている?


ワタクシ :はい。もちろん、あなたに教えていただいていることを、実践しようとして、またわからないことがあれば質問して、それをメッセージとして発信するというように、うまく回しているつもりなのですが…。

内なる声 :そう。ならば、その実践していることが進めば、教えも進むということ。ただ、その「教えが進む」ということが、あなたが「進む」ということではない。
あなたにとって「わからないことを質問していく」ということが必要なのではなく、「質問できるということは、そこまでの考えを理解できている」ということになっていると、わかるのだろう?
だからあなたは、「質問することがない」という状況になることがない。
つまり、あなたという存在の役割とは、必ずその教えを実践し、その実践後の確認をするという作業の提供をしようとするもの。
そうでない教えを、そこに記すだけの役割など必要ない。
いま、それを理解している?


ワタクシ :それは、いつも考えています。私が進まなければ、何もできないなと。
だけど、やっぱり難しいなと思っています。こういう作業を通して、本当にいろいろ感じています。あなたのメッセージを発信しながら、どうすればその実践ができるようになるかも、あわせて考えています。
だけど、読者の方々は、どのようにこの教えやメッセージをとらえていくのでしょう。
私は、自分の理解を伸ばすことを考えるようにと言われていますが、他の方にとってそのメッセージとは、どんな役割を果たすのでしょう?

内なる声 :うん。それは、「メッセージを読んで理解するということによって、その者の理解が進むというわけではないというところを、わかって欲しい」と思うところに留まる。
つまり、あなた方に何を話すときにも、つまりはあなた方が、その実践のとらえ方をどのようにおこなうかというところにゆだねられている、というふうに説明せざるを得ないと言える。
ところが、あなたも、そのメッセージを読む者も、その実践を進めるにあたって重要と思うところを見間違え、「理解すればそれで満足」という考えをもったり、その理解を忘れたりする自分に気づかず、その事実を傍らに置いている節をもつ。
どうしてそういう節をもつのかといえば、そうしているのが例えば、あなたにとっての擬似的な喜びになっているとすれば、「その擬似的な喜びについての理解が深まることにしかならない」ということに気づいていないためといえる。
理解とは、その理論を解し、その経験へ繋げるというところへ向かわずして得られるものではないということがわかってこないといけない。あなたにとって、理解とは、その理論を解すというところでは満足できないということが、わかってくるのではないか。
どう思う?


ワタクシ :そうですね。
つまり、頭の中でわかっていることと、きちんと実践できるようになっているかどうかということが、伴っていなければ無意味と思いますが、そのあたりをどうやって自分でわかることができるのですか?

内なる声 :あなたがその実践を伴わなければ、その教えを進めていくことが留まっていくということになる。
ただ、あなたが進んでいても、それを見る者がその理解を進められなければ、あなたではなく、その者が感じることが伴わなくなる。
つまり、教えが進んでも、あなたと共に進むかどうかは、あなたが決めれることではない。
だから、あなたができるのは、人を理解させることではなく、自分の理解を進めることだということ。
そのメッセージを、どのときに、どのように理解するのかを、あなたの発するものによって、変化させられるものと考えないこと。
そこが、わかっていれば、いいと思う。


ワタクシ :なるほど。だからこそ、こうしていろいろなメッセージを、いろいろな段階で発して、残していることに意味があるのかも知れないですね。
多くのメッセージの中、何を感じていただけるかということは、それを読む人にゆだねるしかないということですね。

内なる声 :そう。だから、そういうことを常に頭において、あなたの理解をどう進めるのかを考え、あなた以外の者を、その理解の範疇におさめること目的にするのではなく、ただ、「自分の理解というところを、それぞれに大切と考えるためのもの」として、何を提供するのかを見て欲しい。
あなたは、「自分」という者を理解する以外のことを、可能にしていない。
だからといって、他の者の考えを無として提供するのは、おかしいと思っているのだろう?


