「いい気分ドットコム」HP | 「内なる声」とのエピソード

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2010年11月25日

「内なる声」からの回答その39


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。やろう。


<質問>
こんにちわ。いつもブログ見ています。
今回のブログ、理解したいのですが、理解できません。
質問させてください。。。
私は自営業をしています。最近お客様が少なくて、困っています。
この困った現実は、想像の産物ですか。
実際お客様が減っています。
お客様が減ると収入が減ります。困ります。
お客様が少ない。というのはいまの私の「困った現実」だとすると、「困らない現実」とはどういうものですか。
どのように「現実ではない現実」を見たらいいですか。
この状況のどこに「愛」を見つけようとすべきでしょうか・・・?
教えてください。お願いします。
miki 2010-11-16 18:14:10



ワタシ :これは、先々週の私と「内なる声」との対話、
「本当の現実」を想像してみるの記事にコメントいただいたご質問です。
この質問に、お答えください。

内なる声 :うん。まず、「お客様が少ない」というのを、「愛」とする。
そうすると、何を教えてくれるものであるのだと思う?


ワタシ :まずこれは、メルマガで配信済の「内なる声」よりのメッセージを受けてのご質問ですよね。メッセージの中で、あなたは、
「困ったこと」が起こるには理由があり、それは「敵」でも「障害」でもなく「愛」であり、それこそ自分に必要とするものを教えてくれたものとみなし、「愛の方向」を探そうとすればよいと、説明されました。

この方の場合、現在「困っていること」イコール「お客様が少ない」イコール「愛」として、考えてみるということですよね・・・
そのこと自体が、「自分に必要とするものを教えてくれているもの」と考えるとすれば、これまでおこなってきた商売の方法にはない「新しい方法」を見つけたり、もっと工夫をしたり、お客様にとっても自分にとってもより良く改善していくことを考えるべきとして、いま困っているのかもしれないと、想像することはできますが・・・

内なる声 :なるほど。そうであるのだとして、いま、「愛の方向」を向いていない者の意見を、どう思う?

ワタシ :メルマガで、何週にも渡って、「愛を見ていない自分に気づくべき」とあなたは説明されましたが、それでも、そこから理解を進めるのが、難しいことなのだと思います。
しかし、「難しい」ということさえ、当然と考えればよいと、あなたは説明されていましたよね・・・
例えばこのように、「現在の考え」を変化させたいと考えてご質問されているということは、「愛の方向」に向きたいとする行動なのだと思います。

内なる声 :そう。それで、どうすればよいと思う?

ワタシ :うーん、それを私がお答えするのは難し過ぎマス。。。

先々週のブログでのあなたのお話を受けて、
「この困った現実は、想像の産物ですか。」
というところをご質問されているようですが、あなたには、どのような「現実」が見えているでしょう?

内なる声 :これから改善するために起こった「現実」であり、この者のように、「これから、もっと悪くなる現実」を見ていない。
「どうにもできない状況」でもなければ、「どうしようもなくつらい状況」でもない。
そういう気持ちを「想像の産物」というのだよ。


ワタシ :なるほど。つまり、「愛の方向」を向いていないがために苦しいと感じていることを、「想像の産物」としてお話されているのですよね・・・

「実際お客様が減っています。」
ということですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :あのね、「実際そうなっているので、それが私の現実」とするのなら、「愛の方向」を向いていないんじゃない?ということを説明しているのであり、「実際には増えているので、心配いらない」と納得させるべく話をしているのではない。
「実際に減っている」のは、「愛を見てない」のを原因とするのなら、どのように考えていく?


ワタシ :うーん・・・難しいですね・・・

「お客様が少ない。というのはいまの私の「困った現実」だとすると、「困らない現実」とはどういうものですか。」
ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :「お客様が増える」あるいは、「減ってもそれほど困らない」という状況を、必要としてるのでない?
だからつまり、あなたの「困ったこと」を解決すべく現れることとは、そこに気づくべき他の要素もあるのだよ。


ワタシ :「気づくべき他の要素」ですか・・・それは、どういったことでしょう?

