「いい気分ドットコム」HP | 「内なる声」とのエピソード

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2010年09月10日

「内なる声」からの回答その30

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :いいよ。


<質問>
ユキさん、内なる声さま、はじめまして。 過去ログにさかのぼり、とても興味深く拝見しました。
さて、私の「したいこと」の1つは外国語の学習です。 時には勉強が面倒ですが、毎日、少しでも続けたいと思って壁に例文を張ったり、通勤中に耳から聞いたりしています。
しかし、家族は私が勉強しているのが気に入らないらしく、 私が勉強していると、「止めろ」といいます。邪魔されると、 急に「本当に勉強したい」と思い、邪魔されないと「今日は さぼってもいいかな」という気分になります。あまのじゃくですね。
でも心の底では、「勉強すれば、必ず新しい人生と視界が開ける」 とわかっているので、地道に続けようと思っています。 語学では、基礎の勉強は余り楽しくありませんが、実際に外国に行って話すと楽しいです。でも、このサイトを読んでいるうちに、目的よりも、その過程を楽しむことが重要だと見えてきました。「ゴールを目指して、つらい山道を重荷を背負って頑張る」方式よりも、 マラソンのQちゃんのように「走っているだけで楽しいんです!」というほうが魂にかなった鍛錬方法なんでしょうか?「ゴールが魅力的だけど、 途中経過が苦しそうな道」をもっと楽しむ方法があったら、ぜひご指導いただけないでしょうか。
izoo 08/30 01:41



ワタクシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :そうだな。まず、なぜそんなに反対されているのかな?あなたにとって、よくないと思われている何かがあるのかもしれないと考えてみたとき、それが何であるか、というところにヒントがあるかもしれないと考えてみることが一つ。
それから、あなたの考えの中、「したいこと」に矛盾があるのではないかと、考えてみるのが一つ。
その二つを考えてみて、何を言おうとしているのかわからないのであれば、あなたが「それをしたいのであるのに、楽しくできていない」と言っているということを自覚してほしい。それを自覚してからでないと、話は進まない。


ワタクシ :そうですね。「なぜ反対されているか」ということと、「したいこと」に矛盾があるのではないか、ということについては、私にはわからないことですが、「邪魔される中おこなっている」ということと、「語学では、基礎の勉強は余り楽しくありませんが」ということが書かれていることにより、「それをしたいのであるのに、楽しくできていない」という気持ちがあるのではないか、ということはわかります。
「ゴールが魅力的だけど、 途中経過が苦しそうな道」をもっと楽しむ方法があったら、ぜひご指導 いただけないでしょうか、ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :「途中経過が苦しそうな道」というのが何を指しているのかというと、「ゴールを楽しいもの」と考え、「途中経過は楽しめないもの」だと考えているという、一つの矛盾した考えを述べているだけのことであるとわかるだろう。ゴールは楽しいものであるのかどうか、なぜわかるの?

ワタクシ :え?えー…この場合ですと、「実際に外国に行って話すと楽しい」ということが、わかっているからだと思います。「ゴールを楽しいもの」と考え、「途中経過は楽しめないもの」だと考えているのは、「矛盾した考え」なのですか?

内なる声 :ゴールを楽しむために、あなたのやりたいことを犠牲にしていたり、あなたの考えを曲げていたりしているのが、途中経過を楽しめない原因であると思って欲しい。あなたがすることに、あなたの考えの中、矛盾がないのなら、そのような心境にはならない。つまり、楽しんでゴールに向かう。

ワタクシ :うーん…つまり、どういうことでしょう…どうすればいいのでしょう。

内なる声 :「ゴールに向かう」というのを、まず何としているのかということを、考えてみて欲しい。あなたが理解できている「ゴールの楽しみ」というのは、何か?
それを理解しているのであるのなら、その楽しみを味わうことなく、過程を経て、そこにたどり着くことなどできない。その過程の積み重ねがゴールへと導くのであって、苦しい道を進んで、ついに楽しいのでない。それに、ゴールというものをどう考えているのかというところに矛盾をもっている。ゴールに着いたら、あなたの考えによれば、目的達成することを終え、おそらく楽しみとよろこびをもってそこにいるとすることを続けられない。なぜなら、「ゴールをもって達成した」ことに、よろこびを感じておらず、苦しんだ記憶をもち、「ゴールに思っていたようなものがない」といった気持ちを味わうことも多いため。なぜそうなるのかというと、「ゴールをおあずけ」にしているので、そうなるのだよ。わかってきた?


