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   スピリチュアルな存在と、あなたが、心ゆくまで
   対話をするという新常識。『人生を変える対話


2010年09月16日

「内なる声」からの回答その31

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ : よろしいでしょうか?

内なる声:どうぞ。


<質問>
ユキさん、内なる声さん、はじめまして。いつもこちらのサイトのコンテンツを読んでは、新鮮な気づきを頂いております。本当に素晴らしい内容を届けてくださりありがとうございます。
今日は恋愛で悩んでいることがあり、何か今の私にアドバイスを頂けたらと思い相談させていただきました。今私には3年ほど片思いしている人がいます。その人とは現在ほとんど会うことがありません。その人とは普通に話すことは話すのですが、特にプライベートで遊びに行くなどはありません。いつもの私だったら、プライベートでの接触が無い時点で好きになったりしないのですが、今回はその人の側にいる(お互い何も話したりせず、ただ側にいるだけ)とまるでお互いの気が溶け合うような強烈な一体感を感じたことで好きになり、今になっても忘れることができずにいます。
しかし、一体感を感じつつも同じくらい強烈にコンプレックスを刺激され、それ以上距離を縮めることを躊躇っています。こんな強烈な一体感を感じるのはその人が初めてだったので、その人の側にいたいと思うのですが、付き合いたいかというと付き合いたいとは思いません。なので恋愛感情ではないのではないかと自分で思ったのですが、彼が女性と仲良くしてたり、誰かと結婚するかもしれないと思うと絶望感がわきます。この「好きだけど付き合いたいとは思わない」、「一体感を感じて側にいたいと思うけどコンプレックスも感じてしまい辛くなる」という矛盾した気持ちのお陰で身動きがとれず、宙ぶらりんな状態がとても辛いです。
せめて強烈に感じた一体感が何なのか分かれば、もう少し気持ちも明瞭になって進むなり諦めるなりできると思うのですが…。この強烈な一体感は何なのでしょうか?好きだけど付き合いたいとは思わないのは、コンプレックスを感じること以外にも何か原因があるのでしょうか?いい恋愛をする為に必要な心掛けなどありましたらアドバイスをお願いいたします。最後になりましたが、猛暑が続いておりますユキさん、お忙しいと思いますがお身体ご自愛くださいませ。
ねね 08/3020:32


ワタクシ :うれしいメッセージを添えていただき、ありがとうございます。この質問にお答え下さい。

内なる声 :そうだな。この者の言うことを考えているのだけど、なぜそのように付き合っていこうとすることにこだわっているのだろうと思って。何をそんなに悩むことがあるのだろうかと思っている。あなたの意見について聞かせてくれない?

ワタクシ :え?何をそんなに悩むことがあるのだろうかと思ってるのですか?

内なる声 :そう。悩むところを何としてるのか、わかる?

ワタクシ :悩むところを何としてるのか…?「好きだけど付き合いたいとは思わない」、「一体感を感じて側にいたいと思うけどコンプレックスも感じてしまい辛くなる」という矛盾した気持ちのお陰で身動きがとれず、宙ぶらりんな状態がとても辛いです、と書いていらっしゃると思うのですが…?

内なる声:それを、どうして悩んでいるのだろう。あなたにはわかる?

ワタクシ :自分の中でわからない気持ちがあって、進むなり諦めるなりしたいができない、と書いていらっしゃると思うのですが…本当に「どうして悩んでいるのかわからない」と思っていらっしゃるのですか?

内なる声:どうして悩まなくていいものを、悩んでいるのかわからないと言ってるのだけど…そうだな。「悩まなくていい」と思わないので、悩んでいるのだとわかる?

ワタクシ :はい。前に進めないので、「悩まなくていい」と思わないので、悩んでいるのだとわかります。

内なる声 :なら、どうして前に進めないのか、わかる?

ワタクシ :それを質問されているのだと思うのですが…教えてください。

内なる声 :何を悩んでいるのか、わかってないので、そうなる。あなたの考えによると、「付き合いたいと思わないのに、あきらめられない」と言っているのでなく、「自分の心に一体感を感じているのに、付き合いたいと思わない」と言っている。
悩んでいるのは、コンプレックスのせいだと書いているのなら、そのせいで付き合うことを躊躇しているのだと思っているのなら、この彼に限らず、付き合っていくとするものそのものを躊躇しているのであり、「好きなのに付き合えない」のでない。それを、まるで「一体感を不思議」と感じたり、「付き合いたくないのがおかしい」と思ったり、「前に進めない」と考えたりしてるのが不要。
好きでいるが、コンプレックスを感じて付き合いたくないのでなく、自分に自信をもてないので言いだせないということを、複雑に考え、付き合わずにいるのを選んでいて、そしてそのあと、前に進めないと困っている。
ところで、「付き合う」ということについて考えてみる時、どうなるのかもわからないのであるのに、そのことを頭から除外し、自分の中で整理して片づけようとしている。何を悩んでいるのかわからないというのは、あなたが理解できないことばかりを考えて、答えを探そうとしているので。
理解したいのなら、彼とどういう関係になりたいのか、それのみを考えてみればいい。「このままの関係」でいたいのか、「もっと遊びに行けたらいい」と思うのか、「付き合う気はないが、興味をもって友人として話をしたい」のか、何を求めるのだろう。それで、彼がそれを受け入れるのかどうか、そんなこと、まだ何もわからず、それさえも拒否されるのを怖いとして、何を悩んでいるのだろう。放っておくなら、そのまま放っておくのがいい。彼にとって、あなたの気持ちを知らないままに、いつもの日々を過ごすだろう。


ワタクシ :おっしゃることはわかるのですが…うーん…
「好きだけど付き合いたいとは思わないのは、コンプレックスを感じること以外にも何か原因があるのでしょうか?」という質問をされてますが、あなたは、コンプレックスのみが原因だと言われているのですか?

内なる声 :コンプレックスそのものでなく、自信のなさを理由に、自分で躊躇しているのだと書いてある。それだけ。

ワタクシ :「せめて強烈に感じた一体感が何なのか分かれば、もう少し気持ちも明瞭になって進むなり諦めるなりできると思う」と言われています。「この強烈な一体感は何なのでしょうか?」ということですが?

内なる声 :あなたが、彼に感じている素直な感情。それが恋愛的感情なので、好きなのでしょう?

ワタクシ :「付き合いたいかというと付き合いたいとは思わないので、恋愛感情ではないのではないかと自分で思ったのですが、彼が女性と仲良くしてたり、誰かと結婚するかもしれないと思うと絶望感がわきます」とのことですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :恋愛感情というものを、どうとらえるにせよ、付き合いたいかどうかは別として、あなたの感情は「ジェラシー」なのだから、彼にとって、どのような存在でいられるのを「とられる」のが困っているのかを考えるのなら、わかると思う。他の人にそうさせたくないのが、なぜそうさせたくないのかを考えると、答えはでる。自分をみて、他の人を考え、「うらやましい」と感じるのを「ジェラシー」というのであるのだよ。わかる?

ワタクシ :うーん…ちょっと考えてみたのですが、たしかに恋愛的感情を感じても、いざ付き合ってみたらきっと、「合わないだろうな」というふうに感じる、というのとは違うのでしょうか?だから前もってブレーキがかかってるような状態というか…よくわからないですけども…

内なる声 :その感情を分析してみても、理解できない。何をもってあなたの気持ちを苦しくしているのかといえば、「どうするべきなのか」を理解したいのだと思うのだから、苦しいのだとわかるはず。だから、「どうもしなくていい」として、「どうしたい」のかを考えてみてはどう?

ワタクシ :それがわからないのだと思うのです。

内なる声 :わからないのなら、わかるのを待ち、放っておくのをできない理由を考えよう。

ワタクシ :彼の存在が原因で、進むことも諦めることもできないと考えており、彼が女性と仲良くしてたり、誰かと結婚するかもしれないなど、考えてしまうのが、放っておくのをできない理由として、どう考えるのをすすめていらっしゃるのですか?

内なる声 :当然のことだと考え、それでどうしたいのかを考えよう。
あのね、付き合いたいと思ってないのでしょ?なら、あなたにできるのは、放っておくのか、諦めるのか、他の人と付き合うのか、になるのだとわかってない。何度も「付き合いたいと思わない」と言いつつ、わかってないのだよ。付き合いをもたないのを選んでいるのに、何を悩んでいるのかが、わからない。わかってくるものがあるだろう?


ワタクシ :はい…。そういえば、何度も「付き合いたいと思わない」と言ってらっしゃいます…。私も複雑に考えてしまいましたが、「付き合いたいと思わない」のなら、あとは自分の気持ちの問題ですね…確かに。
しかし、「片思い」という感情は、苦しいし、不思議なものですね。「それにどんな意味があるのか」と考えてしまうのだと思います。それについてはいかがでしょう?

内なる声 :付き合ったからといって「両思い」だと言えるのでもないし、「片思い」だからといって苦しいのでもない。お互いに何も生んでいない恋愛を思う時、苦しいと感じる。それを複雑にとらえるより、まず、恋愛というものをどうとらえるのかを考えて動くのをやめ、あなたがしたいようにしてはどう?
会えることが少しでもあるのなら、あなたの好意を示せばいいし、他の人と付き合いたいのかどうか、考えてみればいい。つらいのが何かを考えてみると、「何も生まない考えを繰り返しているから」という理由であるだけとわかる。
何をどうしたいのであるのか、考える機会を得ているととらえ、コンプレックスをなくしたいのか、よい恋愛に巡りあいたいのか、それともあなたのコンプレックスをそのままヨシとしてくれる人を探したいのか、この機会に理解できるのだと考え、よく見つめてごらん。


ワタクシ :はい。「いい恋愛をする為に必要な心掛けなどありましたらアドバイスをお願いいたします。」とのことですが、いかがでしょう?