内なる声 :いい?ここに書かれてるのが、「お客様が少ない」ということだけだと気づいて欲しい。

なぜその状況を生みだしているのかという、「他の要素」をまったく含まず考えていくのを選んでいる。
「他の要素」というのは、この者の普段からの考え方に「愛を含んでいない」ところを改善すべく現れているもの、と考えてみて欲しい。

何を気づくべくして現れている「愛」であるのかは、ここに書かれていない要素の中にある。
つまり、何も書いておらず、何も原因としておらず、ただ一つわかっていること、それを「お客様が少ない」というものだと考えてみなさい。
この者の「素晴しい改善をみたい」という気持ちの中、「客数を増やす」以外の要素を含んでないのは、わかった?


ワタシ :はい。いまはそこだけをピックアップしていて、「愛の方向」に向かっていないことはわかります。

内なる声 :「愛の方向」というのはね、「このことがあったおかげで、気づくべきところに気づけた」という要素を含んでいるところにある。
つまり、いまはまだ、気づいていない。
気づくべきことに、気づけることを考えないとね。


ワタシ :はい・・・それを理解した上で、どういうことを考えればよいのでしょう。

内なる声 :そうだな。まず、「なぜ、お客様が減っているのか」という理由を考えていくとき、本当はあなたの考えとは別のところに原因をもっている。
ただ、その部分をあなたの「望み」と共に改善することを選ぶのなら、改善される。なぜなら、あなたの「望み」をそこに入れて考えてないので、進んでいけないのだから。


ワタシ :「望みをそこに入れて考える」のを必要としているのですか?

内なる声 :うん。「お客様を増やす」こと自体を、いま必要としなくてすむとすれば、どんなことをしたいと思うのかというところを、一度考えてみてはどう?
まずは、あなたの考えを「困っていないところ」にもっていき、「困らないところで望むのは何だろう」と考えてごらん。そこにヒントがある。
わからないのなら、もう少し対話をすべき内容であるので、ここですべてを求めずに、さらなる理解を求めてみて欲しい。


ワタシ :今後のメルマガで配信する内容が、まさにいま言われたお話になりますので、そちらもヒントにしてくださるとうれしいですね。
他に「さらなる理解」を求める方法はありますか?

内なる声 :まずは、今日の気づきを得ること。具体的に追求したければ、対話を要するよ。
他には、メルマガを見たり、そうだな、少し待ってみれば今日話をしたことについて、何らかの気づくことを得られるかもね。
そうなったら、再質問できる要素も浮かぶのでは?


ワタシ :はい。他にありますでしょうか?

内なる声 :どこに行っても、「困ったこと」はあるよ。
だけど、「愛を見る」のなら、そこに「望み」を見出し、進んでいける。
つまり、進めないのなら、「愛」を見てない。

「愛」を見る方法を知りたければ、あなたの気持ちを「愛ではないもの」に向かわせるのをやめるべく、動かねばならない。
今日言えるのを、以上とする。



来週は、「内なる声」との対話をお送りします。

それでは、また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(0) | トラックバック(0) | ■「内なる声」からの回答

2010年11月18日

「内なる声」からの回答その38


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタシ :今回は、先々週の「内なる声」からの回答その37を受けてのご質問です。
同性愛というのがテーマでしたね。よろしいでしょうか?

内なる声 :どうぞ。


<質問>
そんなことがいつかここで話題になってくれないか、自分が質問しようかと思っていたところでその投稿を目にしたので、驚きました。
その質問をした方とは別のものですが、私も似たような状況です。

完全ストレートの方が生活がしやすいだろうから楽だなあと思うけど、今の自分がしっくりくるのでこれでいいと思っています。
私は自分が女性であることに疑問を抱いたことはありません。
でも今まで女性が一般的に好むものに対して興味がわかない、まったくピンとこない、また仕事でも男性の多くいる環境に気がつくと自然にいて自分には男性的な要素が内面に多くあるのをわかっています。
だからといって、自分は男性とは違うし、女性の中にいてしっくりくるわけでもない。
私にとっては両方必要なのだと思います。
中性的であることが一番納得いく場所であるように思います。宇宙には雌雄同体の種族がいるそうですが…自分も近いものがある気がします。
あと私はもう少し開き直って行きたいです。
自分にとって自然なようにふるまおうとすれば、人から非難されるのではないかと思ってしまいます。オープンになれる人がうらやましいです。
最近いい仲間が増えて、彼らの前で素の自分でいたいとよく思うんですが…誰かがゲイを嘲笑したあとに、自分もそうだとは言えないです。