ワタクシ :「ゴールをおあずけ」にするのでなく、どうするのがよいのでしょうか。

内なる声 :つまり、何を感じていたいのか、ということを中心に考えているのなら、ゴールもその過程にも、同じ気持ちを味わっているのだということ。
マラソンの話がでているのはいいことなので説明してみると、「走って苦しんで、ゴールに着いた時、その順位を気に入らない」、と考えるのがあなたかもしれない、と考えてみよう。あなたが何をどうしたいのか、というところを考えてみて欲しい。


ワタクシ :「走っているだけで楽しいんです!」というほうが魂にかなった鍛錬方法なんでしょうか?とおっしゃっています。
しかし、「ゴールが魅力的だけど、 途中経過が苦しそうな道」をもっと楽しむ方法があったら知りたいのだと…そうか。やはり、あなたの言うように、「楽しくできていない」と言っているのですね。ならば、「苦しそうな道」を、「楽しむ方法」を考えるのではなく、「ゴールも、途中経過も、ゴールの後も、ずっと楽しんでいける方法」を考えればよいということでしょうか?

内なる声 :そんな方法、あると思う?

ワタクシ :はい。「おあずけのゴール」をつくらず、「いま、楽しいと思うこと」をすることです。あなたがいつもおっしゃっていることなので。

内なる声 :なるほど。では、この場合、何をどう変化させるのがよいのだと思う?

ワタクシ :うーん…えーとえーと…
「基礎の勉強」をするのをやめて、外国に行ってしまうとか。もういきなりゴール。夢の達成と実践です。そのための資金を貯めつつ、勉強の仕方を変える!「あまり楽しくない基礎の勉強」を苦しんでおこなうのをやめて、実際に外国に行かないまでも、外国人と会話して覚える!外国人の友達をつくったり、出会える場を増やす!行きたい外国に関連した仕事ができるように考える!そして実践感覚で自信をつけて、いつの間にやら目標達成!
…なんて、この方のいまの状況も、「目指しているゴール」が何かもよくわからなかったので、勝手なことを言いました。スミマセン。
でも、たとえば外国の方が、日本に来て話をしたり、視界を開けたいからといって、「日本語の基礎」を苦しんで勉強しているところを想像すると、日本人として、あまりおすすめできないことをしてると思うだろうな…と考えたりしたのです。

内なる声 :そう。ではあなたが思うに、この者がそのような発想の転換をすることにより、何かを見つけられると考えているのだね。

ワタクシ :わからないですが、これまでのあなたの教えを聞いてきて、「途中経過が苦しそうな道を、もっと楽しむ方法を考える」という質問に対し、「苦しいのであるのに、楽しむの?おかしなことを言っている。」と言われてきたのを知ってるので、やはりその「途中経過」の考え自体を変えるのがいいのかなと思います。

内なる声 :なかなか、よいところにたどり着いている。だから、否定をせず、一つつけ加えておこう。
「したいこと」を考え、途中経過を「苦しいもの」と考える時、その「苦しみ」を「楽しみ」に変えることを考えていくのでなく、まずはその「苦しみ」を必要としているのかどうかを考え、必要であると思うのなら、あなたが最も楽しんでおこなえそうな方法をとることを考えていくこと。
「苦しみの末によろこびをもつ」という考えを、おすすめできない理由に、あなたがその「苦しみ」にこだわっているのであるのなら、意味のないことと気づいて欲しいため。「苦しみ」にこだわるのではなく、「その先のよろこび」にこだわっていないのであるのなら、方法を変えてみること。
たとえば、あなたが考えていることの根本を変えてみなさい。「私がこだわっているのが、私の本当に目指したいところでないから、苦しいと感じているのかもしれない」と考えるのも必要。「私が目指すところに行くための道が、これであるのだとは限らない」と考えてみるのも必要。
「こうするしかない」と考え、その「苦しみ」を「楽しみ」に変える方法を考えていくのでなく、「どうしてもよい。とにかく、たどり着けるのなら」と考えてみるのが、発想を変える、ということなのだよ。


ワタクシ :わかりました。他にありますか?

内なる声 :さて、これで納得のいかない時には、再質問してみて欲しい。ではまた来週。

ワタクシ :はい。質問・再質問は、コメント欄よりお願い致します。
それでは、また来週 (⌒▽⌒)ノ





秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(2) | トラックバック(0) | ■「内なる声」からの回答

2010年09月02日

「内なる声」からの回答その29

ユキです( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ :よろしいでしょうか?

