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2010年07月02日

「内なる声」からの回答その24


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:お願いします。

内なる声:では、はじめよう。


<質問>
ユキさん、内なる声さんこんにちは。初めまして。
私は両腕の二の腕のところ(長めの半袖のTシャツを着れば隠れます。今主流の短め半袖だとみえてしまいます)にタトゥをいれています。
入れた当時は正直、自殺願望もあり、自分を変えたかったのと、昔からカッコいいと思って入れたかったけれども世間体があってためらっていたのを今なら入れられると思って入れました。結局、タトゥを入れたからといって自信がつくわけでも強くなれるわけでもなかったのですが><
当時から世間は反対派の方が多いし、いろいろと不便(温泉やジムなど)だろうとは思っていたのですが、今現在、一番自分の中で不安になる点は、ほとんどの場所でタトゥを見せないように生きていかないといけない、「隠して生きていかなくてはいけない」「隠さなくてはいけないものを入れてしまった」「隠そうとしなくてはいけない自分が嫌だ」というような気持ちになります。そんなことは入れるときによく考えて、それでもいいと覚悟した人がいれるものなのでしょうが、今更ながら迷ってしまいます。お金をためてレザー消去という方法もありますが、高額ですし完全には消えないようです。考え方を少し変えて、芸能人や海外セレブのように何かで認められるようになれば非難も少なくなるように思うので、前向きに何か別の事を頑張ろうとか・・・。
どうしていくかは自分で考えて結論をださなければいけないのですが心がモヤモヤしています。何かアドバイス、ご意見をお願いできればと思います。宜しくお願いします。
愛子 06/18 20:55



ワタクシ:この質問に、お答えください。

内なる声:そうだね。まず、あなたの意見をきいてもいいかな?

ワタクシ:私ですか?
タトゥ、気に入ってないんでしょうか?カッコイイなぁ。ジムで堂々と着替えている姿を見かけたら、声かけたくなるかも。
でも、「隠さなきゃ」と思ってるんですよね…うーん…実際に、どこかで非難されたりするのでしょうか?
いまどき、「オシャレでしょ?」って言えばすみそうな気もするけど、そうじゃないのかなぁ…
問題は、どう見られるか、ということではなく、ご本人が嫌だと感じていることですよね。きっと…

内なる声:うん。まぁそうだけど、彼女はそこだけではなく、多くのことを「嫌だ」と考えているのだから、この問題だけの解決が必要なのではない。
本人はわかっているだろう。「嫌だ」と感じることを、あなたが着目する多くの中で、つねにふくらませ続ける習慣をもっている。


ワタクシ:着目する多くの中で、つねにふくらませ続ける習慣…?
どういう意味ですか?

内なる声:彼女の見るものを「嫌でない」ものに限定したとしても、頭の中で「嫌なもの」をふくらませていく習慣にとらわれるということ。考えを変化させるのは、その習慣を変えようとするに等しい。

ワタクシ:私もあります。頭の中で「嫌なもの」をふくらませていく習慣。
みんな、多かれ少なかれ、あるのではないでしょうか?

内なる声:そうかもしれないけど、あなたはそれをどうしたいと思っている?

ワタクシ:習慣を変化させたいです。日々、そう思ってます。

内なる声:そう。なら、変化させれば解決するだろう。

ワタクシ:そうですね…タトゥをなんとかするのは、必要ないと判断されているのでしょうか?

内なる声:タトゥの問題じゃないよ。べつにタトゥが嫌なら、どうにでも消そうとする方法を考えて終わるだろう?

ワタクシ:そうですよね…でもきっと、お金があって、キレイに消せる方法があるなら、そのようにして解決しようとしますよね。

内なる声:キレイに消そうと消せまいと、彼女もあなたも、また別の問題を「嫌だ」と感じて解決を必要にする自分を見つけるのでは?

ワタクシ:うーん…そ、そうかも…(;¬_¬)
しかし、現在の嫌なところを、改善したいと感じるのを、やめる必要はないのですよね。

内なる声:解決しようと思っている問題を、間違っていなければ、それでいいのではない?

ワタクシ:間違っているというのは、どういうことなのでしょう?