自分自身のことは受け入れられても、世間と折り合いをつけるのが難しいです。
うまいこと生きていくには…私を非難するような人と出会わないように(遠ざけるように)するためにはどうすればよいでしょう。
akd910 2010-11-09 23:56:05



ワタシ :この質問にお答えください。

内なる声 :うん。まず、あなたの意見を聞かせて。

ワタシ :私の意見ですか・・・うーん・・・
これは、テーマが同性愛に限らず、自分が「多くの一般的な人とは異なっている部分」を気にしていることが、話題になって困ったり、居心地が悪くなったりする気持ちをなくしたいということについて、どうするのがよいか、ということだと思っています。

実際には誰も、非難したりはしないんじゃないかなと思います。もし、嫌なことを言う人がいるとすれば、それって、その人自身の問題があるのかもしれません。。。
だけど、「オープンになれる人がうらやましい」という気持ちも、「非難されたくない」という気持ちもよくわかります。誰にでも、一つや二つあるんじゃないかなと・・・
ただ、それを本人がどう受けとめるかの問題なんですよね、きっと。。。

気にしてることほど、話題になったりしますね。
本人が「非難されたくない」ような気持ちをもっていると、余計にそうなる可能性が上がってるような気がする。こういうのって、本当に「引き寄せの法則」が働いてるなぁと思います。
「世間と折り合いをつける」というのは、「世間に完全に認めて、優しくしてもらう」ということを望んでるのだとしたら、「その必要もない」と考えるほうがいいかもしれないと思うのですが・・・

内なる声 :なるほど。よく答えてるけど、ではどうするのをすすめるの?

ワタシ :いえ、私がお答えするのは難しいですよ・・・。
だけど、本人が気にするほど周りが気にしてないということと、人に認めてもらう必要はないということはわかるんです。

「私を非難するような人と出会わないように(遠ざけるように)するためにはどうすればよいでしょう。」
ということですが、どうすればいいのでしょうか。

内なる声 :非難してるのは、本人でない?

ワタシ :そうですよね。・・・やっぱり、自分が一番、自分のことを非難していて、「そう言われたくない」とするものをもってるのが原因ですよね。

内なる声 :まあ、そうも言えるけど、つまり、あなたが異国の異民族の中に入って、例えば「どうして裸でなく、服を着てるのだ」と非難されても気にならない。
「あなた方のほうがおかしい」と言えるのだよ。

何が違うのだというのを説明すると、「自分はこれでいいとするもの」と、「生きる世界におけるルール」を、違うとしているのが、原因となる。
だから、違わない場所へと移ればいい。


ワタシ :「違わない場所」ですか。なるほど・・・。具体的に、どういう場所でしょう?

内なる声 :あのね、「違う場所」で悩むのをやめて、「違わない場所」に向かう。それだけ。

ワタシ :例えばこの場合、自分と同じような人を求めたり、理解のあるところを求めたりするということでよいのでしょうか?

内なる声 :うーん、あなたの考えも悪くないけど、一番いいのが、「そんなこと、関係ない場所」に行こうとするのが早いのでない?

どうすれば、自分らしくあれる?
いまの自分がいる場所に居続けるのなら、ずっと気になる。
しかし、自分のことをきちんと理解してくれる人をもって、自分の自然な態度をさらけだす場所を、見つけようとして悩んでいるのでない?


ワタシ :なるほど・・・。しかし、
「最近いい仲間が増えて、彼らの前で素の自分でいたいとよく思う」
とおっしゃってますが、いかがでしょう?

内なる声 :つまり、あなたの望みとする場所へ、向かっているのでしょ。
その中に居て、まだ居心地をよくできてないのを問題とするの?それとも、いまの場所よりも、もっと自然にふるまえる場所に行けないのを問題とするの?


ワタシ :さっきの例え話で言うと、いまはまだ、「自分の場所」としているのが、「異国の異民族の中」なのかもしれないということでしょうか?