内なる声 :いいよ


<質問>
こんにちは。はじめまして。 最近こちらのブログを知り、拝見させていただいています。
早速ですが、親友の愛猫が、家のリフォームの際に、大工さんや大きな音に驚いて逃げ出してしまい、戻ってこないようです。 辛い野良時代を経てやっと慣れてくれて、最近は穏やかな日々を一緒に過ごしていただけに、不憫でなりません。 知らない人間には決して慣れないみたいだし病気持ちなので、外で暮らして行けるはずもありません。 離れているので応援にも行けず、心配しています。
私が出来ることは何かないでしょうか。 その猫はもう戻ってくることができないのでしょうか。 もしご回答いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
chimama 08/26 12:33



ワタクシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :そうだな。質問に答えるというより、あなたができることをしたいというのなら、するのがいいと思うけど、問題がどこにあるのかということをわかっていないようなので、それについて話しをしよう。
猫がどこに行ったのかということを、理解できないのであるならば、あなたができるのが、友人の気持ちをいたわるということだけになるよね。しかし、あなたの考えるに、「猫がどこに行ったのか」を含むので、「猫が見つかれば解決する」と考えている。
猫がみつかるための方法を理解できないのなら、たとえ応援に行けたとして、「見つからなければ解決しない」になってしまう。
考えてほしいのだけど、あなたの考えの中、「猫が見つかるかどうか」をなくせば、何ができると思っている?たとえ、「猫が見つからない」という事実をずっともっていたとして、あなたにできることが何であるかを知りたいと思う?どうかな?


ワタクシ :どういうことでしょう?何を考えてみればよいのでしょう?

内なる声 :考えなくてもいいのかもしれないのだと、考えてほしい。なぜなら、あなたが何かをしても、それについての現実を変化させることを、可能としていない。すでに述べたようなことを話すのであれば、友人をいたわると考え、あなたができることを猫にもっていくのをやめればいい。見つかるかどうかわからないけれど、友人について良い結果を生むことを願ってそこにいると知らせるのが、あなたのできること。
それからもう一つ。あなたにとって、その猫が「逃げる」という表現をしているが、本人にとって、「逃げている」という意識もない。逃げているのではない。そこから出た、と感じている。それから、あなたが心配するようなことを、必要としない。本人が望んでいるのは、常に、本人の意思でいようとすること。そのことを考えて、あなたの目線からの「幸せが失われる」という考えを、本人の目線と異なっていることに注目してほしい。
本人にとっての幸せが、猫なりに「幸せだった」と感じるかどうかを、理解できる?なら、その理解をするのがどうして可能と考えている?
「可能なこと」を考えるにあたり、あなたは気づく。「何もわからない」と。何が幸せで、何をつらいとしているのか、決めるのはあなたでも、本人の飼い主でもない。


ワタクシ :「本人」というのは、その猫のことですよね。

内なる声 :「本猫」がよかった?まあ、そんなこともあるのでは?今になってまるで、飼い猫を失うようにいわれても、「本猫」にとって何を言ってるのかわからないのだよ。だってそれを、普通と考えている。そこにいる自分について、「かわいそう」などと考えていないもの。あなたのように。

ワタクシ :飼い主にとっては、とてもそんなふうに考えられないですよね。「戻りたいのに、戻れない」のだとしたら、気が気でないし、大工さんや大きな音に驚くようなことがなければ、まだそこにいたはずと考えますよね。それについては、いかがでしょう?

内なる声 :「戻りたいのに、戻れない」のだとしたら、「戻りたい」という意思をもって、戻ることもある。しかし、どちらにせよ、あなたが思うような「幸せ」のあり方ではない。
「そこにいるからこそ幸せ」という考えでいるのをあなたとするならば、そのように考えて生きてるのでないからこそ、出ていくという意思もあると知ってほしい。
「幸せでいられる方法を知らない」のではない。「幸せを、決めるのが自分である」と、常に知っているのが猫である。わかる?


ワタクシ :はい。猫がそういう生き物であるということは、よくわかります。

内なる声 :ならばもう、できることをするだけで、「戻りたいなら、戻る」という、猫の意思に従わせるということを、考えておきなさい。

ワタクシ :そうするしかないのはわかりますが、とてもつらく、難しいのだと思います。

内なる声 :そうだね。まあ、あなたの考えられることをいくら考えて心配しようが、何もわからないのでしょう?猫の「幸せ」も、飼い主の「幸せ」についても。わかっているのが何というのなら、あなたの思うところによって、きっと飼い主と過ごした時間について、あなたの想像どおり、猫も飼い主も良い時間を過ごしていたのだよ。それで、現在の飼い主の気持ちとしては、つらい。猫の気持ちは、わからないのでは?

