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2010年09月02日

「内なる声」からの回答その29

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :いいよ


<質問>
こんにちは。はじめまして。 最近こちらのブログを知り、拝見させていただいています。
早速ですが、親友の愛猫が、家のリフォームの際に、大工さんや大きな音に驚いて逃げ出してしまい、戻ってこないようです。 辛い野良時代を経てやっと慣れてくれて、最近は穏やかな日々を一緒に過ごしていただけに、不憫でなりません。 知らない人間には決して慣れないみたいだし病気持ちなので、外で暮らして行けるはずもありません。 離れているので応援にも行けず、心配しています。
私が出来ることは何かないでしょうか。 その猫はもう戻ってくることができないのでしょうか。 もしご回答いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
chimama 08/26 12:33



ワタクシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :そうだな。質問に答えるというより、あなたができることをしたいというのなら、するのがいいと思うけど、問題がどこにあるのかということをわかっていないようなので、それについて話しをしよう。
猫がどこに行ったのかということを、理解できないのであるならば、あなたができるのが、友人の気持ちをいたわるということだけになるよね。しかし、あなたの考えるに、「猫がどこに行ったのか」を含むので、「猫が見つかれば解決する」と考えている。
猫がみつかるための方法を理解できないのなら、たとえ応援に行けたとして、「見つからなければ解決しない」になってしまう。
考えてほしいのだけど、あなたの考えの中、「猫が見つかるかどうか」をなくせば、何ができると思っている?たとえ、「猫が見つからない」という事実をずっともっていたとして、あなたにできることが何であるかを知りたいと思う?どうかな?


ワタクシ :どういうことでしょう?何を考えてみればよいのでしょう?

内なる声 :考えなくてもいいのかもしれないのだと、考えてほしい。なぜなら、あなたが何かをしても、それについての現実を変化させることを、可能としていない。すでに述べたようなことを話すのであれば、友人をいたわると考え、あなたができることを猫にもっていくのをやめればいい。見つかるかどうかわからないけれど、友人について良い結果を生むことを願ってそこにいると知らせるのが、あなたのできること。
それからもう一つ。あなたにとって、その猫が「逃げる」という表現をしているが、本人にとって、「逃げている」という意識もない。逃げているのではない。そこから出た、と感じている。それから、あなたが心配するようなことを、必要としない。本人が望んでいるのは、常に、本人の意思でいようとすること。そのことを考えて、あなたの目線からの「幸せが失われる」という考えを、本人の目線と異なっていることに注目してほしい。
本人にとっての幸せが、猫なりに「幸せだった」と感じるかどうかを、理解できる?なら、その理解をするのがどうして可能と考えている?
「可能なこと」を考えるにあたり、あなたは気づく。「何もわからない」と。何が幸せで、何をつらいとしているのか、決めるのはあなたでも、本人の飼い主でもない。


ワタクシ :「本人」というのは、その猫のことですよね。

内なる声 :「本猫」がよかった?まあ、そんなこともあるのでは?今になってまるで、飼い猫を失うようにいわれても、「本猫」にとって何を言ってるのかわからないのだよ。だってそれを、普通と考えている。そこにいる自分について、「かわいそう」などと考えていないもの。あなたのように。

ワタクシ :飼い主にとっては、とてもそんなふうに考えられないですよね。「戻りたいのに、戻れない」のだとしたら、気が気でないし、大工さんや大きな音に驚くようなことがなければ、まだそこにいたはずと考えますよね。それについては、いかがでしょう?

内なる声 :「戻りたいのに、戻れない」のだとしたら、「戻りたい」という意思をもって、戻ることもある。しかし、どちらにせよ、あなたが思うような「幸せ」のあり方ではない。
「そこにいるからこそ幸せ」という考えでいるのをあなたとするならば、そのように考えて生きてるのでないからこそ、出ていくという意思もあると知ってほしい。
「幸せでいられる方法を知らない」のではない。「幸せを、決めるのが自分である」と、常に知っているのが猫である。わかる?


ワタクシ :はい。猫がそういう生き物であるということは、よくわかります。

内なる声 :ならばもう、できることをするだけで、「戻りたいなら、戻る」という、猫の意思に従わせるということを、考えておきなさい。

ワタクシ :そうするしかないのはわかりますが、とてもつらく、難しいのだと思います。

内なる声 :そうだね。まあ、あなたの考えられることをいくら考えて心配しようが、何もわからないのでしょう?猫の「幸せ」も、飼い主の「幸せ」についても。わかっているのが何というのなら、あなたの思うところによって、きっと飼い主と過ごした時間について、あなたの想像どおり、猫も飼い主も良い時間を過ごしていたのだよ。それで、現在の飼い主の気持ちとしては、つらい。猫の気持ちは、わからないのでは?

ワタクシ :つらくないでしょうか?

内なる声 :「つらい」という気持ちをもって、明け暮れてない。

ワタクシ :では、「つらい」のも、そのことを考えているのも飼い主だけなのでしょうか。本当に?