内なる声:何を困っているのか、わかってないのだろう?何をどうしたいということがあるのに、タトゥのせいでそれが出来ないと困っているなら、解決すべく動けばよい。「芸能人であれば、許されるかもしれない」という程の彼女の悩みは、困ったことに、それほど困ってないわけだよ。何かをする際、「困るかもしれない」「ダメかもしれない」「何か困ったことを感じる気がする」「実際、こうであり、困ったこともあった」それらがいったい、あなたの行く手をどう阻むと言って大さわぎしようと考える?つまり、まだ何をも「困る」事態をもってそこにない問題は、「問題」ではあらず、「不愉快」への執着であり、考え・着目の癖であって、解決を必要としていない。わかったかな?

ワタクシ:メルマガでも書いてきたことなので、よくわかるのですが…
「不安要素」をもっていることに間違いはないわけで、「放っておく」「気にしないでおく」というのが解決法ではない気がします。
こういった場合、どのような考えをもてばよいのでしょう。

内なる声:まぁ、保留することかな。あなたの手に負えないことを、何とかする必要をもっていない。

ワタクシ:「保留」と、「気にしない」は違いますか?

内なる声:違うけど、やることは同じかな。そんなことより、あなたのやリたいことをやればいい。タトゥやその他の「嫌なこと」を考えるヒマもないほどやればいい。そのうち、どうしてもタトゥを何とかせずにいられぬほどの、あなたのやりたいことを妨げる「問題」を感じれば、また質問してもらえない?「私は、どうしてもこれをしたいのであるのだが、タトゥのため、難しいのだということを理解したので困っている」と。おそらく、それは起こらない。
あなたも似たようなことを考えていることがあるけど、何か困ることを感じた覚えはある?


ワタクシ:頭の中で、「これが原因で、困るかもしれない」と考えるのは、ムダなことだと、本当に思います。しかし、「考えないようにする」ことや、「これでヨシとする」ということが、難しいのだと思います。

内なる声:だから、べつにヨシとしなくてもいいではないの。困ったら、考えよう。

ワタクシ:困ってからでも、遅くはないのでしょうか?

内なる声:困ってから、考えるのは、ベスト・タイミングではないの?

ワタクシ:困る前に、不安要素をなくし、安心したい・ホッとしたいという望みは叶いませんか?

内なる声:つまり、あなたは、どうすればホッとすると思ってる?

ワタクシ:この場合なら、タトゥがキレイになくなれば。

内なる声:それが、どうなのかわからないのだろう?

ワタクシ:みたいですよね。

内なる声:だから、どうなろうが見えなくする理由のないうちに、リスクを負うのもおかしいだろう。

ワタクシ:たしかにそうですよね…一番いいのは、ご本人が気に入ってて、自慢したいくらいの気持ちを持てていることですよね。自慢したくないまでも、「自分はこれでOK」という気持ちになれる方法はないでしょうか。

内なる声:あのね。身体がどうであれ、あなたがたは「気にしない」とき、OKを出している。身体において「ここはOK。ここはOKでない」という判断をする必要をもってない。何も考えない時、それにOKと言っているのだよ。
「もっと、こうなればいい」と思うとき、OKはなくなっている。それよりも、気持ちを充実させられる何かをしようと思って欲しい。何もやろうとせず、嫌なことを考えようとしてはいけないよ。


ワタクシ:キレイになりたい・カッコ良くなりたい・もっとやせたいとか、健康になりたいという願望については、どうするのがよいのでしょう?

内なる声:だから、できることを、楽しくやればどう?何を目指すため、そうなりたいわけ?何を目指すことなく、そうなりたいのでは?あなたの目指していることの途中に、そうでないがゆえに、困ったことが起こってきたなら、相談してくれない?

ワタクシ:うーん…つまり、「嫌な部分に着目すればキリがない」ということですよね。不愉快なことは、次々と見つけられる。それについて考えているよりも、「嫌ではない」ことに夢中になり、楽しんでいる方がずっといいと。

内なる声:私が言いたいのは、「こうしたい」と思うのは、あなたの「やりたいこと」をするのに必要である時にして欲しいのであって、不安を取り除くために悩む、ムダな時間をなくして欲しいということ。わかったね。