内なる声 :「いい恋愛」って、どんな恋愛?
それを決めるのが、あなたと知るのを心掛けてみてはいかが?


ワタクシ :わかりました。他にありますか?

内なる声 :あなたの気持ちがはっきりしてから、また質問をしたいなら答える。それではまた来週。

ワタクシ :はい。来週のメルマガは、お休みをいただきます。個人サポートは続行しております。
ではまた来週 (⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 20:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年09月24日

「内なる声」からの回答その32


ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声:いいよ。


<質問>
ユキさん、内なる存在さん、初めまして。HP、迷ったときに見ては元気が出ます。
質問なのですが、私は5年ほど前から左目に力が入らないようになってしまい、今現在もそのことでしょっちゅう落ち込みます。落ち込む理由として、目に力が入らないので集中力が持たず、呼吸も苦しくなって人とコミュニケーションが上手くとれないことがあります。日常生活でも目のせいでイラだったりしてしまうときがあり、自暴自棄になってしまったりします。病院に行っても原因が分からず、なかば途方に暮れています。今はいい思考と潜在意識を使って治そうと思っています・・というより、もうそれしか自分には選択肢がありません。
この状態になって思うのは、とにかく人と楽しく話したいという欲求です。人と話すと心の底から喜びが沸き起こるんですが、そのときいつも思うのが、これで左目が治っていれば最高なのに。。という感情です。実質、今は人と長時間コミュニケーションをとるのは困難で、時折この先も目は治らず、ずっと孤独で苦しい思いをしていくのではないか。。。とネガティブになってしまうときがあります。
よく病気はメッセージといいますが、私なりに学んだことはいろいろあります。人とコミュニケーションをとる楽しさや、当たり前のことに感謝することや、スピリチュアルを知ったのもこの病気のおかげです。今、私は学びの段階にいるのでしょうか?この病気を真剣に乗り越えたいと思っている自分がいます。私のセルフは、私になにを伝えたいと思っているのでしょうか?教えてほしいです。お願いします。
アイス 09/0620:39



ワタクシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :うん。まず、このことを考える前に、どうしてそのようなことを理解する必要をもっているのか、ということについて話す。
あなた方の中に、何かの欲求を満たしたいと考える時、「このことがなければ考えなかった」とすることをもって、現れることがあると思う。そして、そのことを理解した時、あなた方が真っ先におこなうことは、感謝して、愛を理解しようとするのでなく、邪魔になる原因を取り除く行為であるのだとわかるはず。つまり、そのことが起こらなければわからないことだった多くの理解を得、その後、そのこと自体について、「もういい」としたいのにできない、というわけ。それを理解できる?


ワタクシ :はい。この場合、「その症状がなければ、考えなかった」とする多くのことを学んだが、現在、「目に力が入らないこと」自体について、治りたいが治らない、ということだとわかります。
どのように考えればよろしいのでしょうか?

内なる声 :治りたいけど、治らない。そうではなく、「治らないこと」に意味をもつのだと考え、苦しんでいるのを理解できる?

ワタクシ :うーん…「治らないこと」に意味をもつのだと考え、苦しんでいるのではなく、やはり、「治りたいけど、治らない」ことに苦しんでいるのだと思ったのですが…
そもそも、「このことがなければ考えなかった」とすることが現れること自体が、自覚のないことなのではないかと思うのです。その症状が現れたときから、「なぜこうなったのかわからない」という気持ちを持っているのだと思うのです。

内なる声 :なるほど。あなたが話しているのは、こういうこと?
「まず、何であるのか、わからないが、このようなことが起き、それから、治りたいのだと考えながら、それでも多くのことを学んだと知っている。しかし、治らない限り、私が幸せになれないのであるのがわかっているので、どうすればいいのか知りたいのだ」と?


ワタクシ :そうでないのでしょうか…?多くのことを学び、もちろん感謝もしているけれど、その症状に苦しんでいるということから解放されないと、どうにも苦しいのではないでしょうか。

内なる声 :どうにも苦しいのはわかるのだが、もしそのことがなければ、よろこびを感じなかったことについて理解したのであるのに、そのことを除外して考えようとするのはなぜ?

ワタクシ :例えばこの場合、「人とコミュニケーションをとる楽しさ」を理解できたのに、その症状のせいで、コミュニケーションを取れずにいるのなら、どうすればいいのかわからないのだと思うのです。

内なる声 :あなたの話を、このまま進めても、解決しない。「治りたいのだが、治らない」のでなく、まず、「治らない意味」を考えている。そのことを自覚して欲しい。「治らない」ことに苦しんでいるので、なぜ治らないのか、知りたいと考えている。それはわかる?

ワタクシ :はい…。なぜ治らないのか、知りたいと考えているのがわかります。

内なる声 :なら、なぜ治らないのかを、教える。あなたが、治らずともよいとする、何らかの気持ちを未だ解消できていない部分をもつので、治らない。このことを自覚することは難しいけれど、よく聞くように。
まず、あなたにとって、困難であることが現れた時、それ自体を、あなたが望んでいる。なぜかと言えば、あなたにとって、そのように「わからない症状」を現すメリットを感じる心があり、それ自体を身体に現すことで、「しなくていい」とする考えをもつことを許可される。あなたが「したくない」とすることを、「しなくていい」メリットをもつ症状を、あなたに呼び寄せているのがあなた自身であった。そして、それをあなたの心の中におさめ、多くの学びを得、「しなくていい」ものを残しつつ、「不快である症状を消そう」とするので、消えない。以上が説明となるけれど、わかりにくいと感じるのなら、あなたがもともと、そのように嫌なことを考えて、その助けとなりそうな出来事を呼び寄せてきたというところに立ち戻り、その上で、まだその心を残しているのだと知って欲しい。


ワタクシ :「しなくていい」メリット…病気のような症状が現れるとき、何らかのことを「したくない」と考えていて、それを、「しなくていい」ための症状を、自ら呼んでいるとおっしゃっているのですか?

内なる声 :そう。あなたの場合、そのことを自覚してみれば、私が言っている意味を理解しやすくなる。何らかのことを「したくない」とするものを残しつつ、解決しようとするのが難しい。しかし、そのような状況で、理解を進め、「改心してきた」と考えている。だが、そうではないのだよ。

ワタクシ :それをこの方が自覚されているかどうかはわかりませんが、そうであるとして、どうすればよいのでしょう?

内なる声 :どうすればよいのかと言えば、理解できるのだとわかればいい。あなたが理解できていないことを、これまでもその症状をもって多く理解している。その感謝を理解していけるのだと考えるといい。

ワタクシ :しかし、「今は人と長時間コミュニケーションをとるのは困難で、時折この先も目は治らず、ずっと孤独で苦しい思いをしていくのではないか。。。とネガティブになってしまう」と言われています。
「今、私は学びの段階にいるのでしょうか?この病気を真剣に乗り越えたいと思っている自分がいます。」と言われています。多くのことを理解できるのはいいですが、症状のせいでつらいと感じていて、「その感謝を理解していけるのだ」と考えるのは、難しいのではないでしょうか。

内なる声 :いい?症状を「つらい」のが、あなたのコントロールでなんともできないのだと考えるのをやめて欲しい。
あなたがその症状をなんとかできないのは当然であるのだが、あなたが「つらい」のを、なんとかできないのではない。あなたがなんとかできるのが、「つらい」と感じることをやめようとすることだけと知ること。難しいのはわかっている。しかし、あなたがそうしないのなら、理解を進められない。


ワタクシ :理解をどのように進めればよいのでしょう?きちんと理解できれば、治るのでしょうか?

内なる声 :理解することにより治ると考え、あなたが理解を進めるのなら、治らない理由をもたない。しかし、あなたにとって、理解を進めていくのが、「その症状のせいで困難」と考えているのなら、進まないと言っている。
あなたが理解すべきことが何であったのかがわかるのは、その症状を考えずに、あなたの道を進むことを考えようとするときであるのだよ。症状をあなたなりにおさめつつ、理解を進めるということを求められている。これが高度なことだとわかるのなら、きちんと高度に対する心がまえをもちなさい。「できるかどうか」を考える余地がない。そう書いてあるのだろう?


ワタクシ :「あなたの道を進む」とは、具体的にはどうすることなのでしょう。「症状のことを考える」のでもなく、「人とコミュニケーションをとる」ということでもないのでしょうか?

内なる声 :人とコミュニケーションをとることを困難としていて、しかしそれをあなたのよろこびとしているのであれば、そこにあなたの「できること」を見出し、症状とうまく折り合いつつ、何かを進めることを考えなさい。他にやりたいことがあるのなら、症状の楽な時をみて、そこを進めようとしなさい。
「症状がないのだとして、したいこと」を、あきらめるのが嫌なら、「症状があったとして、したいことをもっとできること」を考えなさい。
症状がなかったとして、延々と人としゃべれれば、幸せなの?何を幸せとして行動したいのか、もっと考え、症状を脇に置いてそのことのみを考えなさい。


ワタクシ :難しいですね…。そうすれば、自ら呼び寄せた、「しなくていい」メリットというような心を、消せるのでしょうか。つまり、治る方向に向かえるのですか?

内なる声 :あのね。「治りたいのだからそうする」のを、やめなさい。そうであるのだから、あなたが何も得られないのだと知って欲しいのだ。「治らないとして、そこに動けずに立ち止まる自分のことを、何とか前へと進めてやりたい」と考えて欲しい。そこに、「理解」が待っているのだと言っている。そうでないのなら、そこに立ち止まり、苦しむことを選んでしまう。
いい?このことを理解できる時、「こうでなければ、考えなかっただろう」と、心の底に理解できることを得る。「こんなことが起こらなければ、苦しんで知ろうとせずにいたら、できずにいたことだったろう」と、心底理解できる。だから、あなたを、その場にうずくまってしまうあなたのことをいたわりつつ、それでも前へと進めることをしてやりなさい。
わからないことがあるのなら、いつも答えよう。しかし、まずはそれを考えてごらん。わかったね。


ワタクシ :わかりました…。では、「病気を真剣に乗り越えたい」と考え、症状のことを考えるのは、しない方がいいのですよね…?