内なる声 :「つらい」のでも、「幸せでなかった」のでもない。「そこからどうするのか」を考え、生きようとする。

ワタクシ :たとえば、ずっと、飼い猫だった場合は?どう考えても困るだろうし、生きれないですよね。

内なる声 :あのね、生きれるかどうかではなく、「困ったなら、どうするのか」と考えるのだよ。怖くてじっとして動かずにいても、仕方ないと知ると動くのが猫。そのままじっとして死んでいる猫を見たことがないだろう。
困っても、つらくても、そこでどうするのかを考え、動く。あなたのような考えをもって動くのでなく、より良い結果に出会えるようなことを求めて動く。それを、「もとの飼い主を探すことでないのか」ということだけに限定しているのが誰か、というものの考えを、猫に学ぶ必要をもってそこにある。あなたの考えと、猫の考えを比較し、どちらを見習うべきものか、知って欲しい。


ワタクシ :そう言われると…猫ってすごいです。まさに、お手本にするべき動物かも。でも、飼い主はやっぱり、戻ってくることを考えて欲しいですよね…。うーん…
一つだけ確認したいのですが、動物が「逃げる」「出て行く」ということは、起こるべくして起こるのでしょうか。つまり、飼い主がどんなに気をつけていても?

内なる声 :「起こらないことが、起こった」というように考えるのが人間の特徴と考えてほしい。猫に聞いてみたい?「気をつけていたら、逃げなかった?」
「何を言ってるのか、わからない」と言うだろう。
「出たくないものを、出したのがあなたでない限り、それが本人の意思」と思えないのが、人間の「コントロールできるもの」と考える、あさはかなものであると知る。何をもコントロールできないものを、猫ならコントロールできるとでも?


ワタクシ :そう言われるほど、私は納得できます…。「出したくない」のは、飼い主なのですね…。もちろん、その方が猫も幸せと信じて。

内なる声 :猫が「幸せ」を求めるものと知るのなら、野良猫であった時にも、飼い猫になった時にも、それを終わりにせずに、「幸せ」を求めると知りなさい。だから、考えるべきことを、「あなたの幸せ」からずらしてしまうのを、やめなさい。

ワタクシ :わかりました。でも、見つかるといいですね。何か、飼い主さんに言えることは、ありますか?

内なる声 :あなたの愛について、猫に祈りを送りなさい。「心配」を送るのを、やめてあげなさい。愛を送り、幸せを得るのだと、信じてあげなさい。

ワタクシ :他にありますか?

内なる声 :ではまたね。

ワタクシ :はい。内なる声へのご質問は、コメント欄よりお願いいたします。
では、また来週お会いしましょう。




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 21:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年08月06日

「内なる声」からの回答その28

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:よろしいでしょうか?

内なる声:いいよ。

ワタクシ:では、まいりましょう


<質問>
ユキさん内なる声さんはじめまして。度々このサイトに訪れてはいつもいい気分になれる事を参考にさせていただいてます。素敵なサイト様に出会えた事を感謝します☆今回初めて質問させて頂きます。
私には夢があります。夢を実現してる自分を想像してみてはいるんですけど不安になってしまう自分が時々出てきてしまいます。それでもとにかく今やっている事を信じるんだと前向きに進んでいるつもりなのですが、いつもふとした瞬間に不安がよぎったりします。良い結果が出ない事に焦りも感じ、他人と自分を比べて落ち込んでしまったり、もうイイ歳なので遅いんじゃないかと思ってしまったり、何か気づいてない事があるんじゃないのかと思ったり、どうやったら気づけるのだろうと悩んでしまったりこの先もずっと大切な事に気づかないまま進んで後から気づいて後悔するのかもしれないと不安になったり、努力の仕方がわからなくなってしまったり、そもそも努力なんて全然してないのかもしれないと思ってしまったり今できる事をやっていても上達していけるのか今やっている方法で本当に技術を身につけていけるのかと不安になったりもします。
昔から自分に自信がないのでいつも自分には無理なんじゃないかと思ってしまっている自分がどこかにいて消えません。こんなに不安になってしまうのは本当は心の底から自分の夢を実現したいと願ってないんじゃないかと疑ってしまっている自分もいます。やっぱりこんな不安な事を考えてしまっていては良くない結果が跳ね返ってくるのでしょうか?ぐだぐだ考えないで今は出来る事をやるんだとわかってはいてもすぐに立ち止まったりしてしまう事が多いです...。
自分に甘すぎるこんな自分をどうやって変えていけばいいのかと...。あまり深く悩まずネガティブな自分からポジティブにすぐに切り替えられる事は出来るのですが自分を信じるという事が難しいです...。難しいと思ってしまっていてはダメだとわかっているのですがただ自分を信じると思い込み続けていったほうが良いのでしょうか?何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?今のこんな自分でこのまま進み続けてしまっていいのかわかりません。ちぐはぐな質問で読みずらい文になっていたら本当にすみません。どうぞ宜しくお願いします。
renri 07/30 14:07



ワタクシ:この質問にお答え下さい。

内なる声:うん。まずはあなたの意見として、感じていることを伝えてみるのはどう?