ワタクシ :つらくないでしょうか?

内なる声 :「つらい」という気持ちをもって、明け暮れてない。

ワタクシ :では、「つらい」のも、そのことを考えているのも飼い主だけなのでしょうか。本当に?

内なる声 :「つらい」のでも、「幸せでなかった」のでもない。「そこからどうするのか」を考え、生きようとする。

ワタクシ :たとえば、ずっと、飼い猫だった場合は?どう考えても困るだろうし、生きれないですよね。

内なる声 :あのね、生きれるかどうかではなく、「困ったなら、どうするのか」と考えるのだよ。怖くてじっとして動かずにいても、仕方ないと知ると動くのが猫。そのままじっとして死んでいる猫を見たことがないだろう。
困っても、つらくても、そこでどうするのかを考え、動く。あなたのような考えをもって動くのでなく、より良い結果に出会えるようなことを求めて動く。それを、「もとの飼い主を探すことでないのか」ということだけに限定しているのが誰か、というものの考えを、猫に学ぶ必要をもってそこにある。あなたの考えと、猫の考えを比較し、どちらを見習うべきものか、知って欲しい。


ワタクシ :そう言われると…猫ってすごいです。まさに、お手本にするべき動物かも。でも、飼い主はやっぱり、戻ってくることを考えて欲しいですよね…。うーん…
一つだけ確認したいのですが、動物が「逃げる」「出て行く」ということは、起こるべくして起こるのでしょうか。つまり、飼い主がどんなに気をつけていても?

内なる声 :「起こらないことが、起こった」というように考えるのが人間の特徴と考えてほしい。猫に聞いてみたい?「気をつけていたら、逃げなかった?」
「何を言ってるのか、わからない」と言うだろう。
「出たくないものを、出したのがあなたでない限り、それが本人の意思」と思えないのが、人間の「コントロールできるもの」と考える、あさはかなものであると知る。何をもコントロールできないものを、猫ならコントロールできるとでも?


ワタクシ :そう言われるほど、私は納得できます…。「出したくない」のは、飼い主なのですね…。もちろん、その方が猫も幸せと信じて。

内なる声 :猫が「幸せ」を求めるものと知るのなら、野良猫であった時にも、飼い猫になった時にも、それを終わりにせずに、「幸せ」を求めると知りなさい。だから、考えるべきことを、「あなたの幸せ」からずらしてしまうのを、やめなさい。

ワタクシ :わかりました。でも、見つかるといいですね。何か、飼い主さんに言えることは、ありますか?

内なる声 :あなたの愛について、猫に祈りを送りなさい。「心配」を送るのを、やめてあげなさい。愛を送り、幸せを得るのだと、信じてあげなさい。

ワタクシ :他にありますか?

内なる声 :ではまたね。

ワタクシ :はい。内なる声へのご質問は、コメント欄よりお願いいたします。
では、また来週お会いしましょう。




秋元ユキ@いい気分ドットコム | コメント(2) | トラックバック(0) | ■「内なる声」からの回答

2010年08月06日

「内なる声」からの回答その28

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:よろしいでしょうか?