ワタクシ :はい。そうなんです。最近、そのあたりの考え方がよくわからないことも多いのです。

内なる声 :だから、あなたにとって、その考えが定まってくることが、大切と考えて進んで欲しい。
他の者は、それぞれの理解をどの段階において見るかという、自身の判断が必要になっていることを知っている。
それを、あなたは知ることはできない。
だから、ここにきて、あなたが読者への考え方について「どう考えればいいのかわからない」といったことをもつようになっていることを不思議に感じず、あなたがいまその段階にあるとして受け取って、さらに「自分」を理解しようとするかどうかということを考えてみて欲しい。


ワタクシ :そうですね。最近のこのブログの中でも、「どう考えればいいかわからない」という迷いが出てしまってましたね。そういうことを理解することがいま、私に必要なことなのですね。
わかりました。今日は以上ですか?

内なる声 :うん。また話していこう。では。

ワタクシ :はい。来週のブログ・メルマガは、お休みをいただきます。
個人サポートは続行しております。
それでは、よいゴールデン・ウィークをお過ごしくださいね。(⌒▽⌒)ノ


posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2011年05月13日

次に進んでいこう


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」との対話を更新します。


ワタクシ :ゴールデンウィークは、朝から晩まであなたのお話を聞いてましたね。
すごい量の原稿がたまって、びっくりするくらい新たに知識が入ってきた感じになってます。
もともと、あなたのお話を聞いて、「自分」のことや、ハイヤーセルフのことを、わかるようにまとめた媒体を作れたらいいなと思って話し始めたことですが、まとまりがつかなくなってきました。どうしようかなあ…。

内なる声 :どうしようかなあって、まとめようとして聞いているのでしょ?

ワタクシ :うーん、そうなのですが…それにしても、よく話されましたよね…
ゴールデンウィークにお話していただいただけで、ざっとA4用紙に80枚ぐらいある状態なのですが…。
その文章を、他の方にただ読んでもらうにしては、ちっともまとまってない文になっていますし、私の中でもまだわかっていないことがたくさんあって、コレどうしようって感じです。

内なる声 :それにしても、よく話したことを、まだ見直してもない状態なのでは?

ワタクシ :はい。まとめるのは後からできると考えて、ゴールデンウィークはとにかく朝から晩までできる限りお話してもらったのですが、こんなに湯水のように溢れてくるとは…。たくさんのことを聞いてきて頭の中がごちゃごちゃしているので、何度か読み直して考えたいですね。一旦、自分の中で理解したことをまとめてみたいのだけど、まだできてません。

内なる声 :まあ、そんなことを考えなくていい。次に進んでいこう。
まだ、足りないのでは?


ワタクシ :え?うーん。そう思うのですが、何が足りてないのかを理解できてないし、何を目指しているのかもまだ見えていません。すごく勉強になる知識だとは思っています。この原稿をわかるように表現して、媒体にしていけたらいいなあ。
だけど、どうしよう。とりあえずいま、いっぱいになりすぎて、わからなくなってきました。

内なる声 :そんなことを考えないで、あなたが理解できているのかどうかを見てはどう?

ワタクシ :そうですね。私はまだ、あまりまだ理解できてないような気がします。私にとって、何を理解し、何を表現していきたいかがまだ見えてません。

内なる声 :では、見えるまで、話の続きとしての知識を得ようとしてみてはどう?

ワタクシ :えーなんだかさらに混乱していくような気がする。
またさらに原稿を増やしていくのですよね。

内なる声 :そうだよ。あなたは、その知識の元になる原稿を増やしていきながら、これまで話したことを理解しているかどうかを見ていけばいい。
どうしてそうしないの?


ワタクシ :だってすでに、手をつけてない原稿が80枚もあるのに…
もう忘れている部分があると思うし、一度じっくり読んでまとめてみたい。自分でまとめて、理解を深めるようにしないと、ただ聞いているだけになってしまう。

内なる声 :いいから、あなたはそういうことを考えながら、もっと聞いてみなさい。
あなたの考えをそこに留めず、ゆっくり理解しようと決めず、次に次にと進みながらやってごらん。
次へと進んだとき、前に話してることもわかってくるかもしれないのでは?