ワタクシ:私ですか?「どう?」ってそんな…えぇと、感じていることですよね…
「私もそうだよ」とか、「きっと、みんなそうだよ」ということですかね…。それから、「どんなにすごい人でも、きっとそうだったんだよ」とか、「簡単そうにできてるように見える人でも、たぶんそう見えるだけだよ」とか。
あと、「いかにそのメンタルの部分を調整できるか」ということは、誰もがテーマにしていることであって、自分が特別弱い・自信がないと考える必要はないし、だからこそ「内なる声」の回答に多くのヒントを得て、理解を深めていただきたいと感じています。それから、「難しいと思ってしまっていてはダメ」とありますが、きっと、ダメじゃない。難しいし、不安になるし、わからない。
そう思ってしまう時、どうするのが良いのでしょう?

内なる声:そうだな。まぁ、いまあなたの話したことを理解するのなら、「そうなればいけない」と考えず、「そうなるのを当然」と考えることを一つの通過点として、あなたのわからない答えをその先に求めることを、「その先に答えのないものを求めてる」と知るようなことかな。
安心と気持ちの安定を、永遠に求めていくのではない。あなたの気持ちをいかにして不安から遠ざけることを選択すればよいかを、あなたなりに追求していく。その過程を必要として「うまくいかないこと」が起こると考えていく。
いろいろ考えているうちに、あなたの気持ちの中で細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとするのを理解する。


ワタクシ:「細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとする」というのは、どうすることなのでしょう?

内なる声:気持ちに不安を感じれば、考えを細かくしていっている自分を理解できる。すべての悪い習慣とするものの正体をそこに見出し、考えについて大きいものをとらえようとして欲しい。

ワタクシ:「大きいもの」とは、どういったものでしょう?

内なる声:たとえば、あなたが不安になる時、「こうなるのを防ぎたい」とする状況の例を具体的に挙げている自分を発見できる。どうしてその一例を見出したの?と考えてみると、根拠のないことを勝手に考え、そうなることを確定しているようであるとわかる。ばかばかしい。もしその一例について、自分に探りあてれる能カをもってそこにいるのなら、何も苦労するまいと。「こうなるまい」とする一念を言い当てられている確率たるや、夢を叶えている自分の姿を理解するところにいると考えるにも等しい。あなたの思う一例の姿とは、まさに夢を叶えた一例の状況を理解するように難しいというように考えなさい。

ワタクシ:それは、どちらも難しいということなのでしょうか?

内なる声:夢を叶える時の状況を、一部始終理解できるものならしてみるがいい。この状況を理解できてたと思える節をもって対応していたかと考えれば、まさかと思うようなよろこびをもって夢の実現を可能とする。「何かわからぬ理解について考えている」ことを前提にすると、その夢を叶いやすくすると言えよう。あなたの考えをもってその不安を考え、細かい状況を現実とするのは、具体的に夢の叶い方を知ってるに等しい。どちらも不可能。

ワタクシ:それは、言われてみれば、確かにどちらも不可能なのだとわかりますが、「夢を叶える具体的な状況」を考える必要がないとすれば、どう考えていればよいのでしょう?

内なる声:「夢を叶えたい」と思うことなく、やりたいことをやっていればよい。「こうしたい」と思えることを可能にすべく動く。

ワタクシ:「こうしたい」と思えることと、「夢を叶える具体的な状況」は異なるのでしょうか?

内なる声:「こうしたい」ことと、「こうなるのが望ましい」こととは違う。いまの状況との距離と、あなたの信じる可能性を強くする方法を異なるものとする。あなたが漠然と描く「こうなるのが望ましい」とする夢が、あまりに遠いから、見えなくなる。「いまの状況の何を変化させたいか」と考えるのを軸として動くこと。

ワタクシ:なるほど。しかし「どちらも不可能」であるわりに、私たちは「不安な一例の状況が現実となる」と信じる方が、簡単であるように思えます。それはなぜでしょう?

内なる声:不安になることに根拠をもっていると考えているから。何をもってそれが根拠となっているかと考えると、夢を叶えた人間を例として根拠にしていないものと気づく。「こうなる可能性」というものを信じるなら、同じ確率をもって良くなる可能性をそこにもっていると信じていない。

ワタクシ:そうですね。しかし、「成功率」を50%と考えるのが、高いと思うのは当然のような気がします。それについてはいかがでしょう?