内なる声:いいよ。

ワタクシ:では、まいりましょう


<質問>
ユキさん内なる声さんはじめまして。度々このサイトに訪れてはいつもいい気分になれる事を参考にさせていただいてます。素敵なサイト様に出会えた事を感謝します☆今回初めて質問させて頂きます。
私には夢があります。夢を実現してる自分を想像してみてはいるんですけど不安になってしまう自分が時々出てきてしまいます。それでもとにかく今やっている事を信じるんだと前向きに進んでいるつもりなのですが、いつもふとした瞬間に不安がよぎったりします。良い結果が出ない事に焦りも感じ、他人と自分を比べて落ち込んでしまったり、もうイイ歳なので遅いんじゃないかと思ってしまったり、何か気づいてない事があるんじゃないのかと思ったり、どうやったら気づけるのだろうと悩んでしまったりこの先もずっと大切な事に気づかないまま進んで後から気づいて後悔するのかもしれないと不安になったり、努力の仕方がわからなくなってしまったり、そもそも努力なんて全然してないのかもしれないと思ってしまったり今できる事をやっていても上達していけるのか今やっている方法で本当に技術を身につけていけるのかと不安になったりもします。
昔から自分に自信がないのでいつも自分には無理なんじゃないかと思ってしまっている自分がどこかにいて消えません。こんなに不安になってしまうのは本当は心の底から自分の夢を実現したいと願ってないんじゃないかと疑ってしまっている自分もいます。やっぱりこんな不安な事を考えてしまっていては良くない結果が跳ね返ってくるのでしょうか?ぐだぐだ考えないで今は出来る事をやるんだとわかってはいてもすぐに立ち止まったりしてしまう事が多いです...。
自分に甘すぎるこんな自分をどうやって変えていけばいいのかと...。あまり深く悩まずネガティブな自分からポジティブにすぐに切り替えられる事は出来るのですが自分を信じるという事が難しいです...。難しいと思ってしまっていてはダメだとわかっているのですがただ自分を信じると思い込み続けていったほうが良いのでしょうか?何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?今のこんな自分でこのまま進み続けてしまっていいのかわかりません。ちぐはぐな質問で読みずらい文になっていたら本当にすみません。どうぞ宜しくお願いします。
renri 07/30 14:07



ワタクシ:この質問にお答え下さい。

内なる声:うん。まずはあなたの意見として、感じていることを伝えてみるのはどう?

ワタクシ:私ですか?「どう?」ってそんな…えぇと、感じていることですよね…
「私もそうだよ」とか、「きっと、みんなそうだよ」ということですかね…。それから、「どんなにすごい人でも、きっとそうだったんだよ」とか、「簡単そうにできてるように見える人でも、たぶんそう見えるだけだよ」とか。
あと、「いかにそのメンタルの部分を調整できるか」ということは、誰もがテーマにしていることであって、自分が特別弱い・自信がないと考える必要はないし、だからこそ「内なる声」の回答に多くのヒントを得て、理解を深めていただきたいと感じています。それから、「難しいと思ってしまっていてはダメ」とありますが、きっと、ダメじゃない。難しいし、不安になるし、わからない。
そう思ってしまう時、どうするのが良いのでしょう?

内なる声:そうだな。まぁ、いまあなたの話したことを理解するのなら、「そうなればいけない」と考えず、「そうなるのを当然」と考えることを一つの通過点として、あなたのわからない答えをその先に求めることを、「その先に答えのないものを求めてる」と知るようなことかな。
安心と気持ちの安定を、永遠に求めていくのではない。あなたの気持ちをいかにして不安から遠ざけることを選択すればよいかを、あなたなりに追求していく。その過程を必要として「うまくいかないこと」が起こると考えていく。
いろいろ考えているうちに、あなたの気持ちの中で細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとするのを理解する。


ワタクシ:「細かくしている部分を、もっと大きくとらえている方を選択しようとする」というのは、どうすることなのでしょう?

内なる声:気持ちに不安を感じれば、考えを細かくしていっている自分を理解できる。すべての悪い習慣とするものの正体をそこに見出し、考えについて大きいものをとらえようとして欲しい。

ワタクシ:「大きいもの」とは、どういったものでしょう?

内なる声:たとえば、あなたが不安になる時、「こうなるのを防ぎたい」とする状況の例を具体的に挙げている自分を発見できる。どうしてその一例を見出したの?と考えてみると、根拠のないことを勝手に考え、そうなることを確定しているようであるとわかる。ばかばかしい。もしその一例について、自分に探りあてれる能カをもってそこにいるのなら、何も苦労するまいと。「こうなるまい」とする一念を言い当てられている確率たるや、夢を叶えている自分の姿を理解するところにいると考えるにも等しい。あなたの思う一例の姿とは、まさに夢を叶えた一例の状況を理解するように難しいというように考えなさい。

ワタクシ:それは、どちらも難しいということなのでしょうか?

内なる声:夢を叶える時の状況を、一部始終理解できるものならしてみるがいい。この状況を理解できてたと思える節をもって対応していたかと考えれば、まさかと思うようなよろこびをもって夢の実現を可能とする。「何かわからぬ理解について考えている」ことを前提にすると、その夢を叶いやすくすると言えよう。あなたの考えをもってその不安を考え、細かい状況を現実とするのは、具体的に夢の叶い方を知ってるに等しい。どちらも不可能。

ワタクシ:それは、言われてみれば、確かにどちらも不可能なのだとわかりますが、「夢を叶える具体的な状況」を考える必要がないとすれば、どう考えていればよいのでしょう?