内なる声 :症状を考える時、あなたの心をつらく感じる「思考」に身をまかせることを一切やめ、違うことを考える。あなたが、前に進める方法。その症状をいたわりつつ、何とかできるようなこと。もっと楽になれそうなこと。何かアイディアを見出すこと。他に、しようと思えること。できなければ、ゆっくり休もう。
どんなによろこびを感じることが、自分にとって困難であるのかを考えず、あなたの症状をそこにあるとして、脇に置く。もちろん、あなたがすることを高度なことと自覚して。それでいい。


ワタクシ :わかりました。まずは、そこからということですよね…。この場のお話しで、すべてを理解することは、難しいように思えます。いかがでしょうか?

内なる声 :そうだね。今後、こういったことにまつわる、考えの基本的なところを、もっと理解することができるよう、工夫していこう。いろいろ、考えているよ。

ワタクシ :そうですか。「私のセルフは、私になにを伝えたいと思っているのでしょうか?教えてほしいです。」ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :あなたのセルフが、今日話したことを、一番伝えたがっているよ。あなたの道を、進めてやりたいのだと。わかったかな?

ワタクシ :はい。他にありますか?

内なる声 :今日、わかったことと、わからないことを、まずあなたなりに考えてみること。いいね。

ワタクシ :以上ですか?

内なる声 :ではまた。

ワタクシ :はい。また来週お会いしましょう。




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 03:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年09月30日

「内なる声」からの回答その33

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :いい。はじめる。


<質問>
ユキさん、内なる声さん、こんばんは。今私には悩んでいることがあり、不安でどうしようもなく、ぜひアドバイスを頂ければと思い書き込みいたしました。
悩んでいることとは、必ず合格しなければいけない資格試験に何年も連続で落ちていることです。来年の試験が最後の受験のチャンスで、それ以降は受験資格がなくなってしまいます。最後になる来年の試験は新傾向になるらしく、情報を集めているのですが、「従来の勉強法では絶対無理」、「予備校に行ってないとまず受からない」といったものばかりで、予備校にどうしても通えない私にはどうしたらよいのかわからなくなってしまいました。「予備校に通えなくてもできることをすべてやる」と考えていた私は、いろいろ計画を立てていたのですが、ここにきて「この勉強法は大丈夫だろうか」と不安で勉強したことが頭に入りません。
今までも、絶対合格しなければならないのに集中できず上の空になることが多く、集中できているときはその代わりにと言わんばかりに寝込むほど体調を崩してしまいます。模試の成績はよく、周りからも絶対受かると言われても何年も試験に落ち続け、勉強してもその受験勉強期間に必ず病院に通わなくてはなるくらい体調を崩すといった状況を何回も繰り返すので、まるで試験を受けるなと言われているような気がして諦めるべきなのかと思っています。
でも、この資格をとることは私の夢であり、絶対諦めたくないんです。私はなぜ合格できないのでしょうか?合格するために何が足りないのでしょうか?不安でどうしようもないです。試験を受けるに当たって何かアドバイスをお願いします。
ミミ 09/13 20:31



ワタクシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :そうだね。あなたの頭の中に、「通らなければならない道」というものを見るとして、この試験がどうしてそんなに重要と考えているのだろう。そもそも、ただの「資格を得る」ものであろう?
あなたがしたいことをするのに、それなくしてできないのだと考えているので絶望的になるのを理解できるのであるのなら、そうではないのかもしれない、という考えをもつのなら変われる。
そもそも、「資格をとることが夢」というのは本当のこと?なるほど。資格がとれないのならば、夢は崩壊するというわけだね。とすれば、資格がとれるにしても、夢は崩壊する。そこがあなたの「ゴール」として、夢に終わりを告げ、そしてこれまでの苦しみを終えるというわけ。
何をもってその資格をとりたいと思うのか、それを「どうでもよい」みたいに見事に考えに入れず過ごしているのだね。「そんなことは、資格さえとれたらいいこと」なの?もしそうでないのなら、「資格など、どうでもいいのに」と、自分に言えるのかもしれぬと考えるのは無理なのかな?だって、「資格」によろこびを求めても、ただの「試験を受けた結果」という通過点であろう?


ワタクシ :そうですね。しかし、職業によっては資格がなければできないものもありますし、「その道を閉ざされる」という意味になるのではないでしょうか?

内なる声 :その職を経験していないのに、どうしてそれを天職とする必要をもつ?この者の理由とは、資格をとらねば進まぬという理論に基づいているのだとして、どうしてその道を進んでいくのがよいのだと判断するの?

ワタクシ :それが自分の夢と考えているからだと思うのですが…あなたは、諦めることをすすめているのでしょうか?絶対諦めたくないと言われていますが、どうすることをすすめているのでしょう?

内なる声 :諦めたとして、あなたがどうするのであるのか、考える状況にないのだと知って欲しい。その「資格」を人生のすべてのような考えで過ごすのが、幸せと考えているのかな?それとも、考えの中、「資格さえとれれば、幸せを約束されてるのだ」と思うの?

ワタクシ :「諦めたとして、どうするのであるのか」を考えるのが、大切なのでしょうか?

内なる声 :まず、なぜその「資格」をとって、その後の何を期待しているのかを考えてみる時、「合格しなければ終ってしまうのだ」と考えている。何を終わりにする?そして、何をはじめていくつもり?まだ何もはじめていくよろこびを理解できぬまま、あなたの何を終わりになると考え、おびえているの?
あなたの目の前にある「壁」を超えなければ、あなたは向こうに行けぬと考えている。そして周りには何もない。つまり、その壁がそこに一枚立ちはだかり、あなたは壁の前に座っている。そこに、あまりに長く座り続け、壁が高くなるのを感じている。壁を超えなければ幸せが見えずにいるのだと考える。そして、そのうしろ、つまり「壁の向こう側」を見たことはない。なにしろ、そこで壁を超えることのみを考えているのだ。
おかしい。たしかに壁がそこにあるのだが、周りに逃げ道のない建物に囲まれてはいない。なぜそこを動こうとせず、苦しんでいるのだろう。周りの者が、壁に目もくれず、通り過ぎている。あなたのように壁の前に座り、壁を乗り越えた者もいる。しかし、あなたがその壁の前に座ることを拒否される時、つまり、「受験資格」を失う時、それがあなたの「夢の終わり」というの?
あなたは、壁の前に座るのをやめる。そして、はじめて周りの景色に気づくだろう。おや、ここに壁があるのは確かだが、周りが閉ざされてないのだなと。あなたの目の前に壁をずっと見てたので、「閉ざされていたと感じるのが、この壁の前に居たからであるのだ」と気づく。そして考えてみるのだ。何を終わるの?「壁の前に座ること」を終えるのだ。結果をどうなるものかと心配するもむなしく、あなたがその壁の前に座ることから、とうとう解放される。そうではない?


ワタクシ :たしかに、結果はどうあれ、「壁の前に座ることから、解放される」のだということはわかります。しかし、その苦しみから解放された後、「壁の向こう側に行ける」のか、「壁のないところで何かを考えはじめる」のか、という違いは大きいでしょう。そのためにこれまで、ずっと座ってきたのですから。違いますか?

内なる声 :座ってきたのがあなたの意志なら、立ち上がるのも、あなたの意志でできたはず。しかし、座ることを選んだなら、何が無駄と考えている?あなたの意志により動かせるのは、あなたであり、「壁」にあらず。そして、その「壁」を考える時、あなたは楽しくない。つらい。苦しい。なぜ?
なぜなら、「壁が邪魔してる」と考えるため。いい?「壁」にとって、あなたをそこにおくのを嫌ったことなどなく、ただ、そこに立っているのだよ。あなたは、その「壁」と奮闘している。少なくとも、あなたのことを考え、「座れる期限」をもうけてくれる「壁」に対して。あなたがそこで苦しむ限り、「壁」があなたをなぐさめることはない。「壁が邪魔だ」と考えるあなたを、どかすぐらいしかしてくれない。


ワタクシ :つまり、どうすればよいのでしょう。上の空になったり、体調を崩したりするのはなぜでしょう。模試の成績では絶対受かると言われても、何年も試験に落ち続けるのはどうしてですか?

内なる声 :どうしてかと言われると、それをあなたの考えの中、拒否しているのであり、合格できないと考えているので、そうなるのでない?

ワタクシ :何を「拒否している」のでしょう?「合格するために何が足りないのでしょうか?」ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :合格することに苦しむ自分に拒否反応を示すのが、わからない?何を足らずとしているのか、話しておこう。あなたが、「何をよろびとしてそこに向かうのか」という心を足らずとして、あなたの身体が苦しむのだ。
もしもあなたが、その拒否反応を消して試験に臨みたいのであるのなら、どの結果となろうとも、必ずあなたを、そこからよろこびの道へと連れていくのを約束してあげなさい。
あなたがその試験を終えれば、必ずその場から立ち上がり、どの道を行くにしろ、最高のよろこびを与えるところに向かうのだと、あなた自身に約束し、あなたがその試験を受けるのをやめるその日まで、試験を終える頃に探そうとするよろこびついて考えていなさい。
少なくとも、いまの心境で過ごすより、合格に近づけるのだと信じること。また、合格を決めるのがあなたでない限り、結果が、あなたにとっての最善を選択してくれると信じること。それを理解しているのなら、体調を崩すということに苦しむことはなくなる。


ワタクシ :はい。試験が新傾向になるらしいが、予備校にどうしても通えない、ということで不安になることについてはいかがでしょう。

内なる声 :新傾向になるのは、予備校へ通わせるため、決められたことなの?そうでないのなら、傾向について調べ、できることをしてみなさい。
「どうしても通えない」のか…。あなたの言葉には、その傾向をもつ。
「絶対合格しなければならない」「まるで試験を受けるなと言われている」「どうしても通えない」…誰がそう言ってるのだろう?ねえ。思わない?ささやいているのは誰?不思議だね。


ワタクシ :はい…。いろいろ、事情があるのだろうな、と思って読みました。他に言えることはありますでしょうか?