ワタクシ :はい…。なんだか、すごく大変なことになってきたなぁ。
これをどう表現すれば、よくわかるようになるかな?
私は媒体が作れるのを楽しみにしてますが、よくこんなに話が尽きないものだと感心してしまいました。
どこからこんなすごい理論が出てくるのかな?不思議です。

内なる声 :まあ、きちんと理解できてきたら、いろいろ考えもまとまってくる。
あなたにとって、その考えをまとめ、表示しなければ、誰にも理解できないことなのではない?


ワタクシ :そうですね。まず、私が理解しないと、誰にも理解できるものにならないですね。
なんとか、皆にわかりやすいものが作れたらいいなあと思っています。
自分がどれだけ理解できたかによって、その表現がどうなるのかも変わるのでしょうね。

内なる声 :あなたにとってその理解を何であるのかととらえていけば、その表現にかかわる多くの案を見る。
しかし、あなたが何を理解してその表現をしようと思うのかというところを定めていなければ、あなたが理解してないことを表現しようとしてもがくことになる。
何も理解してないうちに、表現しようとしてもできない。
まず、私が話していることの理解をすれば、その表現はいかようにもできると思っていなさい。
つまり、あなたはもっと理解していけばいい。
わからない中にあるものを見つけるのではなく、もっとわかるための話をしていく。
そうしなければ、「自分が何をわからないでいるか」ということしかわからない。
話を聞くというのは、自分が新たに理解できる可能性を広げるということ。
そして、聞いた話について考えるというのは、その理解を自分にとって何とするかを眺めるということ。
その違いを見て、進めるということをして欲しい。
わかった?


ワタクシ :はい。
まだ時間はかかると思いますが、現在、できることを進めていきます。
今回は、以上でしょうか?

内なる声 :では、また。

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2011年05月20日

楽しむ方法を考える


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

窓を開けると、いい風が入ってきて、過ごしやすい季節ですねぇ。
うっかり窓を開けたまま眠って、喉が痛い今日この頃。

さてさて、私は現在、このブログでも以前からお話していた、「自分」のことや、ハイヤーセルフのことについて、わかりやすく表現した媒体をつくりたいなぁと奮闘中。
前回の対話でも、まとまりがつかなくなっている状態に悩んでいましたが、あいかわらずまとまっておりません。

今回も、そのことについて「内なる声」と対話してみることにしました。


内なる声 :まだ悩んでるの?

ワタクシ :はい。(o_ _)o
前回の対話でのアドバイスどおり、あなたのお話をさらに聞きながら、たくさんお話いただいたことについて、まとめようとしていますが…悩んでいるというか、自分が何をつくろうとしているか、まだよくわかってないと思います。

内なる声 :そう。それで、何をつくろうとしているのか、理解しようとしているの?

ワタクシ :はい。私の頭の整理ができてきたら、それが見えてくると思うんですよね。

内なる声 :何をつくるかが、見えるのだと思う?

ワタクシ :うーん…どうすれば、この素晴らしい理論が他の人にもわかりやすく楽しんでもらえるものになるかが、イメージできるようになるかと思います。

内なる声 :その考え方でいくと、あなたが、まず自分の考えを理解して、他の人に伝えようとしてるということ?

ワタクシ :うーん…あなたがお話された理論をきちんと自分の中で整理できたら、それを他の人にもわかるように表現することができるようになると思って…それを楽しみにしてます。

内なる声 :うん。では、あなたにとって、その表現を楽しむのが目的ということ?

ワタクシ :表現を楽しんで、そして、誰かのためにもなるものが、つくれたらいいなと思います。

内なる声 :それにしても、あなたが「自分のことを理解する」ということをわかってないのでは?

ワタクシ :そうですよね。
私がいまつくろうとしているのは、「自分」のことやセルフのことが理解できるようになるための媒体なのだから、私自身がまず、自分のことを理解できないと、意味ないですよね。
だけど、「これで自分のことがよくわかった!」というところまで、まだいってないからイメージできないのだと思うので、もっと理解しないといけないな…

内なる声 :理解を深めたいのなら、あなたの「考え」について考えても、わからないよ。
あなたは、自分のことを理解するための媒体をつくろうとして私に話を聞いていながら、いまも「その媒体のありよう」について考えている。
どのようにあなたの希望とするところが繋がっていくのかということを話しているのに、そういった「理論をわかりやすくすること」を考えているばかりで、自分の希望するところを見ていないのではないかと思ってみて欲しい。
あなたにとって、「自分がこの理解を得る」ことによって、何を実践できるかということを知らないといけない。
「表現をする」のは、あなたがその実践について、進めるところだということ。
いま、おこなっていることを楽しんでいないのなら、その実践ができてないということでは?