内なる声:「成功率」ではない。「あなたの望ましいところに行ける可能性」を50%とすれば、あなたの考えをどちらへと振り向けるのかという話となる。「望ましいところ」というものの距離を考え、それを理解すれば、50%という数字にこだわることもなく、あなたがどうしたいかということの積み重ねとわかる。

ワタクシ:うーん…具体的にはどうするのが良いのでしょう。

内なる声:まず、「夢を叶える」と考えるのをやめ、具体的にどう「変化」したいかを決めなさい。決まったら、「こうしたい」と思えるところに向かおうとすることを考える。「どうすれば変化できる?」と考え、ひたすらやるべきことをやってみて、変わらないなら言ってみなさい。何をもって「変わらない」と考えているのか教えよう。

ワタクシ:しかしこの方は、「今できる事をやっているが、良い結果が出ない事に焦りを感じる」とおっしゃっているようです。「何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?」と質問されていますが、いかがでしょう?

内なる声:「今できることをしている」?「夢の実現」のため?「上達をする」ため?それとも、「年齢に不安を感じない」ため?「いつか叶う夢のための一歩を踏み出す」ため?
そう考えるのをやめ、「いま、楽しい」と思えることを理解し、いま自分の中でその切り替えの為、必要とする「変化」の内容を具体的に考え、その「変化」への対応を考えるよう、すすめている。


ワタクシ:はい。その「変化」の内容が理解できないのではないのでしょうか?

内なる声:「変化」の内容を理解できるかどうか、きいてみるべき。あなたの「変化」させたい部分を見つけられないのか、「変化」する意味を見つけられないのか、それとも、「変化」させるよりも「夢の実現を優先すべき」と考えているのか、あなたの心にきいてみなさい。

ワタクシ:「望ましい」と考える対象との距離が遠すぎたということでしょうか?それよりも、「現在のどこを変化させたいか」ということを考えはじめる、という理解でよろしいでしょうか?

内なる声:「現在のどこを変化させたいか」の積み重ねが「夢の実現」であるならば、あなたがいきなり「夢の実現に飛ぶ方法」を考えていることを理解する。わかったかな?

ワタクシ:はい。「自分を信じる」ということについては、いかがでしょう。

内なる声:「自分を信じる」のでなく、「良くなる」という、ものの道理を信じる。あなたのことではなく、あなたを導く者の光を信じる。「悪くなる世界」を信じるのでなく、「良くなる世界」について理解する。どこにいても、またさらに夢を叶えたいとする自分を理解し、はじめの「変化」を期待する。いいかな?

ワタクシ:はい。しかし、「自分を信じる」必要はないとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声:悪い状況でなく、良い状況を理解しはじめようとするならば、自分のその理解を正しいものと信じることは可能になる。

ワタクシ:わかりました。他にありますか?

内なる声:いや、わからないならまた質問して欲しい。それでは。

ワタクシ:そうですね。来週は、メルマガとブログのお休みをいただきます。
個人サポートは続行しております。
ブログでの回答をご希望の方は、コメント欄より質問をお願いします。
それでは。(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年07月29日

「内なる声」からの回答その27

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。

ワタクシ:お願いします。

内なる声:うん。じゃあいくよ。


<質問>
ユキさん、内なる天使さんこんにちは。いつもブログ、メルマガを楽しみながら読ませて頂いています。内なる天使さんにお聞きしたくてコメントさせていただきます。一年くらい前から、私もホ・オポノポノを実践しています。お聞きしたいのですが、ホ・オポノポノを実践している時、目に見えない内なる世界は、ユキさんの内なる天使さんから見てどのように変化しているのですか? ホ・オポノポノを実践するにあたってユキさんの内なる天使さんから何かアドバイスを頂けたら嬉しいです。
以前、ハイヤーセルフのメッセージを頂いて、今はとても内なる存在が身近に感じられるようになり、ユキさんと、ユキさんの天使さんに心から感謝します!ホ・オポノポノを実践するにあたって、内なる天使さんから何かアドバイスを頂けたら嬉しいです。
nenne 07/12 12:04



ワタクシ:現在、メルマガ の下段で、「ホ・オポノポノ備忘録」をまとめています。
私もぜひお聞きしたいです。ホ・オポノポノを実践している時、目に見えない内なる世界は、あなたから見て、どのように変化しているのですか?

内なる声:変化の仕方が知りたいの?

ワタクシ:え?変化の仕方?

内なる声:ホ・オポノポノが実践されている時の変化の仕方を知りたいの?

ワタクシ:えーと…はい。

内なる声:変化しない。何も変化していない。

ワタクシ:えーと、…まず、ホ・オポノポノが実践されていない時、つまり「問題」についての「情報(記憶)」を分析している時の状態は、どう見えますか?

内なる声:どう「見える」?どう「見える」という表現にしないでいれば、あなたの質問に答えることを可能とする。「問題」について考えている時に起こることを理解する。つまり、「問題」を複雑にする「思考」についてとらわれていることにより、どういう展開に落ち着くのかわからずにいる未来の道に分かれ目の兆しをみる。そのことを考えているうちに、悪い方向に進もうとするあなたの状況を理解するので、止めようとする。

ワタクシ:「問題」について「思考」することにより、未来の結果は変わるのですか?