内なる声 :うん。その部分…そうだな、「絶対」として変えられぬ部分について、あなたの考えを話し、再質問をするなら答える。ではここまでとする。

ワタクシ :はい。ではまた来週お会いしましょう。





posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 21:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年10月07日

「内なる声」からの回答その34

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。

本日は、前回の、「内なる声」からの回答その33の再質問にお答えしていきます。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :どうぞ。


<再質問>
ユキさん、内なる声さん、回答してくださりありがとうございます。回答してくださったことを読んで色々考えました。再質問したいと思い書き込ませていただきました。長くなりますがよろしくお願いいたします。
私が絶対受からなければと言っていた資格とは薬剤師のことです。ご存じかもしれませんが、薬学部は4年制から6年制に移行し、これに伴って4年制での試験内容は来年の試験までとなり、それ以降は6年制の内容となります。私のように4年制を卒業した者にとっては来年がラストチャンスだと言われています。新傾向になるといったのは、来年の試験が6年制内容試験のプレ試験的な存在なので、それを意識した試験問題を出してくるだろうという大学や予備校の試験対策部からの情報です。そして予備校のことですが、どうしても通えないといったのは金銭的な事情からです。100万ほどかかるのですが、今の私にはどうしても用意することができません。なので質問で書き込みしたように自分でできることを、と考えていました。
実は回答を待っている間、進展したと思えることがありました。予備校には試験直前に短期の集中講座をする事が多いのですが、私の通える範囲での予備校はやっていませんでした。全日制のコースが無理ならせめて直前のコースをと思っていたのに、だめなのかと落ち込んでいたのですが、模試を申し込んだ予備校が今年はやると決めたらしく、直前コースに通える可能性が出てきたのです。まだコースの受付も始まってなく、定員に入れるかもわからないのですが、とにかく無理だと思っていたことに可能性が出てきてうれしくてたまりません。そして勉強の計画に自信がなかったのですが、これも必要だと思える情報が集まり、計画を立て直すことができました。今まで手に入らなかった情報がきちんと集まりだして、励まされている感じです。
実は薬剤師は小学生からの夢で、今までそれだけに集中してやってきました。薬学部に合格したときは夢が目標になり、手の届くところまできたんだ!とうれしくてたまりませんでした。薬学部での勉強は楽しくて仕方ありませんでした。この知識をこの先駆使して薬剤師として医療を提供するんだと思うと、まるでスポンジが水を吸うかのように面白いくらい勉強ができました。
ところが4年次になる少し前くらいに、いきなり「もう勉強したくない」と思うようになりました。愕然としました。あんなに勉強が楽しくてやりがいを感じていたのに、自分に裏切られた気分でした。それからやりたくないと思う自分と後少しで薬剤師になれるのにと思う自分が対立しているような感じになり、体調を壊しうつ病になってしまいました。勉強もその頃からわからなくなってしまい、何をやってもダメなんじゃないかと自信が無くなりました。それでもなんとか卒業して国家試験の受験資格を得て後少しと思っていたのですが、受かることができません。
実は絶対薬剤師じゃなくてもいいんじゃないのかと、なぜそんなに薬剤師になりたいと思っているのかとじっくり考えたことがあります。それまでは内なる声さんが仰ったように、薬剤師になるまでのことばかりで薬剤師になったその後の部分がぼやけていて、いまいち明確に薬剤師として働いている自分が想像できていませんでした。それでも薬剤師にこだわるのはなぜだろうと自分なりに掘り下げてみて思い当たることがいくつかありました。
一つは私には是非やってみたい医療サービスがあり、これを考えるとワクワクして楽しくて仕方ないのですが、このサービスを造り上げるのに薬剤師という資格が必要だと思っていることです。どうしても薬剤師でないとできない部分があり、それが大部分を占めているからです。
もう一つは大学4年次で無くなった自信を取り戻したいことです。薬剤師になれなかったら今までの時間は何だったのかと自分に失望してしまいそうで怖くて仕方ありません。諦めずに頑張ってよかったと、今までの自分が報われたいと思っています。
そして最後は経済的に苦しかったのに大学に行かせてくれた両親のためです。私の夢を一番に応援して支えてくれたのは両親です。両親によかったと喜んでもらいたいのです。
この3つが私が絶対に薬剤師になりたいと思っている理由です。以前より少しずつよい方向に向かっている気がするのですが、勘違いなのでしょうか?試験に不安は付き物だと思うのですが、できることをしっかりやって試験に臨みたいです。何かアドバイスがありましたらよろしくお願いします。


追加を了承してくださり、ありがとうございます。再質問をした後、ユキさんと内なる声さんの回答を思い返していたときです。どうしたらいいのだろうかと考えていたとき、ちょうど自分の胸のあたりから言葉が響いてきました。以下がその響いてきた言葉です。
「希望を持つように。今やっていることが自分の夢の一部になっているのだと思うこと。あなたはちゃんとたどり着く。彼らに引け目を感じることはいらない。彼らの様になる必要もない。もっと才能を楽しんで輝いて。」(彼らとは、同じ様に薬学部で勉強してきた知り合いのことだと思います。なぜ彼らのようになれないのかと羨ましく思っていたことを指しているのだと思います。)
私は自分で話を作って妄想しているんだろうかと心配になったのですが、思わず才能ってどうやって見つけるの?どうやって輝くのさ?と反論してしまいました。それに対する言葉は「自分にエネルギーを集中させる。自分の細胞の一つ一つを活性化させて、自分の命を輝かせ、自分の中にある能力を開花せよ。いつまでも才能を閉じこめたままではいけない。才能はダイヤモンド。あなたの元にピースは集まっている。ピースを組み立て絵を完成させるのはあなた。あなたが組み立てなければ絵は完成しない。ただのピースのままかすばらしい絵にするかはあなた次第。」
私は薬剤師になりたいんだけど…あんなに勉強楽しかったのに…と思うと、「もっと強い光を感じるような動機を持つこと。受け身から生まれた動機では役不足。もっと強く動機を持つこと。あなたが大学で勉強がうまくいっていたのは薬剤師の勉強だからではない。自分の才能を楽しんでいたから。薬剤師はあなたの才能の一部であって全てではない。薬剤師になるためには薬剤師にこだわらないこと。薬剤師でなければならないという暗示や呪縛から自分を解き放つこと。」この後しばらく、もっと才能を楽しんで、もっと自分の内側から輝いて、といった言葉が続きました。
これらの言葉はいったい何だったのでしょうか?私の妄想なのでしょうか?私って頭大丈夫なのかと心配になってしまいました…。この一連の言葉について、ユキさんと内なる声さんのご意見を聞かせていただきたいです。よろしくお願いいたします。

ミミ 10/02 20:45



ワタクシ :回答の後、不思議な言葉まで聞こえてきたのだということですね。いろいろ進展もあり、変化を感じられているようですが、どのように考えていけばよいのだということでしょう?

内なる声 :うん。まず、胸に響いてきた言葉というのは、あなたのハイヤーセルフからの言葉に違いないので、心配いらない。なぜそのような言葉を聞いているのかというと、あなたの心のシャッターを開いた時、どうしても伝えたいとする力を受けて、あなたに最も希望を感じさせる方法にて、それを伝えようとするセルフの願いに答え、伝達を試みてみたところ、伝わったという理由。詳しく考える必要をもたないけど、それでわかったのでない?

ワタクシ :やっぱり…というと驚かれる人も多いと思いますが…あなたが手伝ってたのですよね…えーと…このことを詳しく話す必要をもたないと言ってらっしゃるのでしょうか?

内なる声 :しかし、どうあれ、これでわかりやすくなったのでは?では質問に答える。
あなたの「絶対」とするところの多くは、これで崩壊したと理解しなさい。何を「絶対」としてそれを目指すのであるのだと言っている?あなたの考えるところによる「絶対」とすることを、次々と変化させている現実を見ながら、あなたがどうしてもそうあらねばならぬとする理由など、もう見つからぬ。あなたにとって、何を「絶対」とするのかということを、見間違うのであるなら、あなたの苦しみが続くというのが、まだわからない?そうではないはずだけど?


ワタクシ :「絶対」とすることを、次々と変化させている現実、というのは、どの部分のことを指しているのでしょう?

内なる声 :そうだな。前回の質問に対する回答を得ようとし、この再質問の回答に至るまで、考えていたところがすでに変化してるはず。「どうしても通えぬ」はずの予備校、「理解できない」はずの傾向、「わからない」はずの導き、「信じられない」はずの出来事、「変わらない」はずの現実、そのように、難しいと考えていたことが、わずか数週間のうちに変化するのなら、あなたの「絶対」など、ばかばかしくもあてにならぬと、なぜ思えない?