ワタクシ :そうか…とにかく、いままで大量にお話いただいたことをきちんと理解できるようにしないと、と思っていて…。自分がそれを早く理解できたら、早く楽しめるようになると思っていたかもしれません。
難しいですね。どういう段回でも、楽しむということは、できますか?

内なる声 :楽しめるのは、あなたが自分の希望するところに沿っていることをしているとき。
「希望することが何かというところを探っているのだから、自分はまだ楽しめないのだ」と思うのだから、その楽しみが先にあると信じるしかないと考えている。
しかし、あなたにとっての楽しみの材料がそこにあるのだから、いつのときにも、あなたがしようとしていることを、楽しむ方法を考えるのがいい。
つまり、先にある楽しみのためそうするのではなく、いま、目の前にあるものを自分の希望に沿った方法にて考えていれば、「いま、何をどのように進めれば楽しくなるか」ということを考える。
楽しみの前に、つまらないことをするのではない。
楽しくないことをする時、「どうすればその楽しくなさそうなことが、いま、楽しめるのか」と考えてみないといけない。
あなたが、媒体をつくるというところまでいくためには、まず、そういうあなたの理解を得ていく経験が必要。
あなたにとっての楽しくうれしいものができるために、あなたが苦しむ必要があるのではなく、いかにその材料を使って楽しくできるかということがわかれば、それは媒体になるということ。
あなたが理解できないのなら、それは、現実に良いものとして完成しない。
そうでは?


ワタクシ :なるほど。いま、どうやって楽しむのかを考えていかないと、何も良いものをつくれないということですね。
逆に言えば、あなたに言われている理論がわかれば楽しくできるということで…
これって、なんだか「循環参照」って感じですね。
自分にとっての希望するところを理解して楽しむために、その理論をわかりやすく表現した媒体をつくりたいと思いながら、まず、自分がその方法を理解するのに苦しんでいるなんて、なんだか面白いですよね。

内なる声 :そうだな。あなたにとって、その理解が得られるものになるのなら、他の者はそれを役に立てることができるのでは?
あなたが理解するのは、まず、自分のことであるのだからね。


ワタクシ :はい。では、どうすればもっと楽しめるかを考えます。
今日は以上ですか?

内なる声 :うん。では。


というワケで、現在の私は、「楽しみながら理解していく」というところを、工夫中です。

進め、進め。 ε=ε=┏( ・ー・)┛

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2011年05月27日

得るためのヒントを探す


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

今年も梅雨がやってきましたね。
梅雨が明けたら、またあの暑さがやってくるのですね。

夏というヤツですね。
それぞれの季節を、快適に過ごす準備、はじめましょ!


さて、前回の対話にて、自分が進め始めたことを、楽しむ方法を考えるようにと「内なる声」にアドバイスされた私は、楽しめるための工夫をし始めました。

大量にある情報を、まずは自分がわかりやすくするために整理する必要があったのですが、私がその工夫として思いついたこととは
ひらめき
紙に要点を書き出し、自分で図解を加えながら、壁にベタベタと貼っていくこと!

さっそく、壁に貼ってもはがれやすいマスキングテープを買ってきて、順番に貼っていくことに。
壁一面に貼られたものを眺めていくことによって、「いま、これを進めてるんだ」という自覚も伴い、量が増えるにつれ満足でき、いろいろ気づくこともでてきます。

こうして、面倒だと感じていた作業が、すっかり楽しくなり始めました。
というワケで、「内なる声」との対話を更新しますね。


内なる声 :あなたがいま進めていることは、あなたにとって、どういうものだと思う?