そうか・・・。
「望みとする場所へ、向かっている」のですね。
もしかしたら、「オープンになれている人」は、「異国の異民族の中」で堂々として居るように見えて、きちんと「違わない場所」に居るからできるのかな・・・

内なる声 :よくわかっているのでない?
いますぐ、その場所に「素晴しい理解」を求めても、無理なのでない?
いつも言うことだけど、そうしたいのなら、そのためにしようとすることを、すればどう?
あなたのことを「認めてもらえる場所」が、あなたの頭の中にあるのなら、「そこでさえも非難される」とは感じないような場所を見て欲しい。


ワタシ :難かしい表現ですね・・・
だけど、あなたが、メルマガで話されているとおりですね。
『「困ったこと」は、そこに「望み」を見出すべく現れている。あなたができることは、必ず、「なくす」ことではなく、「進もうとする」ことしかない』と。

内なる声 :うん。よく考えて、あなたらしく生きるところに進んで行く。
悩んでいるのが、「いまの場所」であるのなら、あなたの「望みの場所」へ向かうこと。
待っていても、そこが「同じ場所」であるのなら、同じ考えを続けるだけになる。


ワタシ :はい。他に言えることはありますか?

内なる声 :「次の場所」に行くのに必要なのは、「その場所を探し求めること」ではなく、「あなたらしく生きるため、できることをおこなうこと」だという理解を得るように。
また、どうすればいいのであるのか迷うのなら、話を聞こう。


ワタシ :わかりました。

来週のメルマガは、お休みをいただきます。
個人サポートは、続行しております。

それでは、また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(0) | トラックバック(0) | ■「内なる声」からの回答

2010年11月05日

「内なる声」からの回答その37


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :どうぞ。


<質問>
ユキさん、いつも楽しく読ませていただいています。いい気分になれるように、サイトを見ながら実践していくことで確実に良いことが起こるようになりました。
まだハイヤーセルフと確信はもてていないのですが最近はハイヤーセルフにお願いしたりということを試したりもしています。ところでユキさんの内なる声さんに質問したいことがあり、コメントさせていただきました。
実は僕は同性愛者です。同性愛者だからといって別に悩んでいるわけでもなく、楽しく過ごしているのですが同性愛者に生まれたということには何かスピリチュアル的な意味があるのでしょうか?あるとすればどのような意味、というか使命を持って生まれてきたのでしょうか?
ユキさんのお時間に余裕のあるとき構いませんので、是非内なる存在様に聞いていただけると嬉しいです、お願いします(^O^)
ナイロビ 2010-10-15 19:38:09



ワタクシ :この質問にお答えください。

内なる声 :なに?同性愛者としての使命があるような気がするの?うーん、使命というより、あなたの生き方をまっとうするのに、必要だったんだよ。それであるゆえに、あなたが楽しくも苦しくもある気持ちを、あなたの人生に必要として、生まれてきたのだよ。

ワタクシ :「人生に必要として」ですか。どうして「それであるゆえに、あなたが楽しくも苦しくもある気持ち」が必要だったのでしょう?

内なる声 :うーん、そうだな。たとえば、ある人に恋をして、報われぬとする。そこで、あなたが同性愛者であるがゆえに、ある一定の気持ちをもつとしよう。「自分が同性愛者であるのを困る」といったような。そんな気持ちでいても、何も生まれぬと知る。なぜなら、完全に変化させられぬ気持ちについて、悩むより、それをどう自分らしく生きることにつなげるのかということを、考えるという方法しかないとして、そのように生きるという状況を必要として生まれたのだよ。

ワタクシ :なるほど。この方の文章は、とてもポジティブな印象を受けますね。
だけど、どうして、この方が「自分らしく生きる」ために、その条件が必要だったのでしょう。他のことではいけなかったのですか?