ワタクシ:はい。私はよくわかりました。ありがとうございます。

内なる声:じゃあ、また来週。質問があれば、また書き込んで欲しい。

ワタクシ:はい。では、また来週。(⌒▽⌒)ノ


2010年06月24日

「内なる声」からの回答その23

ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:宜しくお願いいたします。

内なる声:わかった。


<質問>
ゆきさん、内なる声さん、こんにちわ。 ご相談があります。
私は数年前に、仕事で人にものを教えることをしてから、教えるという事が楽しいと感じていました。理由があり、その仕事をやめて、今は他の仕事を始めて5年以上がたちます。今の仕事は人をリラックスさせる仕事です。私はその仕事を始めてから、将来、できたらそのようなスクールを 開講したいと夢見ていました。経験も浅いし、まだまだ先の事になるだろうと思っていたのですが、ついこの間、突然、「私にだってできるんじゃないか」という力強い気持ちがなぜか、突然、わきあがってきました。
自分がスクールを開いたら、こんなHPを作って、とか こんな事を教えて、とか そういう事を考えているととてもワクワクしてきます。でも、実際問題、どのようにしたら開講できるのかその方法も分からないし、開講したところで生徒さんがくるのかと考えるとワクワクしていた気持ちがしぼんでしまいます。
また、自分の技術ももっと磨かないと無理だろうという気持ちが出てくると、無理かもしれないとなってしまいます。資金面とか、場所とか、具体的な事を考えれば考える程、気持ちがしぼんでいきます。でもすぐに、「だけど出来るかもしれない。出来たら嬉しいな」という気持ちに考えの方向を戻すとまたワクワクが戻ってきます。
このように、めども立たないのに、楽しい気持ちになるということは、私がススム道だと考えて構わないのでしょうか。もしそうなら、その道をポジティブに進むためのアドバイスをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
うさぎ 06/12 18:03


ワタクシ:この質問にお答えください。

内なる声:うん。いい考えをしてるよ。そのまま進みなさい。

ワタクシ:はい。その道をポジティブに進むためのアドバイスをいただきたいとのことですが?

内なる声:アドバイスはいいけど、そのことよりも、なぜそんなふうに考えるに至っているかということを、まず教えよう。
この者の考えの中に、導かれたものが次々とつながるといった現象が起きている。
この者以外の者もよく聞きなさい。
いま、なぜこの経験が必要かとわからない者は、特にこの「つながる」という現象に向かうためのいまであるという意識をもつことをすること。
何かをはじめ、途中で変化を感じることも、最終的なあなたの夢へとつながるのがあたりまえであり、その答えを見つければ、必ず「これは素晴しい発見」という「アタリ」の確心をもてる。この者の場合は、「教える」ということをヒントに考えた結果としてつながりを覚えた。その考えや経験へのつながりを理解できたなら、そこを堀り下げていけばたどり着く。


ワタクシ:はい。誰もが自分にとっての「アタリ」、つまり「進みたい道」を見つけたいと考えているのではないかと思います。
それが「アタリ」の時に、ワクワクして楽しい気持ちになるのだと考えてよいのでしょうか。

内なる声:よいとも。あなたのセルフが満面の笑みを浮かべる証拠だよ。

ワタクシ:へえー…やはりそうなんですね。
しかし、この方も書かれているように、考えを進めると「やはり難しいかも」と思えるところはたくさんでてきますし、実際にうまくいかないことも多くありますよね。
私も、その辺をどうすればいいのか聞きたいです。

内なる声:そんなこと、どうでもいいのに。ヘンなことを考えているからわからなくなるのだよ。

ワタクシ:えっ…は、はぁ。そうなんですけども…
では、ワクワクして、「アタリ」を確心したときに、次にすべきことは何でしょう?

内なる声:次にすること?あなたの思いつくことだよ。
そうだな。ホームページをつくってみたり、メニューを決めてどうするか考えていこう。そのまま考え進めれば、もっとたくさんやりたいことが出てくるのに気づく。時間はどのくらい必要かも見えてくる。早くしないと間に合わないよ。


ワタクシ:もう、とにかくできることをはじめるということですよね…
どのようにしたら開講できるのかその方法も分からないし、自分の技術や、資金面、場所などの具体的な事については一切、決まってなくてもよいのでしょうか?

内なる声:決めるために動くのでしょ?さあ、何をする必要をもっていて、どうすればそれを理解できるかな?考えよう。楽しいよ。

ワタクシ:うーん、楽しそうですが、おそらくいまのまま考えても、「具体的な事を考えれば考える程、気持ちがしぼんでいきます。」と書かれているように、わからなくなるのではないでしょうか。

内なる声:考えるのは終わりにして、できることをしなさい。できることをはじめるために、どうするかを考えるのであり、「できるかどうか」を考えるのはもう必要ない。

ワタクシ:そうか。多くの場合、「できるかどうか」という内容を考えているのですね。
それから、「開講したところで生徒さんがくるのか」というように、「成功できるかどうか」を心配してしまう。しかし、それを心配せずにとにかくやることを薦めていらっしゃるのですか?