内なる声:「夢を叶えたい」と思うことなく、やりたいことをやっていればよい。「こうしたい」と思えることを可能にすべく動く。

ワタクシ:「こうしたい」と思えることと、「夢を叶える具体的な状況」は異なるのでしょうか?

内なる声:「こうしたい」ことと、「こうなるのが望ましい」こととは違う。いまの状況との距離と、あなたの信じる可能性を強くする方法を異なるものとする。あなたが漠然と描く「こうなるのが望ましい」とする夢が、あまりに遠いから、見えなくなる。「いまの状況の何を変化させたいか」と考えるのを軸として動くこと。

ワタクシ:なるほど。しかし「どちらも不可能」であるわりに、私たちは「不安な一例の状況が現実となる」と信じる方が、簡単であるように思えます。それはなぜでしょう?

内なる声:不安になることに根拠をもっていると考えているから。何をもってそれが根拠となっているかと考えると、夢を叶えた人間を例として根拠にしていないものと気づく。「こうなる可能性」というものを信じるなら、同じ確率をもって良くなる可能性をそこにもっていると信じていない。

ワタクシ:そうですね。しかし、「成功率」を50%と考えるのが、高いと思うのは当然のような気がします。それについてはいかがでしょう?

内なる声:「成功率」ではない。「あなたの望ましいところに行ける可能性」を50%とすれば、あなたの考えをどちらへと振り向けるのかという話となる。「望ましいところ」というものの距離を考え、それを理解すれば、50%という数字にこだわることもなく、あなたがどうしたいかということの積み重ねとわかる。

ワタクシ:うーん…具体的にはどうするのが良いのでしょう。

内なる声:まず、「夢を叶える」と考えるのをやめ、具体的にどう「変化」したいかを決めなさい。決まったら、「こうしたい」と思えるところに向かおうとすることを考える。「どうすれば変化できる?」と考え、ひたすらやるべきことをやってみて、変わらないなら言ってみなさい。何をもって「変わらない」と考えているのか教えよう。

ワタクシ:しかしこの方は、「今できる事をやっているが、良い結果が出ない事に焦りを感じる」とおっしゃっているようです。「何か大切な事に気づくために自分に出来ることとは何でしょうか?」と質問されていますが、いかがでしょう?

内なる声:「今できることをしている」?「夢の実現」のため?「上達をする」ため?それとも、「年齢に不安を感じない」ため?「いつか叶う夢のための一歩を踏み出す」ため?
そう考えるのをやめ、「いま、楽しい」と思えることを理解し、いま自分の中でその切り替えの為、必要とする「変化」の内容を具体的に考え、その「変化」への対応を考えるよう、すすめている。


ワタクシ:はい。その「変化」の内容が理解できないのではないのでしょうか?

内なる声:「変化」の内容を理解できるかどうか、きいてみるべき。あなたの「変化」させたい部分を見つけられないのか、「変化」する意味を見つけられないのか、それとも、「変化」させるよりも「夢の実現を優先すべき」と考えているのか、あなたの心にきいてみなさい。

ワタクシ:「望ましい」と考える対象との距離が遠すぎたということでしょうか?それよりも、「現在のどこを変化させたいか」ということを考えはじめる、という理解でよろしいでしょうか?

内なる声:「現在のどこを変化させたいか」の積み重ねが「夢の実現」であるならば、あなたがいきなり「夢の実現に飛ぶ方法」を考えていることを理解する。わかったかな?

ワタクシ:はい。「自分を信じる」ということについては、いかがでしょう。

内なる声:「自分を信じる」のでなく、「良くなる」という、ものの道理を信じる。あなたのことではなく、あなたを導く者の光を信じる。「悪くなる世界」を信じるのでなく、「良くなる世界」について理解する。どこにいても、またさらに夢を叶えたいとする自分を理解し、はじめの「変化」を期待する。いいかな?

ワタクシ:はい。しかし、「自分を信じる」必要はないとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声:悪い状況でなく、良い状況を理解しはじめようとするならば、自分のその理解を正しいものと信じることは可能になる。

ワタクシ:わかりました。他にありますか?

内なる声:いや、わからないならまた質問して欲しい。それでは。

ワタクシ:そうですね。来週は、メルマガとブログのお休みをいただきます。
個人サポートは続行しております。
ブログでの回答をご希望の方は、コメント欄より質問をお願いします。
それでは。(⌒▽⌒)ノ




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