ワタクシ :「是非やってみたい医療サービスがあり、このサービスを造り上げるのに薬剤師という資格が必要だと思っている」ということですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :サービスを造り上げるのに、薬剤師を必要としているのだとして、あなたが「絶対」その薬剤師である理由もない。資格をとることをしたとして、そのサービスを提供する場をどのように獲得するのだと?あなたの考えを重ねていくのに十分な時間と資格を一人で請け負い、その理解を求める前であるいま、あなたがその「資格」を重視する理由になどなっていない。資格が欲しいのか、サービスを提供したいのか、どちら?もしそれを連動させるのであるのなら、なるほど、「資格がないので自分にできるはずもない」という、あきらめるにふさわしい理由になろう。あなたのやりたいことが、「絶対、そこにしかない」と言えるならばの話であるがね。

ワタクシ :「薬剤師になれなかったら今までの時間は何だったのかと自分に失望してしまいそうで怖くて仕方ありません」ということですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :それについては、セルフがもう伝えるべきことを伝えている。あなたの考えの狭いということの理解を得られないのなら、失望するがいい。「失望しなくてよい」とすることが、信じるに値せぬ言葉なら、仕方なかろう。

ワタクシ :では、「経済的に苦しかったのに大学に行かせてくれた両親のため」ということについてはいかがでしょう?

内なる声 :「両親のため」が、どうしたの?それは、薬学部に通ったことがすべて無駄になることを意味しているの?では、あなたが合格するあかつきにはそれを無駄とせず、両親の努カが報われ、あなたが不合格になればそこで終わるのだと、親子共々信じているのだね。
もしもあなたが「そうではない」と言うのなら、それは無駄になどならない。一度、両親に話してみてはいかが?あなたが「合格しようとしまいと、決してこの経験を無駄にしたりはしない」とね。できないのであるのなら、こう言えばいい。「何もかも無駄にすることを、私は決めてしまったので、申し訳ない」と。そして「合格しなければ、もう薬学部のことは、記憶から消したいのです」と。
無駄にするのかどうか、何をもって決めたって?「資格をとれるかどうか」ということにより、あなたの人生の数年が無駄になると決めているのは、両親でなく、あなた。違うのであれば、こう言いなさい。「私が資格をとれないとしても、無駄にする気などないので、安心して欲しい」と。あなたの両親が望むのは、資格を得ることなのか、あなたの成長を見ることなのか、どちらだろう。


ワタクシ :はい。ご説明により、「絶対」ということではないのはわかります。ただ、「合格できたほうがうれしい」のは確かです。「合格したい」のが本音だと思います。
「できることをしっかりやって試験に臨みたいです。何かアドバイスがありましたらよろしくお願いします。」ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :もう、すでに多くをアドバイスしているのであるのだが、そこにこだわるのであれば、こう言える。あなたが、そのように、「合格できずともかまわぬ」といった準備を整え、精一杯の月日に感謝して、終わりに向かうのであれば、合格する。
そうでない現実を迎えたとして、準備が整っているのであるのなら、それからあなたの夢への第一歩を踏み出すのみ。そこからすべてを「はじめる」のであり、当初の考えによる「終了」についての考えは、あなたの幻想。つまらぬ幻想はもう終わりにして、楽しく「スタート」に向かいなさい。わかったね。


ワタクシ :はい。他に言えることはありますか?

内なる声 :「必ず、合格する必要をもつ」という考えをもって臨むことは、あなたを苦しめ、合格を遠避けるのみ。
「これ以上、自分にできることもあるまい」として、新しい来来への通過点とする考えをもてば、あなたの心が納得へ向かい、ベストな姿勢を保てるということ。それを忘れずにいなさい。がんばって、通過してね。では。


ワタクシ :はい。私も、応援しています。
来週のメルマガは、お休みをいただきます。個人サポートは、続行しております。
それでは、また来週。(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 21:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年10月21日

「内なる声」からの回答その35


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。どうぞ。


<質問>
ユキさん、愛の天使さんお久し振りです。
色々アドバイスを頂いてから実践あるのみ!と、日々自分と対話しながら自分の中を内観し続けていました。
そうしたら、何か思考浮かんでくるな…とか、浮かんできた内容がポジティブかネガティブか分かる前の段階で気付けるようになりました。
以前なら、浮かんできたものがネガティブに反応する思考だけを解放するようにしていたのですが、今では浮かんでくる思考がポジティブかネガティブかに関係なく、あるいは分かる前の段階で全て流してしまうようにしてみたのです。
そうしたら、その方が凄く気分が良くなる事に気付きました。
そして、浮かんでくる思考をただ流すようにしていたら、以前は叶えたい願望を意図したり、イメージしたりしていたのですが、今はそれ自体もしたくなくなってしまったのです?!。
まるで願望自体を手放してしまった感じです。
これは以前、ユキさんの愛の天使さんのアドバイスの結果なのでしょうか?
いつも更新する度に学ばせて頂いています。
ユキさんは愛の天使さんと言う最強のアドバイザーがいてくれて幸せですね。
愛の天使さん、いつもユキさんを見守って下さってありがとうございます。
nenne 2010/10/14 18:33



ワタクシ :コメント、ありがとうございます。『最強のアドバイザー』ですか…なるほど。

内なる声 :何を言いたいの?

ワタクシ :えっ 煤i・ω・;ノ)ノ
いえあの…この「nenne」さんは、いつもあなたのことを、「愛の天使さん」と呼んでいらっしゃいますが、そういうホンワカしたイメージが、私にはないんですよね…。
たとえば、『最強のアドバイザー』というと、「どうすればよろしいでしょうか?」という問いに対して、「ウム、こうすればよいのだよ!」と言ってくれるイメージ。だけど、あなたの場合、「どうすればよろしいでしょうか?」という問いに対して、「あなたは、どうしたいの?」と言われる。
自分でさんざん悩んで考えた末に、あなたのアドバイスがズドンと入る、という具合。
言うなれば、『無敵のスパルタアドバイザー』?
あっ…いえ、質問にお答えしましょう。ねっ。

内なる声 :ふーん。なるほど。あなたにとって、あまり幸せでないと?

ワタクシ :ですから、「最強のアドバイザーがいてくれて幸せですね」と言われると、「最強のアドバイザーがいる」ことと、「私の幸せ」とは、違うと考えています。それが、べつのところにあるのだと、あなたが理解させてくださっているのを知ってます、ということです。
私だけでなく、すべての人に、『最強のアドバイザー』がついていると思います。だけど、あなたが他のハイヤーセルフとは異なる「能力」をもっているのだからといって、「私が幸せ」なのではないと思ってます。

内なる声 :そうだね。あなたもそのことを理解しているのを知ってもらえるのはよいことかもね。私のことを、どう感じるのかを別として、あなたの道を進もうとするのを必要としている。だから、あなたの考えのもと、歩けばいい話。
さて、この質問に答える前に、その話をしておく。あなた方のハイヤーセルフの言葉を聞けるとするのなら、このように話してくるだろう。
「あなたは、私がいて、幸せではないの?」
意味はわかるよね。あなたのハイヤーセルフの「言葉」を聞くのを不可能とするので、「幸せではない」わけではない。あなたがそのような変化を遂げているのを、ハイヤーセルフの導きととらえ、理解しているのであるのなら、そのようなことを話す前に、こう感じればいい。「ハイヤーセルフのおかげで、このような教えを理解できたのだ」と。私の教えに導いているのが、あなたのセルフなのだと知ればいい。それを理解できるように、導いてくるのを、セルフと知って欲しい。ならば、あなたにも言える。
「私のセルフのおかげで、アドバイザーの教えにたどり着きました。幸せです。」とね。


ワタクシ :そうですね。あなたの最大の「能力」として、他の方のセルフとつながることができるというものがあるので、そのように、他の方のことをよく理解されている状況でお話することを可能としているのですね。
「浮かんでくる思考をただ流すようにしていたら、以前は叶えたい願望を意図したり、イメージしたりしていたのですが、今はそれ自体もしたくなくなってしまった」ということですけど、これはどういうことなのでしょう?

内なる声 :そんなふうにするのを、「自分の意識を解放する」というのだよ。あなたの考えたいことを、「考えよう」とするのをやめ、「気分をみつめている」ような状況。つまり、あなたの気持ちを解放するのなら、あなたの「願望」を消してしまう。どういうことなのであるのかというと、気持ちの中に、「足りないもの」への執着を感じる時、あなたの気持ちを「ポジティブ」にするのであるか「ネガティブ」にするのであるのかの選択を必要とするのに、あなたの気持ちをその「願望」へと向かう前段階において、「何も考えずにいる」のなら、「何も必要でないのだ」という理解を得ている。
それは、「ありのままの現在を見る」という気持ち。つまり、「足りないものを補うための願望」を必要としていないという状況。
しかし、あなた方の「思考」にとって、その状況を長く続けるには、少し難しい問題をもっていて、恐らくずっとそうであるのは無理なので、その時にはまた次の理解を得ようとして欲しい。


ワタクシ :ちょっとわかりにくいお話ですが、たしかに「ポジティブかネガティブか」と、意識して過ごすより、「何も考えずにいる」ことができると、気持ちいいですね。
「これは、アドバイスの結果なのでしょうか?」ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :それもあると考えてくれていいのだけど、あなた方の「思考」について、理解できるために一旦、話を壊さないといけなくなる。つまり、「したいことを考えなさい」と言うのをつねにおこないつつも、「何も考えるな」というのを正解とするという、矛盾した話の展開を必要とする。これを繰り返している自分の「思考」を理解して欲しい。
「考えない」ために、まず、「考える」必要をもっている。しかし、その後、「余計なことを考えない」のが正解。ならば、あなたの成長と共に、こうして「意識を解放する」ことを繰り返していくのだろうと考えるようにして欲しい。


ワタクシ :はい。難しいですが、言われていることはわかります。それで、「願望自体を手放してしまった感じ」になった後、どうすればよいのでしょう?

内なる声 :「その状態を続けたいのに、できない」と感じるようになる時、「それが当然」と思って欲しい。まずは覚えておいてね。

ワタクシ :わかりました。いま、この方は、「余計なことを考えない」ことができているということでしょうか?

内なる声 :できてるのだと思う?その状況を長く続けていられる?
また、できないと感じる時は来るよ。しかし、それを避ける必要もない。また考え、そしてその後、「考えない」ことを選んでみてはどう?