内なる声:だからね。何をしたいのかを考えて、「教える」ことなら、一人も生徒がいないとできないでしょ?だから、一人でも生徒をつくるところを目指すことをはじめなさい。

ワタクシ:なるほど。何をしたいのかということを実現すればいいのであって、大規模なことをいきなり成功させる必要はないですね。つまり、最初は目的に沿った小さな目標から達成していくことを考えるということでしょうか。

内なる声:小さくても大きくてもいいので、目的に沿ったことをやればいいだけのこと。いますぐにできることをはじめてみれば、何を必要としているのかは見えてくるよ。

ワタクシ:現在、メルマガの方でご紹介している内容とマッチしてますね。
ポジティブな気持ちを持ち続けるコツを教えてくれませんか?

内なる声:できなくても、いいと思うことかな。

ワタクシ:ええっ?!(゚ロ゚;)
できなくても、いいと…?

内なる声:できなくてもいいから、やろうと決めればいい。だって、あなたはやりたいのだから。やることがうれしくてやるのであって、できなくても、それはそれでうれしい。そうでないならやめなさい。何もできないうちに苦しくて、できるまでは苦しくて、できた後にも苦しいことを目指すのなど、やめてしまえばいい。
やりたいことを目指すだけで楽しくて、目指した先に何がなくとも楽しくて、もしもできたら、すごくうれしいのだろうなと思えることをやりなさい。何もできないとしても、考えているのが楽しければいいことだ。何かしようとすることがうれしいことならいいこと。成し遂げるまでのよろこびのない目標など捨てなさい。あなたがたは、成し遂げるということを理解していない。よろこびは、成し遂げるところにあるのではなく、ワクワクする方向へ進んでいること自体にあるのだよ。わかるね。


ワタクシ:わかります。逆に言えば、そうあればこそ、成し遂げるということが起こるのでしょうか。

内なる声:何を成すかということなど、あなたは最初に決めれるものではあり得ない。あなたがたが、偉業を成すと考えるにあたり、その途中の苦しみにもだえる理由を知るベき。
偉業を成す者は、いつもそこに偉業を成すことなどを目標としていない。いかに己の目的をいま果たすかということを考えていくという根拠のない衝動に従うのみ。それがあなたがたを、目的地まで連れて行ってくれるよ。


ワタクシ:わかりました。聞きたかったのですが、途中でネガティブな壁にぶつかることを、避ける方法はありますか?

内なる声:ネガティブな壁とは?

ワタクシ:よくあることですが、目的をそれてしまいそうになり得る出来事や、ワクワクする気持ちが持続できないといった状況のことです。

内なる声:それはおかしいね。なぜそんなふうになるのかな?

ワタクシ:わかりませんが、良い時と悪い時はあるものだと思うのがいいのでしょうか。

内なる声:良い時?誰にとって?

ワタクシ:この場合、私にとって…ですが。

内なる声:あなたにとって、悪い時などない。最初に話したろう?もう忘れたの?
あなたの経験を、いまなぜこうであるかと思う時にも、「つながる」ということを理解しなさいと。


ワタクシ:そうか…。そうでした。なるほど。本当によくわかりました。

内なる声:よく理解して、楽しんでいくのがいい。わかったね。

ワタクシ:はい。他にありますか?

内なる声:ではこの辺で。また来週。

ワタクシ:また来週(⌒▽⌒)ノ


2010年06月18日

「内なる声」からの回答その22


ユキです。( ̄▽ ̄)ノ

「内なる声」からの回答です。


ワタクシ:よろしくお願いします。

内なる声:わかった。


<質問>
ユキ様こんにちは。以前ハイヤーセルフのメッセージに申し込んだものです。 今回は相談したいことがありまして、本来なら自分で考えるべきことだとは思うのですが答えが見つかないので思い切ってこちらに書き込ませていただきました。
私は対人恐怖症なのか人と話すのが怖いというか相手の顔色を窺ってしまいいつも人と接することに疲れてしまいます。全然知らない人との会話はまだ大丈夫なのですが知り合い以上友達未満の人と接するのは怖くてついつい避けてしまいます。 家族や親しい友達へもあまり話題提供できなかったりで無言になりがちなのですが人への恐怖をなくしてもっと会話好きになるにはどうしたらよいでしょうか。
また私は大学の文化祭実行委員会に所属しているのですが話し合いでの皆の話してる内容についてちんぷんかんぷんだったり自分は何をどう決断したり判断したりすればいいのかがわからなくていつも戸惑っています。 テレビを見ているときや家族との会話でも同じ情報量を共有しているはずなのに自分だけ意味が分かっていなかったり相手の意図が汲み取れなかったりします。どうしたら皆と同じように理解して適切だと思われる判断ができるようになるでしょうか。 長文乱文ですみません。よろしくお願いします。
けいこ 06/01 16:32