内なる声 :他のことでは、いけない。うーん、ちょっと難しいかもしれないけど、あなたの考えよりも、はるかに深く複雑にからむ気持ちの整理を必要とする条件を選んだ。
多くのことを、人がまず生まれてくる時に選んでいるとするのなら、この者の選んでいることとは、「つらく、苦しいもの」というものではなく、「複雑に交差するもの」と言える。つまり、あなたの思うより、ずっと楽しくも苦しくもあり、学ぶものも多い条件ということ。その気持ちを理解して進んでいる理由とは、そうすることを、自分に許していくことを、選ぼうとして生まれているから。そういう生き方を、したかったのだよ。


ワタクシ :「そうすることを、自分に許していく」ですか…。どうして、そういうことを学びたいと思ったのでしょう?たとえば、前世ではこうだった、というような理由があるのでしょうか?

内なる声 :前世もそうだったよ。えーと、この者の目標とする気持ちを、高くもって生まれているのだよ。他に言いようもないものなんだけど…実のところ、前世において、楽しく生きるという目標に届いてないというところを、なんとかもう一度、と考えている。わかってもらえると思うけど、楽しく生きようという気持ちをもつ力を求めるのが、強いと思ってみて欲しい。

ワタクシ :なるほど。前世においてそうだったのであれば、いまの時代にはかなり生きやすくはなってるのでしょうね。「時代」ということも含め、理解を深める助けにもなってるのでしょうか。同性愛者や、男性も女性も愛せるという方は、現在それほどめずらしくもない気もします。皆さん、そのように高い目標をもっているということでしょうか?

内なる声 :あのね、実をいうと、そのように異性を愛するばかりでない者の数というのが、昔より増えているのでない。自分がそうであると言える者の存在を目にするのを、増やしているのだよ。つまり、「そうであるのが自分として生きよう」とする意思を増やした者の大きさが、いまの時代をつくったと言える。実におもしろい意思の持ち主を、たくさん見ているのでない?

ワタクシ :そうですね。タレントさんとかも個性的ですね。「これが自分」という意思を感じます。なんだか、すごいことですね。その意思の大きさが、時代を変えていくなんて。それが可能であるのなら、もっと「いい気分」で楽しく生きれる意思をもてば、もっとみんなが生きやすくなる時代になっていくような気がするんですけど、難しいのでしょうか。

内なる声 :そうなっていくにふさわしい風潮を見ることもあれば、そうでない一面を見ることも多い。「現在」というのが、あなたの見ているものと一致している。だから、同性愛についても、同じ。
生きやすくもなるし、生きにくくもある中、自分をどちらに置くのかという意思の問題。メディアに踊らされる者もいるのなら、メディアに真実を求める者もいる。その時代をどうとらえるのかというのがよく見えるのは、後の世と言うこともできる。そこにいる限り、「そこがどんな場所なのか」を、決めることなどできぬこと。わかるのは、いつもその時代を経てからなのだよ。


ワタクシ :そうですね。なんだか今日は、いつもとは違う内容を話されていますね。

内なる声 :そう?あなた方のレベルも上がってきているからなのでは?

ワタクシ :そのことは、最近すごく感じます。いただくご感想メールや、ご相談内容も、とてもよく理解を得ようとされているものに変わってきてるのを、感じます。あなたはどう見られていますか?

内なる声 :あなたの考えを伝えるのを、やめないのなら、もっと理解を進めていける。

ワタクシ :え?「私の考え」を伝えるのを、ですか?

内なる声 :そう。私の考えを聞くあなたの理解を進め、あなたの考えを伝えるのをやめないなら、もっと進める。

ワタクシ :はい…。難しいですが、頭に置いておきます。この方に、他に言えることは、ありますでしょうか?

内なる声 :楽しく生きるのなら、満足できないはずはない。そのためにそうして生まれたのだよ。あなたのセルフもそう言ってる。大丈夫だから、そのまま歩いていけばいいと。

ワタクシ :そうですか。「ハイヤーセルフにお願いしたりということを試したりもしています」ということですが、伝わってますでしょうか?

内なる声 :伝わってないわけないよ。大丈夫。

ワタクシ :わかりました。他にありますか?

内なる声 :世の同性愛者の者、悩むのをやめなさい。あなたが幸せになるため、生まれているのを疑うことをせぬこと。わかったね。

ワタクシ :はい。以上でしょうか?

内なる声 :では、また。

ワタクシ :来週は、「内なる声」との対話をおおくりします。
ご質問のある方は、コメント欄よりお待ちしています(⌒▽⌒)ノ




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