ワタクシ :はい。他にありますか?

内なる声 :いや、それではまた来週。

ワタクシ :また来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ






posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年10月29日

「内なる声」からの回答その36


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。いいよ。


<質問>
ユキさん、はじめまして。
参考にさせて頂きながら何も変わらない自分・状況です。
自分は昔から職場の方とか人とのコミニュケーションがとても苦手で人と上手く話せないのです・・
それが嫌で若い頃は何度も職を変えたりしていましたが今は年齢も?状況も・・・と思い4年間働いていますが今回の職場は今まででとは全く違い働いている方々が仕事中に私語ばかりで気もきかなくて仕事に対していい加減なのです。
それを上司も注意せず・・自分が悪いから?学びなのかと思い、いい気分な事を考えたりしましたがつられてイライラしたりそんな中でも、自分は話すのが苦手なので仕事だけは真面目に働こうとしていましたが疲れました・・
いつか良い方に改善する!と自分を信じて上司に自分の思いを伝えるのも控えていましたが・・流れに乗っていないのか・・・
上司は自分と同じ年の方ばかりでこの方々も仕事中私語ばかりなのです。
よろしければ・・アドバイスを下されば幸いです。
読んで下さりありがとうございます。長々と失礼致しました。
ユキさんこれからもご活躍下さいませ。
あつこ 2010-10-14 22:44:59



ワタクシ :この質問にお答えください。

内なる声 :うん。あの…何を「問題」にしてるのか、わかりにくいのだけど、あなたはどう思ってる?

ワタクシ :何を「問題」にしてるのか、ですか?
えーと…たぶん、「今回の職場の働いている方々が仕事中に私語ばかりで気もきかなくて仕事に対していい加減であること」ですね…。

内なる声 :それの、どこが「問題」だと思う?

ワタクシ :どこが「問題」だと思うか、ですか?
えーと、たぶん、「それを上司も注意せず・・自分が悪いから?学びなのかと思い、いい気分な事を考えたりしましたがつられてイライラしたりそんな中でも、自分は話すのが苦手なので仕事だけは真面目に働こうとしていましたが疲れました・・」という具合になることですよね。

内なる声 :で、何を答えればいいと思う?

ワタクシ :何を答えればいいと思うか、ですか?
えーと、たぶん、「どうすれば、良い方に改善するか」ということを、答えて欲しいのだと思うのですが…どうすれば、良い方に改善するのでしょう?

内なる声 :この者が改善したいのは、何だと思う?

ワタクシ :難しい質問ですが…きっと、「職場の働いている方々の態度」なのでしょうね…。「自分が悪いから?」と考えてみても、どうすべきか理解できないと感じているのだと思います。

内なる声 :うん。それを、あなたはどう思うの?

ワタクシ :私がどう思うか、ですか?
うーん…まず、コミニュケーションが苦手なら、上司を含め、自分が良く思ってない人たちと必要以上のことを話さなくていいと思います。それから、もし流れに乗りたいと思うのであれば、「仕事中に私語ばかりで気もきかなくて仕事に対していい加減」な人々の中で、「自分はそうではない」と考えるのを、やめないから苦しいのだろう、ということはわかります。

内なる声 :「自分は、そうではない」のをやめるには、どうするべきなのだろう?

ワタクシ :どうするべきか、ですか…
私がこのように回答して、いいのでしょうか?どうして私に聞くのです?

内なる声 :きっと、理解をするのにヒントになるよ。答えてみて。

ワタクシ :そうですか…えーと、「自分は話すのが苦手なので仕事だけは真面目に働こうとしていました」という考えを、変えればいいのではないかと思います。「話すのが苦手」イコール「仕事を真面目にすべき」イコール「周りがいい加減でイライラする」となる中で、変えられるとしたら、「仕事を真面目にすべき」という考えじゃないかな?「自分も真面目でない」のなら、イライラしなくなるのでは…
もし私なら、やるべきことだけきっちりやって、あとは、自分の好きなことを考えたり、勉強したりしようとするかな…「私語をしてていいのなら、自分も仕事中に少しは好きなことをしててもいいはず」と考えて。そうしたら、「他の人も、もしかしたら自分のやるべきことはやってるつもりなのかもしれない」とか、そういうことに気づけるかもしれないし、もしそうでなくて会社がやっていけないとしても、責任をとるのは上司ですし…

内なる声 :なるほど。おもしろいことを言うね。なかなか、おもしろい。
では、あなたではなく、他の者があなたを見て、「真面目にやってない。イライラする」と考えたら、どう思う?


ワタクシ :ああ、なるほど。もしそうなら、自分はもともと真面目にやろうとしてたのだから、「もちろん、やりますよ。何を真面目にやりましょう?」という態度をするかな…実際には難しいことも多いでしょうが、上司もその他も私語ばかりなら、誰に言われることもないですよね。
うーん、でも、これは本当に、全員が「いい加減に仕事してる」とは言い切れないのでは…?コミニュケーションが苦手で、直接話をしてないのなら、「自分はよく知らないけど、この人達なりに苦労していて、それでこんなふうに私語もしたくなるのかも」というふうに考えて、自分もそれなりにやるぐらいでちょうどいいのではないか、と思いますが…どうでしょう?

内なる声 :うん。そうだな。あなたが言ってることもあるけど、まず、「真面目にやろうとしつつ、イライラしている」のが、周りに反映しているのだと考えて欲しい。
あなたが好きで真面目に働きたいのを「邪魔されている」という感覚をもって、実際には好きで仕事をしているのではない。その気持ちを周りにぶつけ、その気持ちをごまかすことの連鎖が起こる。
つまり、あなたが年齢や可能性を考えずに行動するのであれば、仕事をやめたいのに、「そこにいなければならない」といった気持ちをもって、悪い連鎖を生んでいる、といえる。
ではどうするのを選ぶか。「そこにいなければならぬ」と考え、そうしようとするのなら、できる限り、ラクにいられる方法を考えてみて欲しい。そうしてみると、おもしろいことに気づく。自分がラクになるほど、周りがそれほどラクに物事を考えてないとわかるのだよ。
まず、「自分のやりたいこと」がどこにあるのか、と考えてみること。仕事にあるのなら、あなたのやりたいことを、好きでおこなうことを選びなさい。そして、仕事をしたくないのであるのなら、「絶好の場所」と考えてみるのもいい。あなたの好きなことを仕事以外に置いて、そちらに重心を移す時期であるために、そのようなことが起こったのではないのかと考えてごらん。
あなたが「困っている」と感じていることは、あなたに何かを伝えようとしている。そう考えてごらん。


ワタクシ :あ、メルマガでのメッセージとシンクロしていますね。じつは、私もこの方と同じような状況だったことがあるんですよね。転職を経験していて、前職で「私語などもってのほか!」のような厳しい会社を見てたりすると、私語ばかりして、上司も参加してるのを見て、「これではいけないと気づいてないんじゃないか」と感じたり。
最初は流れに逆ってたんですが、流れに乗ってみようとすると、「あれ?なんで自分はこんなにラクにできる状況で、厳しくすべきと考えてたのだろう?」という感覚になってきて、「前職の厳しい場では、もっとラクにできるのを望んでたはずなのに?」と思い出し、「ああ、なんだ。自分の願いが叶ってただけだ。」と考えて、空いてる時間に、パソコンの勉強をしたり、ホームページやメルマガのネタを考えたりしてましたよ(笑)
そうしてたら、周りがなんだか変わってきて、不思議なことに、かえって頼られるようになったりしました。そしてその目で眺めてみると、じつは厳しい仕事揚よりも、効率よく回ってることがたくさんあったりすることに気づきました。「厳しく抑えつけるような上司ではない」ということは、じつはいいことなんだなと理解したり。でも、確かに、「集中したい時に、周りがうるさい」のは、困りますよね。そんな時は、どうすればよいのでしょう?

内なる声 :集中したいのに、周りがうるさいのなら、「集中できなくて困っている」と考えるだろう?では、集中するにはどうするかという方向に考えを向けるはずだが、この者の考えはそうではない。「自分が真面目にすべき理由」をそこに見出せないのであるのに、なぜ真面目にできないことにこだわるの?

ワタクシ :そうですね…結論として、どうすればいいとおっしゃっているのでしょう?

内なる声 :まあ、とにかく、あなたの考えを流れに乗せたいのなら、「それでいい」のだとして、「あなたがどうしたいのか」を考えてみよう。
「それではいけない」という考えを捨てると、何を考える自分が見つかる?そこに考えをもっていくのがいいのでは?


ワタクシ :はい。他にありますでしょうか?

内なる声 :あなたが、新たな自分を発見し、前に進めるために起こっていること、と考えてみてね。そこに至った時、わからないことを質問するのなら、また答える。では。

ワタクシ :はい。では、また来週お会いしましょう。


posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 18:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年11月05日

「内なる声」からの回答その37


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :どうぞ。


<質問>
ユキさん、いつも楽しく読ませていただいています。いい気分になれるように、サイトを見ながら実践していくことで確実に良いことが起こるようになりました。
まだハイヤーセルフと確信はもてていないのですが最近はハイヤーセルフにお願いしたりということを試したりもしています。ところでユキさんの内なる声さんに質問したいことがあり、コメントさせていただきました。
実は僕は同性愛者です。同性愛者だからといって別に悩んでいるわけでもなく、楽しく過ごしているのですが同性愛者に生まれたということには何かスピリチュアル的な意味があるのでしょうか?あるとすればどのような意味、というか使命を持って生まれてきたのでしょうか?
ユキさんのお時間に余裕のあるとき構いませんので、是非内なる存在様に聞いていただけると嬉しいです、お願いします(^O^)
ナイロビ 2010-10-15 19:38:09



ワタクシ :この質問にお答えください。

内なる声 :なに?同性愛者としての使命があるような気がするの?うーん、使命というより、あなたの生き方をまっとうするのに、必要だったんだよ。それであるゆえに、あなたが楽しくも苦しくもある気持ちを、あなたの人生に必要として、生まれてきたのだよ。

ワタクシ :「人生に必要として」ですか。どうして「それであるゆえに、あなたが楽しくも苦しくもある気持ち」が必要だったのでしょう?