ワタクシ :「自分」のことや、ハイヤーセルフのことについて、わかりやすく表現した媒体をつくるということを進めていますが、あなたに教えていただいた内容を、私の表現をもって他の人に見ていただくのを楽しみにしています。
もっと時間が必要だと思うので、まだ何も言えないけれど、いま、とても楽しく作業を進めています。楽しめる工夫ができるものになって、とてもうれしいです。

内なる声 :うん。あなたが作業をするのを楽しめるようになったのだから、もっと進んでいく。
実は、私の考えは、もう次のところへ行っているのだよ。いまのあなたの作業を終えるまでの間にそのことを理解する。
「自分がどんな者であるか」ということが理解できるものを作るとあなたは言うけれど、あなたがどんな者かわかるということが大切と言っている。
つまり、いま、あなたがおこなう作業によって、あなたがそれを理解するということでは?


ワタクシ :はい。私にとっての理解を深めるよう言われていますので、そうならないなら、もっとお話を聞いて理解したいと思います。
そして、自分が理解できたことを表現するのだから、自分も変わるはずだと思います。
最近、そういうことがよくわかってきたので、作業が楽しく、寝る間も惜しいくらいです。
あんなに悩んでたのに、単純なものだなぁ。

内なる声 :私は、あなたの考えを良くできるのなら、その媒体も良くできると思う。
それにしても、これまで、あなたの経験を増やしてきて、どう感じているの?


ワタクシ :え?どう感じているかって、何のことですか?

内なる声 :いままで、あなたの経験として、理解できているのはどんなことかな?
自分のことや過去のこと、そして、いまの作業のことを考え、あなたは何を感じているかということ。
あなたと、その媒体を読む者の違いとは何?


ワタクシ :媒体を読む者?私と、読者との違いということ?
うーん…何ですかね…違うところは、わからない。
ただ、同じところは、いつも「自分」というものをどうとらえたらいいのか、知りたいと思っているところかも知れないなと思います。
過去というのは、あなたと仕事をしてきた経験ということですか?

内なる声 :うん。あなたが、これまでやってきていることについてどう思うの?

ワタクシ :そうですね…日々、精一杯だったというか…
そうだ、メルマガやホームページの更新をしているので、あなたの教えは、読んでいる方よりもよく頭に入っていると思う。…あたりまえか…
それに、個人サポートをしている分、どうすることによって、解決ということが成立していくのか、学んでいると思います。うん。私の中で、それは大きいですね…
ご相談者の方が、本当に変化していく様子が伺えるのがとてもうれしいのですよ。
それは、私自身が、いまの自分がわからない解決というものへ向かう力を身につけることを学んでいるのだと思います。そのパターンは、人の数だけあるものだと思うので、私が、それぞれの解決に携われることがあるのが、とてもうれしいと思います。
個人サポートは、その人が望んでいることへ向かいたいという気持ちをもって、始めていただくものだと思っているので、ほとんど宣伝もしてませんよね。
だけど、あなたのような存在がいて、考えを変えて見られたらうれしいと思うことがあるのなら、もっと気軽に対話してみて欲しいと思っているのです。
その人にとってのよいタイミングもあるのかもしれないので、私があまりお勧めしたりすることはないのだけど、どう思われますか?

内なる声 :うん。あなたのコントロールするところではない。
それに、あなたは、その人ではなく、あなたの理解を進めることが、大切だからね。


ワタクシ :はい。そうですよね。あなたがずっとそう言われるので、すべてにおいて、「自分」ということを頭におくようにしています。
ただ、あなたがお話してくださることをもっと理解して、自分の身につけて話せるようになればいいなと思うのだけど、あなたがサポートで回答する内容などは毎回全く違うし、予想のつくものにおさまることなどないので、そこを目指すのも無駄のような気もしますね。

内なる声 :うん。そんなことよりも、あなたは、そうしていくうちに、自分が目指すものを理解し、あなたの喜びを得ていこうとして欲しい。
自分の喜びとは、誰かが満足することではない。あなたが、満足するから、喜びなのでは?