内なる声:どう考え、動くかにより変化している。

ワタクシ:「悪い方向に進もうとするあなたの状況を理解するので、止めようとする」とは、どのように止めるのですか?

内なる声:ホ・オポノポノの話ではないの?

ワタクシ:話がそれてますか?よくわからないんです。

内なる声:止めようとするのは、止めれるよう話そうとしているだけ。あなたについてのことではなく、彼女の知りたいのが何であるのかをもう一度考えてみて。

ワタクシ:ホ・オポノポノを実践すれば、目に見えない内なる世界に変化がもたらされ、状況を改善できるという考えのもとに、あなたがその様子をどのようにとらえているのか、ということが知りたいのだと思うのですが…

内なる声:で、何がわからない?

ワタクシ:さきほど、「変化しない。」とおっしゃったので、なぜかがわかりません。

内なる声:変化するのがなぜだと言ったのか、わかった?

ワタクシ:え?えー…、「どう考え、動くかにより変化している。」と言われましたよね。

内なる声:変化しないので、邪魔にならない。つまり、良い方向に流れるのを止めない。わかった?

ワタクシ:はい。はい。わかります。
つまり、もともと良い方向に流れているものを止めているのが我々の「思考」なので、ホ・オポノポノを実践することでその害をとり除くことにより、「変化しないでスムーズに良い方向へ向かう」ということですか?

内なる声:害をとり除くのでなく、抵抗するのをやめるというのがいい。まず、あなたの「思考」の流れが良くないと気づくなら、考えないようにすることで、その「思考」を流せる。つまり、余計に分析される「思考」による無駄を省けるということ。

ワタクシ:はい。

内なる声:ホ・オポノポノがどうというものを語るのでないが、その「思考」についての反応を避けるツールを用いることにより、あなたの考えをスムーズな流れに導くよう、変化をもたらす。

ワタクシ:変化するのは、「状況」ではなく、「思考」ということですよね。

内なる声:「思考」に変化を起こすと、状況を悪いものにする力を好転させられる。

ワタクシ:はい。その「好転の様子」が見えますか?

内なる声:「好転の様子」が見えない。好転の様子に見える状況をよろこび、経験しているのが見える。

ワタクシ:「未来の様子」は見えないということですか?

内なる声:そうだな。「見える」という表現にするなら、「見える」のが「未来」というのが正しい表現でない。「未来」についての変化の話をしているのでしょ?

ワタクシ:はい。その「変化の様子」が見えるのかという質問だと思ったのですが…

内なる声:だから、変化しない。大丈夫。

ワタクシ:つまり、「思考」についての反応を避けるツールを用いていれば変化しないけれど、用いてなければ変化するということですよね。

内なる声:違う。変化するのを楽しむ必要のあることを「思考」すれば、その変化を楽しめて、変化する必要のないことを考えていれば、その変化をとめれないと苦しむのでしょ?だから、考えたくない「問題」や、理解できないことについての答えを分析する代わりに、流れにさからわないツールを用いるというように考えてみて欲しい。

ワタクシ:なるほど。叶えたいことを考える「思考」をおこなっている時、「変化の様子」は見えるのでしょうか?

内なる声:「変化の様子」を「見て」はいない。変化するのが「わかる」。ちゃんと叶っていくよ。

ワタクシ:いまおっしゃったことはホ・オポノポノの説明で話されていることと同じですよね。つまり、「問題解決のツールだ」ということ。「私たちが邪魔しなければ、光が通る」ということ。私たちは、それほど「思考」による邪魔をしているということに尽きるのでしょうか。

内なる声:尽きないのでは?ほとんどのことがうまくいっているのに、「うまくいってない」ことをなんとかしようと奮闘するほんの少しのことについての邪魔をやめたらいいのでは?

ワタクシ:それをやめるために、ホ・オポノポノを実践するのがいいのでしょうか?

内なる声:それでいいのならそうすればいい。それでも解決できないなら、できるように考えを変える必要をもっている。

ワタクシ:「考えないようにする」か、「考えを変える必要をもっている」のかを理解すればよいのでしょうか?

内なる声:理解できないので困っているのだから、「考えない」ことを選ぶのでしょ?それを続けるのに苦しみをともなう時、「考える」必要をもっている。「わからないことを分析する」ことと、「わかるように変化と理解を求める」のとが対極にあり、「わかるようになりたい」と思うことが「希望を見つめる」というもの。まぁ、何にせよあなたがやりたいことをやりなさい。

ワタクシ:テーマが複雑なので、まとめるのが難しいですね…

内なる声:まとめなくていいので、わからない者に質問すればいいと話せばどう?

ワタクシ:そうですね…回答の内容について、もっと知りたいことがある方は、コメント欄よりご質問くださいね。
あと、「ホ・オポノポノを実践するにあたって、内なる天使さんから何かアドバイスを頂けたら嬉しいです。 」とのことですが?