内なる声 :うーん、そうだな。たとえば、ある人に恋をして、報われぬとする。そこで、あなたが同性愛者であるがゆえに、ある一定の気持ちをもつとしよう。「自分が同性愛者であるのを困る」といったような。そんな気持ちでいても、何も生まれぬと知る。なぜなら、完全に変化させられぬ気持ちについて、悩むより、それをどう自分らしく生きることにつなげるのかということを、考えるという方法しかないとして、そのように生きるという状況を必要として生まれたのだよ。

ワタクシ :なるほど。この方の文章は、とてもポジティブな印象を受けますね。
だけど、どうして、この方が「自分らしく生きる」ために、その条件が必要だったのでしょう。他のことではいけなかったのですか?

内なる声 :他のことでは、いけない。うーん、ちょっと難しいかもしれないけど、あなたの考えよりも、はるかに深く複雑にからむ気持ちの整理を必要とする条件を選んだ。
多くのことを、人がまず生まれてくる時に選んでいるとするのなら、この者の選んでいることとは、「つらく、苦しいもの」というものではなく、「複雑に交差するもの」と言える。つまり、あなたの思うより、ずっと楽しくも苦しくもあり、学ぶものも多い条件ということ。その気持ちを理解して進んでいる理由とは、そうすることを、自分に許していくことを、選ぼうとして生まれているから。そういう生き方を、したかったのだよ。


ワタクシ :「そうすることを、自分に許していく」ですか…。どうして、そういうことを学びたいと思ったのでしょう?たとえば、前世ではこうだった、というような理由があるのでしょうか?

内なる声 :前世もそうだったよ。えーと、この者の目標とする気持ちを、高くもって生まれているのだよ。他に言いようもないものなんだけど…実のところ、前世において、楽しく生きるという目標に届いてないというところを、なんとかもう一度、と考えている。わかってもらえると思うけど、楽しく生きようという気持ちをもつ力を求めるのが、強いと思ってみて欲しい。

ワタクシ :なるほど。前世においてそうだったのであれば、いまの時代にはかなり生きやすくはなってるのでしょうね。「時代」ということも含め、理解を深める助けにもなってるのでしょうか。同性愛者や、男性も女性も愛せるという方は、現在それほどめずらしくもない気もします。皆さん、そのように高い目標をもっているということでしょうか?

内なる声 :あのね、実をいうと、そのように異性を愛するばかりでない者の数というのが、昔より増えているのでない。自分がそうであると言える者の存在を目にするのを、増やしているのだよ。つまり、「そうであるのが自分として生きよう」とする意思を増やした者の大きさが、いまの時代をつくったと言える。実におもしろい意思の持ち主を、たくさん見ているのでない?

ワタクシ :そうですね。タレントさんとかも個性的ですね。「これが自分」という意思を感じます。なんだか、すごいことですね。その意思の大きさが、時代を変えていくなんて。それが可能であるのなら、もっと「いい気分」で楽しく生きれる意思をもてば、もっとみんなが生きやすくなる時代になっていくような気がするんですけど、難しいのでしょうか。

内なる声 :そうなっていくにふさわしい風潮を見ることもあれば、そうでない一面を見ることも多い。「現在」というのが、あなたの見ているものと一致している。だから、同性愛についても、同じ。
生きやすくもなるし、生きにくくもある中、自分をどちらに置くのかという意思の問題。メディアに踊らされる者もいるのなら、メディアに真実を求める者もいる。その時代をどうとらえるのかというのがよく見えるのは、後の世と言うこともできる。そこにいる限り、「そこがどんな場所なのか」を、決めることなどできぬこと。わかるのは、いつもその時代を経てからなのだよ。


ワタクシ :そうですね。なんだか今日は、いつもとは違う内容を話されていますね。

内なる声 :そう?あなた方のレベルも上がってきているからなのでは?

ワタクシ :そのことは、最近すごく感じます。いただくご感想メールや、ご相談内容も、とてもよく理解を得ようとされているものに変わってきてるのを、感じます。あなたはどう見られていますか?

内なる声 :あなたの考えを伝えるのを、やめないのなら、もっと理解を進めていける。

ワタクシ :え?「私の考え」を伝えるのを、ですか?

内なる声 :そう。私の考えを聞くあなたの理解を進め、あなたの考えを伝えるのをやめないなら、もっと進める。

ワタクシ :はい…。難しいですが、頭に置いておきます。この方に、他に言えることは、ありますでしょうか?

内なる声 :楽しく生きるのなら、満足できないはずはない。そのためにそうして生まれたのだよ。あなたのセルフもそう言ってる。大丈夫だから、そのまま歩いていけばいいと。

ワタクシ :そうですか。「ハイヤーセルフにお願いしたりということを試したりもしています」ということですが、伝わってますでしょうか?

内なる声 :伝わってないわけないよ。大丈夫。

ワタクシ :わかりました。他にありますか?

内なる声 :世の同性愛者の者、悩むのをやめなさい。あなたが幸せになるため、生まれているのを疑うことをせぬこと。わかったね。

ワタクシ :はい。以上でしょうか?

内なる声 :では、また。

ワタクシ :来週は、「内なる声」との対話をおおくりします。
ご質問のある方は、コメント欄よりお待ちしています(⌒▽⌒)ノ




posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 00:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年11月18日

「内なる声」からの回答その38


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタシ :今回は、先々週の「内なる声」からの回答その37を受けてのご質問です。
同性愛というのがテーマでしたね。よろしいでしょうか?

内なる声 :どうぞ。


<質問>
そんなことがいつかここで話題になってくれないか、自分が質問しようかと思っていたところでその投稿を目にしたので、驚きました。
その質問をした方とは別のものですが、私も似たような状況です。

完全ストレートの方が生活がしやすいだろうから楽だなあと思うけど、今の自分がしっくりくるのでこれでいいと思っています。
私は自分が女性であることに疑問を抱いたことはありません。
でも今まで女性が一般的に好むものに対して興味がわかない、まったくピンとこない、また仕事でも男性の多くいる環境に気がつくと自然にいて自分には男性的な要素が内面に多くあるのをわかっています。
だからといって、自分は男性とは違うし、女性の中にいてしっくりくるわけでもない。
私にとっては両方必要なのだと思います。
中性的であることが一番納得いく場所であるように思います。宇宙には雌雄同体の種族がいるそうですが…自分も近いものがある気がします。
あと私はもう少し開き直って行きたいです。
自分にとって自然なようにふるまおうとすれば、人から非難されるのではないかと思ってしまいます。オープンになれる人がうらやましいです。
最近いい仲間が増えて、彼らの前で素の自分でいたいとよく思うんですが…誰かがゲイを嘲笑したあとに、自分もそうだとは言えないです。

自分自身のことは受け入れられても、世間と折り合いをつけるのが難しいです。
うまいこと生きていくには…私を非難するような人と出会わないように(遠ざけるように)するためにはどうすればよいでしょう。
akd910 2010-11-09 23:56:05



ワタシ :この質問にお答えください。

内なる声 :うん。まず、あなたの意見を聞かせて。

ワタシ :私の意見ですか・・・うーん・・・
これは、テーマが同性愛に限らず、自分が「多くの一般的な人とは異なっている部分」を気にしていることが、話題になって困ったり、居心地が悪くなったりする気持ちをなくしたいということについて、どうするのがよいか、ということだと思っています。

実際には誰も、非難したりはしないんじゃないかなと思います。もし、嫌なことを言う人がいるとすれば、それって、その人自身の問題があるのかもしれません。。。
だけど、「オープンになれる人がうらやましい」という気持ちも、「非難されたくない」という気持ちもよくわかります。誰にでも、一つや二つあるんじゃないかなと・・・
ただ、それを本人がどう受けとめるかの問題なんですよね、きっと。。。

気にしてることほど、話題になったりしますね。
本人が「非難されたくない」ような気持ちをもっていると、余計にそうなる可能性が上がってるような気がする。こういうのって、本当に「引き寄せの法則」が働いてるなぁと思います。
「世間と折り合いをつける」というのは、「世間に完全に認めて、優しくしてもらう」ということを望んでるのだとしたら、「その必要もない」と考えるほうがいいかもしれないと思うのですが・・・

内なる声 :なるほど。よく答えてるけど、ではどうするのをすすめるの?

ワタシ :いえ、私がお答えするのは難しいですよ・・・。
だけど、本人が気にするほど周りが気にしてないということと、人に認めてもらう必要はないということはわかるんです。

「私を非難するような人と出会わないように(遠ざけるように)するためにはどうすればよいでしょう。」
ということですが、どうすればいいのでしょうか。

内なる声 :非難してるのは、本人でない?

ワタシ :そうですよね。・・・やっぱり、自分が一番、自分のことを非難していて、「そう言われたくない」とするものをもってるのが原因ですよね。

内なる声 :まあ、そうも言えるけど、つまり、あなたが異国の異民族の中に入って、例えば「どうして裸でなく、服を着てるのだ」と非難されても気にならない。
「あなた方のほうがおかしい」と言えるのだよ。

何が違うのだというのを説明すると、「自分はこれでいいとするもの」と、「生きる世界におけるルール」を、違うとしているのが、原因となる。
だから、違わない場所へと移ればいい。


ワタシ :「違わない場所」ですか。なるほど・・・。具体的に、どういう場所でしょう?