ワタクシ:この質問にお答えください。

内なる声:そうだね。まず、「恐怖」とは違うのでは?あなたは、自分の考えを話すことを苦手だと言えばいいだけで、それを「これではいけない」と考えているので「恐怖」と間違えているのでは?べつに会話が楽しくできないなら、「会話好きになるべき」と考えなくてもよいのでは?
「どうすれば、会話をしなくても、楽にしていられるでしょう」と、なぜ聞かないの?


ワタクシ:どうすれば、会話をしなくても、楽にしていられるでしょうか?

内なる声:ニコニコして、そこに居ることを楽しむことを選ぶなら、会話を重視しなくなる。

ワタクシ:会話好きになりたい場合は、どうすればいいのでしょう?

内なる声:好きになりたい?会話を?恐怖を感じるのに?

ワタクシ:あなたは、「会話を重視しなくても、そこに居ることを楽しめばいい」とおっしゃってるのですか?

内なる声:会話するべき時というのは、意志の疎通を必要とする時と、あなたがそうしたいという気持ちのある時にするのがいいのでは?したくないのにするのはなぜなの?

ワタクシ:「相手の顔色を窺ってしまい、いつも人と接することに疲れてしまう」というところに原因があると思っているので、そこを治したいと考えていらっしゃるのではないでしょうか。

内なる声:治しにくいなら、顔色を窺うことも、話すことも、やめていればいい。どうしてそんなふうに考えている?
あなたの好きな人と、こんな話をしたいので、会話の花咲く方法を知りたいと言うならわかるけど、治したいから嫌いなことを好きになるような方法を知りたいと?よくわからないことを言っている。どうして嫌なのにしようとする?しなくてもよい方法を教えよう。それでいい?


ワタクシ:いえあのー…でも…(・・;)
「皆の話してる内容についてちんぷんかんぷんだったり自分は何をどう決断したり判断したりすればいいのかがわからなくていつも戸惑っている」とおっしゃっていて、 委員会などで発言が必要な時にも困っていらっしゃるのでは?

内なる声:発言すべき内容を理解できないのが困ることと、会話のもって行き方がわからないこととは、別の問題である。それを理解して欲しい。
あなたの考えていることを、人に伝えてよろこんでもらえないのではなく、人がどう思っているのか、何を意味して話しているのか、情報を共有できずに困ると言うのなら、答えよう。あなたが最も苦手としているのは、会話することでも、理解することでもなく、「教えてもらうこと」だよ。
あなたの考えを理解できない人は、たくさんいる。それと同じくして、あなたに理解できないこともあるのだろう?何を理解する必要があるのかわからないということが、人の迷惑となり得ると思っているのなら、それを理解している人に、教えてもらえるような状況をつくれるような考えをはじめること。あなたが理解できないことを、他のすべての人が理解できるのなら、あなたの最も教えて欲しいと思える人を選んで、正直に話し、教えて欲しいが、どういうことかと聞いてみなさい。そうすると、「会話」のはじまりが出来上がり、あなたの教えて欲しいことを「聞く」のであるから、相手の顔色を窺って、「発言する」必要はない。そして、あなたの聞きたいことを聞けるかどうかという答えを探すことに集中してみてはいかが?そのように、わからないことを聞くようにして欲しい。


ワタクシ:「自分だけ意味が分かっていなかったり相手の意図が汲み取れなかったりします。」とあるので、他の人はあたりまえに理解できているところで、「教えて欲しい」と言いにくいのでは?

内なる声:他の人は全員、わかっているの?あなたがわからないことを、すべて?
なら、あなたはいろんな人が理解できることのすべてを理解できず困っているのだから、余計教えてもらえないと、困るのではない?


ワタクシ:だから、うまく「会話」できるようになって、理解したいと思っていらっしゃるのでは?

内なる声:「理解」したいのか、「会話」したいのかどちらだと思う?

ワタクシ:わかりませんが…たぶん「理解」したいのでは…?