内なる声:「邪魔しないようにしよう」とするのでなく、「良い流れを感じよう」と思っていればよい。すべて、その気持ちを理解することにつながっている。わかるかな?

ワタクシ:はい。他にありますでしょうか?

内なる声:来週の質問がないようなので、対話に戻る。また来週。

ワタクシ:はい。また来週。(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年07月22日

「内なる声」からの回答その26

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。

ワタクシ :宜しくお願いします。

内なる声 :どうぞ。


<質問>
ユキさん、内なる声さん、こんにちは。初めて投稿させて頂きます。
先日、キャバクラ大好きな主人が店の女の子とキスしている場面をみてしまいました。(詳しいことは省きます)以前から、主人がキャバクラにいくことが嫌でしょうがなく、ただ店の中だけで帰ってくるわけではなく、アフターに行っていることが薄々わかっていたので朝帰りをしてくるときはいつもケンカのようになっていました。主人はただみんなと楽しく飲んでるだけと言っていたのに、たまたまその日がそうだったかもわかりませんが、なんだか切ないです。
でも、私が疑って不安に思っていたことが現実に現れたのかなとユキさんのいい気分ドットコムをみて、内なる声さんの回答をみて感じています。主人はもう二度とあのお店にはいかないし、酔っていたとはいえわからなくなるまで飲まないようにする!と言っています。私も不安な気持ちをもたないよう、悪い想像はしないよう、良い気分になれることを考えるよう、素敵な未来を考えるよう、自分が変われるようになりたいです。
でも、、、主人から会社の人と飲みにいくと聞いたら、『あの店にはいかないで!』と言ってしまいそう。。。信じていれば言わなくてもいいことですよね。100%信じるようにするために、今の私にたりないこととはズバリなんでしょうか?嫌な妄想がもくもくやってきたら、少しでも早く気分が変われるように良い言葉を呟いたりしていますが、もっと効果的な方法はありますか?助言頂けること心待ちにしております。
juju 07/0316:46


ワタクシ : この質問にお答えください。

内なる声 : 質問は何?

ワタクシ : え?えー…「100%信じるようにするために、今の私にたりないこととはズバリなんでしょうか?」

内なる声 : 信じなくてもいいのでは?

ワタクシ : どうしてでしょう?

内なる声 : 信じる・信じないの問題ではないから。

ワタクシ : では、どういう問題なのでしょう?

内なる声 : やめて欲しいのではないの?

ワタクシ :何をですか?

内なる声 :何をやめて欲しいのだと思う?

ワタクシ :キャバクラに行くこと。

内なる声 :それは本当?

ワタクシ :どういう意味でしょう?

内なる声 :やめて欲しいのは、何かを食べに行ったり、飲みに行ったり、どこかに出かけたりすることかな?

ワタクシ :いえ、ご主人が、ほかの女の人のいるお店に行くことを、楽しんでいるということだと思います。

内なる声 :やめて欲しいのは、ほかの女の人がいるお店に楽しんで行っていること?

ワタクシ :うーん…「ほかの女の人と楽しんで関わること」じゃないかな…お店であってもなくても嫌なのだと思いますが、楽しんで関わることを仕事にしている女の人のいる店にわざわざ行くのですから、「嫌でしょうがない」ですよね。
「私が疑って不安に思っていたことが現実に現れたのかな」とおっしゃっていますが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :あなたの考えは、彼女のものとは少し違うのではないかな。彼女は、あなたのような考えをしているのではなく、「楽しく飲んでいるのみ」というのを信じられない自分について、考えるべきところがあると思っている。しかし、考えてみれば、「信じる」というか、「信じられないのだから疑っているのだろう」という気持ちを抑えておきたい自分に出会えるだろう。
つまり、信じられないあなたの気持ちがその現実を引き寄せたのではなく、信じられないので、信じるために必要である現実を引き寄せようとしていたと思って欲しい。信じるためには、疑いがあるかどうかを確認する必要をもっているからね。


ワタクシ :ちょっとわかりにくいのですが、そもそも「信じる」というのは、何を指しているのでしょう?

内なる声 :だからね。あなたの考えはそこまでのものであるが、彼女の場合、もっと嫌な妄想をしてしまうと悩んでいるのでしょう?だから、そもそも「信じる」という問題ではなく、「何が嫌なのか」ということに正直に反応する必要を持っているのに、何も考えず「なかったことにする」ことにより、問題をなくそうとしているのが問題なのだよ。

ワタクシ :「なかったことにする」ですか…?「主人から会社の人と飲みにいくと聞いたら、『あの店にはいかないで!』と言ってしまいそう。。。信じていれば言わなくてもいいことですよね。」という考え方が問題だということですか?