内なる声 :あのね、「違う場所」で悩むのをやめて、「違わない場所」に向かう。それだけ。

ワタシ :例えばこの場合、自分と同じような人を求めたり、理解のあるところを求めたりするということでよいのでしょうか?

内なる声 :うーん、あなたの考えも悪くないけど、一番いいのが、「そんなこと、関係ない場所」に行こうとするのが早いのでない?

どうすれば、自分らしくあれる?
いまの自分がいる場所に居続けるのなら、ずっと気になる。
しかし、自分のことをきちんと理解してくれる人をもって、自分の自然な態度をさらけだす場所を、見つけようとして悩んでいるのでない?


ワタシ :なるほど・・・。しかし、
「最近いい仲間が増えて、彼らの前で素の自分でいたいとよく思う」
とおっしゃってますが、いかがでしょう?

内なる声 :つまり、あなたの望みとする場所へ、向かっているのでしょ。
その中に居て、まだ居心地をよくできてないのを問題とするの?それとも、いまの場所よりも、もっと自然にふるまえる場所に行けないのを問題とするの?


ワタシ :さっきの例え話で言うと、いまはまだ、「自分の場所」としているのが、「異国の異民族の中」なのかもしれないということでしょうか?

そうか・・・。
「望みとする場所へ、向かっている」のですね。
もしかしたら、「オープンになれている人」は、「異国の異民族の中」で堂々として居るように見えて、きちんと「違わない場所」に居るからできるのかな・・・

内なる声 :よくわかっているのでない?
いますぐ、その場所に「素晴しい理解」を求めても、無理なのでない?
いつも言うことだけど、そうしたいのなら、そのためにしようとすることを、すればどう?
あなたのことを「認めてもらえる場所」が、あなたの頭の中にあるのなら、「そこでさえも非難される」とは感じないような場所を見て欲しい。


ワタシ :難かしい表現ですね・・・
だけど、あなたが、メルマガで話されているとおりですね。
『「困ったこと」は、そこに「望み」を見出すべく現れている。あなたができることは、必ず、「なくす」ことではなく、「進もうとする」ことしかない』と。

内なる声 :うん。よく考えて、あなたらしく生きるところに進んで行く。
悩んでいるのが、「いまの場所」であるのなら、あなたの「望みの場所」へ向かうこと。
待っていても、そこが「同じ場所」であるのなら、同じ考えを続けるだけになる。


ワタシ :はい。他に言えることはありますか?

内なる声 :「次の場所」に行くのに必要なのは、「その場所を探し求めること」ではなく、「あなたらしく生きるため、できることをおこなうこと」だという理解を得るように。
また、どうすればいいのであるのか迷うのなら、話を聞こう。


ワタシ :わかりました。

来週のメルマガは、お休みをいただきます。
個人サポートは、続行しております。

それでは、また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

2010年11月25日

「内なる声」からの回答その39


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :うん。やろう。


<質問>
こんにちわ。いつもブログ見ています。
今回のブログ、理解したいのですが、理解できません。
質問させてください。。。
私は自営業をしています。最近お客様が少なくて、困っています。
この困った現実は、想像の産物ですか。
実際お客様が減っています。
お客様が減ると収入が減ります。困ります。
お客様が少ない。というのはいまの私の「困った現実」だとすると、「困らない現実」とはどういうものですか。
どのように「現実ではない現実」を見たらいいですか。
この状況のどこに「愛」を見つけようとすべきでしょうか・・・?
教えてください。お願いします。
miki 2010-11-16 18:14:10



ワタシ :これは、先々週の私と「内なる声」との対話、
「本当の現実」を想像してみるの記事にコメントいただいたご質問です。
この質問に、お答えください。

内なる声 :うん。まず、「お客様が少ない」というのを、「愛」とする。
そうすると、何を教えてくれるものであるのだと思う?


ワタシ :まずこれは、メルマガで配信済の「内なる声」よりのメッセージを受けてのご質問ですよね。メッセージの中で、あなたは、
「困ったこと」が起こるには理由があり、それは「敵」でも「障害」でもなく「愛」であり、それこそ自分に必要とするものを教えてくれたものとみなし、「愛の方向」を探そうとすればよいと、説明されました。

この方の場合、現在「困っていること」イコール「お客様が少ない」イコール「愛」として、考えてみるということですよね・・・
そのこと自体が、「自分に必要とするものを教えてくれているもの」と考えるとすれば、これまでおこなってきた商売の方法にはない「新しい方法」を見つけたり、もっと工夫をしたり、お客様にとっても自分にとってもより良く改善していくことを考えるべきとして、いま困っているのかもしれないと、想像することはできますが・・・

内なる声 :なるほど。そうであるのだとして、いま、「愛の方向」を向いていない者の意見を、どう思う?

ワタシ :メルマガで、何週にも渡って、「愛を見ていない自分に気づくべき」とあなたは説明されましたが、それでも、そこから理解を進めるのが、難しいことなのだと思います。
しかし、「難しい」ということさえ、当然と考えればよいと、あなたは説明されていましたよね・・・
例えばこのように、「現在の考え」を変化させたいと考えてご質問されているということは、「愛の方向」に向きたいとする行動なのだと思います。

内なる声 :そう。それで、どうすればよいと思う?

ワタシ :うーん、それを私がお答えするのは難し過ぎマス。。。

先々週のブログでのあなたのお話を受けて、
「この困った現実は、想像の産物ですか。」
というところをご質問されているようですが、あなたには、どのような「現実」が見えているでしょう?

内なる声 :これから改善するために起こった「現実」であり、この者のように、「これから、もっと悪くなる現実」を見ていない。
「どうにもできない状況」でもなければ、「どうしようもなくつらい状況」でもない。
そういう気持ちを「想像の産物」というのだよ。


ワタシ :なるほど。つまり、「愛の方向」を向いていないがために苦しいと感じていることを、「想像の産物」としてお話されているのですよね・・・

「実際お客様が減っています。」
ということですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声 :あのね、「実際そうなっているので、それが私の現実」とするのなら、「愛の方向」を向いていないんじゃない?ということを説明しているのであり、「実際には増えているので、心配いらない」と納得させるべく話をしているのではない。
「実際に減っている」のは、「愛を見てない」のを原因とするのなら、どのように考えていく?


ワタシ :うーん・・・難しいですね・・・

「お客様が少ない。というのはいまの私の「困った現実」だとすると、「困らない現実」とはどういうものですか。」
ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :「お客様が増える」あるいは、「減ってもそれほど困らない」という状況を、必要としてるのでない?
だからつまり、あなたの「困ったこと」を解決すべく現れることとは、そこに気づくべき他の要素もあるのだよ。


ワタシ :「気づくべき他の要素」ですか・・・それは、どういったことでしょう?

内なる声 :いい?ここに書かれてるのが、「お客様が少ない」ということだけだと気づいて欲しい。

なぜその状況を生みだしているのかという、「他の要素」をまったく含まず考えていくのを選んでいる。
「他の要素」というのは、この者の普段からの考え方に「愛を含んでいない」ところを改善すべく現れているもの、と考えてみて欲しい。

何を気づくべくして現れている「愛」であるのかは、ここに書かれていない要素の中にある。
つまり、何も書いておらず、何も原因としておらず、ただ一つわかっていること、それを「お客様が少ない」というものだと考えてみなさい。
この者の「素晴しい改善をみたい」という気持ちの中、「客数を増やす」以外の要素を含んでないのは、わかった?


ワタシ :はい。いまはそこだけをピックアップしていて、「愛の方向」に向かっていないことはわかります。

内なる声 :「愛の方向」というのはね、「このことがあったおかげで、気づくべきところに気づけた」という要素を含んでいるところにある。
つまり、いまはまだ、気づいていない。
気づくべきことに、気づけることを考えないとね。


ワタシ :はい・・・それを理解した上で、どういうことを考えればよいのでしょう。

内なる声 :そうだな。まず、「なぜ、お客様が減っているのか」という理由を考えていくとき、本当はあなたの考えとは別のところに原因をもっている。
ただ、その部分をあなたの「望み」と共に改善することを選ぶのなら、改善される。なぜなら、あなたの「望み」をそこに入れて考えてないので、進んでいけないのだから。


ワタシ :「望みをそこに入れて考える」のを必要としているのですか?

内なる声 :うん。「お客様を増やす」こと自体を、いま必要としなくてすむとすれば、どんなことをしたいと思うのかというところを、一度考えてみてはどう?
まずは、あなたの考えを「困っていないところ」にもっていき、「困らないところで望むのは何だろう」と考えてごらん。そこにヒントがある。
わからないのなら、もう少し対話をすべき内容であるので、ここですべてを求めずに、さらなる理解を求めてみて欲しい。


ワタシ :今後のメルマガで配信する内容が、まさにいま言われたお話になりますので、そちらもヒントにしてくださるとうれしいですね。
他に「さらなる理解」を求める方法はありますか?

内なる声 :まずは、今日の気づきを得ること。具体的に追求したければ、対話を要するよ。
他には、メルマガを見たり、そうだな、少し待ってみれば今日話をしたことについて、何らかの気づくことを得られるかもね。
そうなったら、再質問できる要素も浮かぶのでは?


ワタシ :はい。他にありますでしょうか?

内なる声 :どこに行っても、「困ったこと」はあるよ。
だけど、「愛を見る」のなら、そこに「望み」を見出し、進んでいける。
つまり、進めないのなら、「愛」を見てない。

「愛」を見る方法を知りたければ、あなたの気持ちを「愛ではないもの」に向かわせるのをやめるべく、動かねばならない。
今日言えるのを、以上とする。



来週は、「内なる声」との対話をお送りします。

それでは、また、来週お会いしましょう。(⌒▽⌒)ノ

posted by 秋元ユキ@いい気分ドットコム at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 「内なる声」からの回答

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