ワタクシ :そうですね。例えば、あなたの教えを聞けるだけでありがたく、うれしいというのはもちろんなのですが、「自分」というものは、あなたの話を聞けることそのものを喜びにはしてない。
ぜいたくのようだけど、本当にそうだから、あなたが話すことそのものではなく、自分を喜びにもっていくのだということを言われている意味がよくわかるのです。
あなたの教えとは、「自分」という者への純粋な理解を渡すことなのだと痛感しています。
「自分」という者が納得できれば、本当に問題はなくなってくのだとわかります。
難しいのでできないところも多いですが…

内なる声 :そうだな、難しいと思うのは、理論をとらえようとするから。
「自分」のことを理論にするのは、やはり難しいということ。話をしているうちに「こういうことだ」とする経験をもって、あなたは理解していく。
そのことを忘れないようにして欲しい。


ワタクシ :はい。ただ、理論を聞いて、それぞれの人が、自分が経験していることをどう受け止めるのかという難しさもあると思うのですが、それについてどう思いますか?

内なる声 :だから、あなたが理解できるのはあなたのことであって、他の人の理解ではない。
こうした理論の中、自分がとらえようとする問題を頭に浮かべながら、その解決法を探るというやり方をするのではなく、書いてあることに対して自分とはどんな理解をしているのかというところを見て、「していない理解」が存在することを知らないといけない。
「これさえわかれば、あなたの悩みなどなくなる」という理論などない。
しかし、あなたがその方法を得たいと思うのなら、得るためのヒントを探すということ。
あなたにとっての理解とは、「そのヒントを基にしてあなたが得る」というものだと知っておくのが大切。
「何を理解すべきかわからないから、理論を読む」のではなく、「何を理解したいかを知っていくためのヒントを得よう」として読む。
そうすると、あらゆるところにあなたへのヒントがあることを理解していく。


ワタクシ :そうですね。わかりました。


というワケで、いろいろお話を聞きながら、私も進んで行きたいと思います。

とりあえず、壁にぶちあたるまでは、このままさらに

進め、進め。 ε=ε=┏( ・ー・)┛


posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

2011年06月03日

目処をつけること


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

最近、このブログは、「快適実録ブログ」という名前に沿った内容になってきているような気がします。

私が進めていることが、進んでいく様子をブログで書いていけるのは、いいかもしれない。
あんまり進んでいない様子であっても、悩んでいる様子であっても、そこからどうやって進めるかということがわかってくれば、それでいいかもしれないな、と思う今日この頃。

というワケで、「内なる声」との対話の更新です。


※私は現在、「自分」のことや、ハイヤーセルフのことについて、わかりやすく表現した媒体をつくるということを進めています。

内なる声 :それで、どうするのか決まってきたの?

ワタクシ :はい。いま、いろいろ案が浮かんできていて、すごく楽しんでいるんですよ。
とりあえず、もっとわかりやすく表現するために、文字だけではなく、絵も入れていきたいと考えています。
「自分」への理解を絵に表現するのは難しいけれど、少し案が浮かんできているので、このままゆっくり考えていければ、いいものになりそうです。

内なる声 :そう。それで、どのくらい先にできるの?

ワタクシ :え?うーん、どのくらい先かな…いま、いろいろ考えていて時間が足りないので、もっと時間が欲しいなあ。

内なる声 :時間をつくるよりも、あなたがもっと早く仕上げられるための方法を考えたら?

ワタクシ :そうなんですが、いま考えてることを、形にしようとするなら、時間はかかりそうだし、短縮できるかどうかわからない。
どうすれば早くできるのでしょう?

内なる声 :ゆっくりしようとするのなら、早く仕上げれないのでは?

ワタクシ :うーん…、早くするのはどんなことをでしょう?

内なる声 :あなたの考えはどこにあるの?

ワタクシ :私の考えですか?私の考えは…いま、その表現する方法にあると思います。
自分が、どうやって表現するか。そのために自分の理解できないところをあなたに聞きながら、すごく楽しいものをつくりたい。わかりやすいもの。
そのための案を、たくさん考えようとしています。

内なる声 :うん。だから、そういうことを考えるのか、あなたが理解するのかどっちなの?