内なる声:「理解」するには、「会話」を要すると言っている。この意味をわかって欲しい。
「会話」をするのに、「理解」はいらない。
「理解」しようとする発言のやりとりが「会話」になるので。つまり、あなたの知らないことで、困る時、最もあなたに困らないように教えてもらえそうな人を選び、訊ねてみてはどう?あなたが困らないなら、ニコニコして楽しくそこに居るか、「わからなくてもいい」と思っていればどう?


ワタクシ:はい…。しかし文章から察するに、ご自分から話題提供できたり、無言にならないようにしたり、人への恐怖をなくして、もっと会話好きになりたいと考えていらっしゃるのでは?

内なる声:それなら、まず、あなたが話題を提供する時は、人に、訊ねることを中心としてみたらいいと言っている。あなたの理解の及ばないことや、人がおこなっている良いところを見つけ、あなたの聞きたいところを教えてもらえばどう?そうでないなら、あなたの会話をうまくもっていけないのでは?

ワタクシ:具体的に、どういう話題提供の方法になるのでしょう?

内なる声:「私はあまり理解できてないことも多くて、教えてもらえないかと思ったのだけど、聞いてかまわない?」あるいは、
「よくわからないことは多いけど、あなたはとても理解しているみたいですごいなぁと思ったの。」
「何を意味してたか知りたい。教えてくれない?」
「私、ちょっとわからないの。これはどうしてなのかわかる?」


ワタクシ:教えてもらえなかったら、どうしましょう?

内なる声:教えてもらえなかったのだな、と思うだけ。

ワタクシ:説明を聞いても理解できなかったらどうしましょう?

内なる声:理解できそうなところを探すこと。

ワタクシ:うーん…それでうまくいくようになりますか?

内なる声:うまくいかなくても、いまと変わらないのでは?もしあなたが理解をのばそうとしていることに集中できれば、少なくとも必要な「会話」について悩まなくともよいのでは?

ワタクシ:つまり、「会話」は「手段」であって、「目的」ではないとおっしゃってるのですよね?

内なる声:「会話」をする目的のない「会話」など、誰も得意ではないよ。あなたより「会話」を得意とする者は、どういう目的をもって会話するのかな?
単におしゃべりが好きな人もいる。あなたは、おしゃべりを目的としたいかな?
人と接することで情報を得ようとする人もいる。あなたは情報を得ることを目的としたいかな?
それなりにうまくつきあいをしていたい人もいる。あなたは、それなりのつきあいを目的としたいのかな?
そうでないなら、あなたの好きな人とお話してうれしくなりたいことや、あなたが理解したいのにできなくて困ることを理解することを目的として、どうすればその目的を行使できるかと考え、「会話」をする必要があると考えてはいかが?
そのことを目的とするなら、「訊ねる」ことを、主な「会話」の切りロにしてはいかがと言っている。


ワタクシ:なるほど…。ちょっと気になったのが、「本来なら自分で考えるべきことだとは思うのですが」と冒頭で書かれていたことです。「自分で答えを出すべき」という厳しい考えをもっていらっしゃるのかな?と思いましたが、いかがでしょう?

内なる声:わからないことを、他のみんながわかっているのかどうかなど、わからないのではない?あなたと同じ気持ちでいる人は、たくさんいるよ。あなたが、もっと自分の聞きたいことを理解しようとするなら、そのことがよくわかってくるのではないかな?

ワタクシ:私もそう思います。「皆と同じように」理解する必要はないと思います。それに、「皆が同じ」なのかどうか、本当にはわからない。だから、「この人がどう理解しているのか知りたい」と思える人に、訊ねてみるのがいいかもしれませんね。訊ね方にも、コツはありますか?

内なる声:あなたが知りたいことを、できれば教えてくれたらうれしいなという気持ち以外の感情をもたず話せばいいのだよ。訊ねたくないのであれば、訊ねなくていい。ニコニコしてなさい。

ワタクシ:ニコニコするといいのですか?

内なる声:あなたの気持ちがラクになっているのがいいのだよ。

ワタクシ:はい。他にありますか?

内なる声:なかなか難しいことも、見方を変えたら単純なことに過ぎないとわかる。もっと理解が進むほど、あなたがたの質問したい気持ちも変わると思う。べつにしたくなければしなくていいから、質問したいなら、迷わないで欲しい。私はそう思っているよ。

ワタクシ:はい。以上でしょうか?

内なる声:楽しく進んでいこう。ではまた来週。

ワタクシ:また来週!(⌒▽⌒)ノ

    

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