内なる声 :どうして「いかないで!」と言わないの?言えばいい。

ワタクシ :そうですね。私も、言えばいいと思います。「いかないで!」と言えばいいし、「飲みにいくと聞いたら、嫌な妄想をしてしまうので困っている。いつも安心させて欲しい。いい気分で過ごせるようにしたいと思っているので、協力して欲しい。」と言えばいいと思います。そうしたら、ケンカになったり、もっと嫌な気分になると思っていらっしゃるのでしょうか?

内なる声 :そうしないのだから、嫌な気分になるとわからない?あなたが必要としているのは、「協力」であり、「信用」ではないのだよ。なぜなら、あなたが「希望していること」について、話しをしないでおけば、あなたの「希望」にとどまるだけとなるから。
「希望をせずにいること」が、あなたの心の中で安らぎを得る方法となっていないのを理解するなら、希望をし、協力を求める必要をもっている。希望しなければ、他の人間は他の人間の思うままの行動を、思うままに取ろうとする。それを邪魔する権利をもっているかと聞かれれば、もっているのではないといえるだろうが、あなたの愛する者にそう伝えて、「協力」を得る方法を理解するなら、あなたの考えは効率的になる要素をもっている。
「信じたい」という希望を伝え、そのことを理解してもらえたという満足感を得られるようになればいいが、そうしなければ、何も言わないあなたについて見受けられるのは、「信じたいが信じられない」という葛藤が抑えられなくなって、イライラしているのが伝わるといった具合になるかな。


ワタクシ :具体的には、どのように「協力」を得る方法を理解すればいいでしょう?

内なる声 :それを考えて欲しいのだが、どうすればあなたは満足する?ご主人が「協力する」と言ったとして、あなたは何をお願いする?「協力をしない」ならば、あなたはご主人にどのように接する?「協力を得られた」という満足感を得るためのあなたの考えをまとめてみて欲しい。
あのね、あなたが信じていればいいのだと本気で思うなら、「飲みに行く」と言われたら、「わかった。信じているからね。」と言いなさい。あなたの気持がおさまるまで「信じられない」と思うなら、「信じられないので、信じていいよと言って欲しい」と言いなさい。どちらも言えないと思うなら、その理由を考えてみて、もう一度質問してみて欲しい。
このまま何もしないで、「いい気分になれる方法」を見つけたいのなら、そうしない理由を書いて、もう一度質問できるようにまとめてみて欲しい。話しはそれからにしよう。


ワタクシ :わかりました。ではこの回答で解決できないところがわかれば、いつでも再質問してください。それでよろしいでしょうか?

内なる声 :根本的な問題を解決するという時期がやってきているからこそ、人は「困ったこと」に出逢う。そうすると、過去の知識や方法によっては解決できない問題であるがゆえに、解決法を見出すことを、困難とする。
しかし、あなたが望んでいることは、そのようにして現れ、あなたの「困ったこと」を解決する方法を理解するための成長を必要とした結果を生み出す。
つまり、「困ったこと」は、「困らなくなりたい」というあなたの望みを反映して、解決されるべく待っている。わかったかな?


ワタクシ :はい。ほかにありますか?

内なる声 :また来週。

ワタクシ :また来週(⌒▽⌒)ノ





posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 16:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年07月08日

「内なる声」からの回答その25

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。

ワタクシ:お願いします。

内なる声:わかった。


<質問>
こんにちは! ありがとうございます。 いつも楽しみに拝見させていただいております。
ひとつお聞きしたいのですが、夜寝る前には非常にうきうきして楽しくて仕方ない状態で休めているのに朝起きた瞬間憂鬱な気分になっているのはどうしてなのでしょうか? 勿論そうでないときもありますが、最近そういう日が多いもので、教えて下さい。
ジョニー 07/01 19:11



ワタクシ:この質問にお答えください。

内なる声:疲れているのでは?

ワタクシ:疲れている?疲れがとれていないという意味でしょうか?

内なる声:疲れを溜めているのでは?ゆっくり休んでみて欲しい。

ワタクシ:朝起きた瞬間憂鬱な気分になるのは、単に疲れているからですか?夜寝る前には非常にうきうきして楽しくて仕方ない状態なのに?

内なる声:疲れているのは、身体でなく、心なので、そうなる。

ワタクシ:心が疲れてるのですか?どういうことでしょう?まさか、うきうきしすぎて?

内なる声:心の中で、「うきうきしていたい」という気持ちを強くもっていて、寝る前にピークに達するため、起きると、疲れる。つまり、寝る前にはそれでよくても、ここから活動に移る気持ちに寝不足を感じるため、立ち上がるのを拒みたい気持ちを優先できないのを嫌がっている。なにも、「いい気分」で寝たら、「いい気分」で起きれるというものでなく、他の要素を感じるのを、普通として欲しい。

ワタクシ:この場合、「他の要素」とは、何でしょう?

内なる声:他の要素は、多くの不安や心配、そしてあなたの考えを安らかなものとできない過去の習慣である。つまり、あなたの気持ちを、無理な方向へもっていくのは簡単ではない。ゆっくり、確実に幸せを感じて欲しい。わかるかな?