ワタクシ :理解することと、表現すること、どっちも大切なのですが…何を間違ってますか?

内なる声 :間違ってないけど、それでは遅くなるってこと。
なぜなら、あなたは、その表現を追及していくことばかり考えてしまうのではない?
いま、表現しようとするものに案がわいてきたのなら、自分の理解できる範囲の中、いま現在思いつく表現を並べていけば、それでいい。
その上で、違う案を求めていくのはできるが、まず、あなたが仕上げるのは、いま、あなたの理解のできたものでしかないのだから、表現を追及するのは後にしないと遅くなる。
早くするのは、表現ではなく、あなたの理解では?


ワタクシ :理解を、どうやって早くすることができるのですか?

内なる声 :いま、あなたの同時に進めているのが「理解」と「表現」なら、「表現」にこだわれば、「理解」が遅れるが、「理解」にこだわるのならば、後にでも「表現」はつけれる。
あなたが、まとめているのを早くするのなら、自分が何を表現しようとしてるかが早く見えてくる。
つまり、あなたの考えを違う方面に散開させるのではなく、あなたのわかりやすいものへと凝縮することをして欲しい。この違いを知って欲しい。


ワタクシ :私が、いましようとしていることは散開ですか?
では、凝縮とはどんなことでしょう?

内なる声 :散開とは、あなたのアイディアを広げようとして、あらゆるところを見ていること。
あなたが、早くするためには、「自分」を知っていくこと。
内容を表現しようとして、「自分」の理解を深めなければ散開し、その距離の分遅くなる。
遅いというのは、まとまっていかないということ。
あなたの求めているのは、広がる自身の表現よりも、むしろ「ここ」という中心の理解では?


ワタクシ :うーん…そうですが、いま、その表現のことを考えていくのが楽しくなってきていたので…そういう案はいらないのかな?

内なる声 :案がいらないのではない。
何のための案であるかを、もっと追及しないと広がるばかりになる。
中心になる理解さえはっきり掴めるのなら、案は後についてくる。
はっきり中心への理解が深まって、「これをつくる」と決まったものができないうちに、案を広げるのがいいと思う?


ワタクシ :何がいいかはわからないけれど、いままで、そうした案が浮かばず面白くなかったところを、あなたのアドバイスどおり、楽しくしていこうとして、いい感じになっていたのですが、…どうしたらいいのでしょう?

内なる声 :楽しいという方向を見つけたのなら、そこに向かって歩くのをどんどん進めたいところではあるけれど、あなたにとっての中心を求めていくのを薦める。
なぜなら、「楽しければいい」という目的ではなく、創りたいものがあるとして始めているものではないかということ。
そうであるのなら、あなたの目標は、「仕上げる」ということであって欲しい。
そうでないのなら、ただ、その広がりを楽しめばいい。
どう思う?


ワタクシ :そうですね…。楽しいのはうれしいけど、そのものが仕上げれないなら、その楽しみも続けれないと思います。
早く仕上げるための、いい方法はありますか?

内なる声 :うん。自分が「こうしたい」とするものが、できる目処をつけること。
あなたの考えに沿って、目標とする時間を定め、可能と考えるよりも少し遅めの設定をして計画してみて?


ワタクシ :はい。そんな計画のできる段階かな。
まだ、目処なんて、つけられないかもしれないな…。

内なる声 :その段階がまだということは、目指すべき段階とはそうなることでは?

ワタクシ :なるほど。まず、目処が立つというところを目指さないと何もできない。
楽しければいいのなら、それでいいけど…ということですね。
そうだとすれば、まだ、何もできようとしてない。
じゃあ、とにかくできようとするところに向かうことを考えないと…ああ、私ってまだ、なにもできてない。
なにもわかってないんだなあ…。
(´・ω・`)ションボリ

内なる声 :そういうこと。
実践しながら、わかっていかないとね。



というワケで、楽しいのはいいが、あんまり進んでない私でしたが、めげずにいきます。

そんなにスイスイ行くワケないよ。少しずつ、わかっていくのダ。

進め、進め。 ε=ε=┏( ・ー・)┛


posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 「内なる声」との対話

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