ワタクシ:「無理な方向」とは、どういう意味でしょう?

内なる声:無理な幸せを感じる必要をもっていない。いま、幸せを感じる必要をもってそこにいると考える必要をもっていない。幸せになることを目標にする必要はない。幸せを感じる余裕をもてれば、幸せを感じるだろう。

ワタクシ:「他の要素」は、寝る前には忘れているのでしょうか?朝起きた瞬間にその要素を感じるのはなぜでしょう?

内なる声:だから、これから、活動する必要をもっているから。休めれば、憂鬱は感じにくいのでは?

ワタクシ:では、休めばいいのですよね。しかし、疲れているのは、身体でなく、心なのであれば、数日休めば治るのではないのですよね。どうすればよいのでしょう?

内なる声:ともかく、休みの時をつくってはどう?あのね、心を安めるため、身体を休めるという考えをもって欲しい。彼の場合、特にそうであるのだが、考えを激しく変化させようとする希望をもってそこに存在していることそのものに対しての疲れは、激しく体カを消耗している。つまり、頭を使っているのを、減らすのも大切。
「いい気分」を感じる最も簡単にできる方法は、「何も考えない」ことであり、考え、理解することを日々おこない、眠りにつくことで、疲れが瑠まるのも無理はない。ゆっくり、何も考えない時間に出会えるような生活を心得てごらん。心が元気になるには、そうすればいい。


ワタクシ:なるほど。あれこれ考えていると、本当に疲れを感じるので、よくわかります。とすると、寝る前とか、その日1日の過ごし方が大切ということですよね。どのように心がけるのがいいのでしょうか。

内なる声:「心がけ」について考えるのをやめ、楽しむことだよ。「楽しみたい」のと、「楽しむべき」という気持ちの差を知って欲しい。あなたが「努カして楽しむ」ことが、あなたを疲れにもっていくのでは?

ワタクシ:そうですね…しかし、まずはその「心がけ」がなければ、「楽しもう」とすることを忘れ、ネガティブな思考に翻弄されがちですよね。そこのところを、どのように調整すればよいのでしょう。

内なる声:ネガティブを見つけては、「楽しむことを思い出そう」とするのでなく、あなたの目は、ネガティブのものを見つけるという事実について、覚えておこうとすればいい。
つまり、何をがんばろうと、あなたはネガティブを見るだろう。そこを変化させるのを目標としてもムダなだけ。ネガティブを見て、そしてポジティブを見る。そこに移動する時間の短縮について考えようとしなさい。それ以外のことを考える時は、体カを消耗しているのみと理解するべき。必要のない理解を求める思考を重ねて四苦八苦するのみ。


ワタクシ:「必要のない理解」ですか…ネガティブを見て、イヤな気分になっている自分に気づき、ポジティブを見ようとすればいいのですよね。それ以外の理解のための思考は必要ないのでしょうか?
たとえば、現実に「いいこと」を引き寄せるために、いいイメージを浮かべることなども、必要ないとおっしゃいますか?

内なる声:いいイメージを浮かべれば、どうなるの?

ワタクシ:いいことを考えて、「いい気分」でいれば、いいことが起こるのではないのでしょうか?

内なる声:「いい気分」でいれば、いいことが起こるというのは、「いい気分」を感じるのがあなたの望みのイメージとマッチしているというサインであるため、「いいことが待ってるよ」という意味であり、イメージをしたらいいわけではない。ポジティブな思考は、普段よりそこに存在しているので、無理してよい気持ちを目指すこともなく、ラクにしてなさい。

ワタクシ:はい。他に「必要のない理解」とは、どんなことでしょう?

内なる声:あなたの及ばない理解全般。必要な理解を得られないと感じるとき、ムダな考えを最も起こすだろう。しかし実際はムダなのだよ。

ワタクシ:「必要のない理解をしようとするとき」ではなく、「必要な理解を得られないとき」が最もムダな考えを起こす??それじゃあ、どうすればいいかわからないですよね。

内なる声:わからないのだから、こうして疲れているのだよ。だから、「わからなくていい。それで当然」と思いなさい。必要な理解は、心要な時、あなたが理解できるはずと感じていればいい。わかったかな?

ワタクシ:わかりますが、難しく考えてしまいます。アドバイスは、「休めばいい。」「何も考えない」など、単純なのに、それが一番難しいのですね。

内なる声:難しいのなら、「簡単なこと」と思わずにいればいいよ。無理に「簡単なこと」と思う必要はない。難しいのだから、あなたも彼も他の者も、がんばろうとして、がんばれない自分に気づくことを繰り返し、そしてそのネガティブをポジティブに変えることをしようとする。それでいい。

ワタクシ:「これでいい。」と思うとラクですね。他にありますか?

内なる声:では、また来週。また話そう。

ワタクシ:はい。ご質問は、コメント欄からお願いします。
また来週(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 23:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

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